2008/2/11
言葉を運ぶ女性ライダー
20・2・11
今日は、日本の建国記念日であるが、建国記念日の元は「紀元節」であり、神武天皇の橿原での即位が其の起因に成っている。そして面白いのは、紀元節が新暦の2月11日に決められる明治6年は、1月29日が旧暦元旦で、其の日に宮中で祭典が行われたので、明治新政府は困ったと記録されている。1月29日は私の誕生日で、私が生まれた昭和22年の旧暦元旦は1月8日である。暦の上では、何10年に1回かは、私の誕生日の1月29日と旧暦元旦が重なる日が有るのだろう。建国記念日参考
http://www.ffortune.net/calen/kinenbi/02/kenkoku-kinen.htm
其の、建国記念日である今朝のメッセージの映像は、最初に透明な500ccぐらいの瓶が1本現れて、其の瓶中には緑の葉をミキサーに掛けて溶かした様な液体が、口の処まで入れられ、蓋が閉められていた。そして其の瓶を運ぶ為に、肌の白いスリムな若い女性が、黒いライダースーツを着て現れ、スーツを開けて素肌の胸を見せた。其れは、心の内側の意味を示したのであろう。そして、其の瓶を持って、滝から流れ落ちる水のカーテンを潜って外に出ていった。
今朝のメッセージは、非常に大事な理・ことを示して来ている。先ず、瓶を運ぶ女性は「サラスヴァティ・弁財天」の化身であろう。そして、瓶の中身は緑の葉の溶液だから、「言葉」の葉を意味しているのである。だから今朝の女性は、言葉を運ぶライダーなのであり、言霊を司っている女神であると言う事である。
故白川静氏は、言葉の「言」は「辛+口」の組み合わせで、「辛」は刺青を彫る隅壷の付いた針の象形で、「口」は神に取り次ぐ言葉を書き付けた「符・短冊」を立てて、入れる容器の意味だと謂っている。しかし、今朝現れたライダーが運んで行った物は、札や文字ではなく、緑の葉の汁だから、現在飲料として流行っている青汁の様な物である。
其れは、日本の神社で唱える大祓い祝詞の文句にある「・・・語問ひし磐根樹根立草の片葉をも事止めて・・・」の「草の片葉をも事止めて」の世界にも関係が有り、言葉を司っているのが草木の葉であり、草木の葉「言・モノ」を云って来るとの概念が古代から有った事を示している。参考HP http://www.nippon-bunmei.jp/ooharai2.htm
其の事を現代風に説明するならば、植物の葉と人間の意識の関係は、36億年前に誕生した原子細胞から分裂した同類であり、同じ細胞組織を持っているので、意志の疎通が出来るので、言葉が交わせるとの理・ことである。だから、「ことのは」に「言葉」の漢字を当てたのであろう。
現代科学では、電子顕微鏡が発達しているので、人間と他の生物の差は、チンパンジーで2%しか違わず、小さな蠅でさえ50%の違いしかない事が明らかにされている。そして、人間の細胞と、植物の細胞は外を包む殻が違っているだけで、中身の構造は全く同じである事も、明らかにされている。だから、植物と人間の間では、肉眼で見た目には大きな違いが有っても、生命の本質の処では殆んど変りが無いのである。
其の事を考えれば、植物と人間の間には殆んど差がなく、釈迦牟尼佛の謂う「衆生一切我が子(草木や虫達を含む一切の生命の意)」の概念は、正しい理であることが理解できるのである。其れに、動物が生きて居られるのは、植物の葉が出してくれた酸素を、肺で取り込んでいるからなので、人間の肺「上・中・下の各葉」は、植物の葉と兄弟である事に成るのだ。だから、人間の肺の活動・働きと、植物の葉は切っても切れない間柄なので、無意識の世界では意志が通じていると考えるのは、当然の事であり、だからこそ神棚や仏壇に、木の枝や草花が御供えされるのである。
肺 http://health.goo.ne.jp/medical/mame/karada/jin023.html
