2007/7/1
別語人
19・7・1
今朝のメッセージは、牛三つ時に「正しい」の言葉の使い方に付いて色々有り、明け六つ時には「別語人」との言葉が映し出されて来た。どうやら、今日から新しい段階に突入する事に成る様である。其れは、昨日の「紀・トキの祭り」が無事に済んだからであろう。
「正しい・ただしい」の言葉の使い方が、新しい概念と成るようである。其れは「ただしい」の「しい」が、楽しい・苦しい・悲しい・素晴らしい等と同じシイで、助動詞として考えなければ成らないらしいのである。だから「タダ」の後に付く音を、能く考えろとの事のようである。
「正しい」に関係有る言葉は「正しく・正しき・正す・正せ・正そう・正して」等が有るが、今朝は、其れらの言霊が固定化されないで、さ迷っていた事から簡単な指示ではないようである。
今朝の感覚では、「正しい」との言葉使いや概念の、根本的な理を考えろとのことのようである。其れは、自分が正しいと思っている事が、他人や他の生き物に対して、必ずしも正しいとは言えないからである。例えば、仏教では肉食は正しくないとされていても、エスキモーの人達は肉を食べなければ生きては行けない。其の様な例は、列挙して行けば幾らでも有るだろう。
屋久島でも、鹿を撃つ事を止めたら、鹿が増え過ぎて、鹿の口の届く高さの所には木の葉が無くなり、森の中は見通しがきく様に殺風景に成ってしまっている。此の侭の状態が続けば、何百年か経って現在生えている木が老木と成って枯れれば、森は禿山に成るか、鹿が食べない毒の有る木だけに成ってしまうだろう。
今では、世界遺産に登録されている西部の森で鹿と猿の群れが同居しており、鹿の背中に猿が乗って居りする。其れは、下に餌が無く成ってしまったので、木の上で猿が食べた葉の残り物が、下に落ちて来るのを鹿が待っている為である。
其れは、森のバランスが崩れてしまっている証拠である。そうかと言って、屋久島に鹿退治の為に、狼を連れて来て放すと言う事は出来ないであろう。だから、動物保護が全て正しいと言う分けでもないのである。
今朝の、正しいとの言葉の概念には、其の他にも精神的な意味合いが込められていた。其れは、現在の宗教や思想等に関してである。其れは、自分が正しいと思っている考えが、他人にも正しいと決まっているわけではないからである。例えば、現在の世の中には、子供を産みたくないと考え30歳代に成っても結婚しない女性が増えて来ている。昔では、考えられない現象であろう。其れは、生物は生長したら子供を産み、遺伝子を継続すると言う本能・自然法則に違反している事に成る。しかし、地球規模で考えると、最大の問題は人間の数が爆発的に増加している事だから、子供を産まない事は正しい選択でもあると言えるのだ。
其の様な事を考えると、人間の数が減った方が良いので、エイズ等の伝染病が増え、人類が減った方が、地球にとっては都合が良い事に成るのだ。
だから、私が、どうにかして人類を正しい方向に導こうと考え、行動している事は、必ずしも正しいと言う事には成らないのである。神が、人類の数を減らして、地球環境のバランスを図ろうとしているのであれば、人を救おうとして行動する事は、神の意志に反する事に成るのである。
だとすれば、私の是まで24年間の努力は、何の為に有ったのか疑問に思えて来る。其の事の答えとしては、神(宇宙意思)は、自分(神自身)の存在を認識してくれる人間、地球環境のバランスを図りながら、今後も行き続けてくれる人間を、出来るだけ多く残したいが為に、私に協力を願って来たと言うことである。
しかし、其れも、今日から私の手を離れて、広域な動きとして展開されて行くのではないだろうか。何故、其の様に考えるかと言うと、今朝のメッセージは、私に善悪の判断を止める様に次げて来ている様に想えるからである。
善悪の価値観は、自分に正しい物として、何かが決定されていなければ生まれないからである。だから、私に、何かが正しいとの価値観か概念が有れば、善悪の判断基準が生じてミスマッチを起す事に成るからであろう。
其れは、私の意識から、旧約聖書に書かれて有る「林檎の実」が、取り除かれる事を意味している。其の林檎の実は「善悪」を判断出来る智慧を象徴するものである。今朝のメッセージは、私に「何かが正しい」と想う事を、止めさせる為に映されて来たもの・現象なのだろう。
そして明け方「別語人」と示されて来たのは、是までの人間が使って居た言葉や概念と、違う価値観で「語・ことば」を使用する人間を増やせとの事か、そんな社会を組み上げろとの意味ではないだろうか。其の件に付いては、以前からメッセージを受けている。其れは「風 麦東 陶・ふうれんとう」や「讜逓聖・とうていせい」の言葉である。其れ等は、今までに使用されていた言葉ではない。今朝のメッセージは、いよいよ私に「風 麦東 陶・ふうれんとう」や讜逓聖の世界を確立する事を迫って来ているものかも知れない。「言葉の智慧袋」http://wave.ap.teacup.com/20060106/
其れが、昨日「紀・トキの祭り」が無事に済んだ事への神の応えではないだろうか。そうであれば、今日7月1日から「新しい紀・トキの祭り事」が開始される事になる。其の時空の始まりが、今朝知らされて来たのだろう。
昨日は、午後4時半から西川宅で直合が行なわれ20数名が参加した。大山邦博祭主の挨拶の後、皆の自己紹介が行なわれ、宴もたけなわと成った頃カラオケタイムと成った。マイクが回されたが、誰も歌わないので、私がトップバッターとして奥飛騨慕情の曲で、屋久島用の替え歌を歌う事にした。すると、歌を歌っていると島外から来ている女性達が騒ぎだした。どうしたのかと想って分けを尋ねると、私が「5月16日大山祇神・・・」と唄ったら、奥飛騨慕情のカラオケ番号が5016で、途中の点数が89・屋久で、歌い終わったら92・国なのである。其れは、私が屋久島から新しい国造りと挨拶した事が、カラオケの機械を通して現象化した事に成る。其れが、皆に認められ、皆立ち上がって1本締めと成った。
昨夜は、3月13日に日の宮弊立神宮で立てられた「九代龍王水神」の旗も皆に披露したので、其れらしい雰囲気に包まれ楽しい直合と成ったのである。
旧暦5月16日の満月は、大山祇神の働きを如実に現して来たのであろう。
平成19年7月1日
礒 邉 自 適

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