其れに「事」の漢字は、「枝+札+手」の組み合わせで、木の枝に願い事を書いたお札を結び着けて右手に持ち、神様に差し出す場面を現す象形文字である。其れが、現代でも神社で行われる、玉串奉納の儀式の元なのである。だから、全ての元は木の葉に有り、神と人間の間を繋ぐ物は、木の葉であり、言葉なのである。其の「事」の文字の概念が、七夕の短冊やクリスマスツリーの風習の元と成っているのである。
其れに化学的に考えれば、太陽光線の無機質のエネルギーを、有機質に転換しているのが、植物の葉である。植物が炭酸同化作用を行い、澱粉やたんぱく質を生産し、其れが森から河川や海に流れ出し、作物やプランクトンや魚介類を育てているのである。
石炭の元も植物であるし、石油も植物を食べた恐竜の体内脂肪が大地に染み込んだ物であるから、石油や石炭も植物が生産した物である事になる。
しかし其の植物も、地球に水の循環が有るからこそ存在出来るのである。だから今朝は、女性ライダーが滝から流れ落ちる水のカーテンを潜って行ったのであろう。昨日のメッセージでは、山奥の谷間から青白い光が輝き出しているのが映し出されて来たが、2007年11月23日の新嘗祭の日には、緑色の壷が屋久島の山奥に還って来た映像を見せられている。其の壷は、壷が緑色をしているのが見えただけで、中身の確認は出来てはいない。処が今朝の映像は、容器が透明の瓶に変っているので、中身の確認が出来たのである。 11月23日「屋久島の山奥に神が還って来た。」
http://green.ap.teacup.com/applet/20060818/551/trackback
今朝の映像は、言葉の神である弁財天がライダーと成って、言葉の詰まった瓶を運ぶとの事であるので、其の瓶の中身の言葉を、早く人間が理解出来る様に「言葉」や「文字化」しなければ成らないのだ。其れが、建国記念日の今日告げられて来たと言う事は、新しい建国には言葉が必要であり、誰かが「治らしめる・しらしめる」事を実行しなければ成らないと言う事である。
今朝気付いた事は、私に告げられて来ていた「グリンクラブ」の名は、単なる地球の緑を大事にしろとの事ではなく、緑の葉が大事であり、其れが言葉の基であるとの理を含んでいたのである。と言う事は、「グリンクラブ」とは「正しい言霊の会」と言う意味であると言う事になる。私の2回目の結婚で生まれた、2女の名は「みどり」と神に告げられたので「翠・みどり」の文字にしたが、本当は「緑」としなければ成らなかったのだ。其の娘はとてもオシャベリであり、母親に話し掛けて、母親の返答が間に合わないと、「お母さんは こう答えたいでしょう。」と云って、母親の分まで自分でオシャベリしていたのである。
因みに、其の上の娘は「舞光」と書いて「まいか」と読む様に神に告げられたが、後に解った事は「まいか」とは英語の「マイカ・mica」で雲母の事であり、日本語では雲母をキララと云うので、其れだと「舞う光」は「キララ」と合っている事に成る。其れと、長男は「嵩靖・しゅうせい」で、意味は「高き所に立ち国を安らかにする。」であり、1番末の娘は「最明・モアMore」である。
私の「自適」の名も、両親の話では私が自分で持って来たとの事なので、私の2度目の結婚で生まれた4人の子供には、神の云うままの命名にしたのである。其の時には、告げられた名の意味の分けが解からなかったのだが、後に段々と其の意味が解けて来た。
其の、4名の子供の名の意味を、年の順番に書いて行くと、
長男「嵩靖・しゅうせい(高き所に立ち国を安らかにする。)」で、今日の日付けの建国の意味に合っており、誕生日も平成元年5月3日の憲法記念日である。
長女「舞光・まいか・mica(キラキラ舞う光)」幼い時から、朝から1人で何処かに遊びに出掛け、知らない家で昼ごはんも頂いて、長時間家には帰って来ない子であった。
次女「翠・みどり(緑・言の葉)」オシャベリ娘。
三女「最明・もあ(もっともあかるい・モア・More)」1歳の時に、別れてしまっているので、どんな子供かは判らない。
其れを、続けて意味付ければ、「スメラ命として高き処に立つ者が、花崗岩のキララと共鳴して舞い、多くの言の葉を生み出し、最も明るい世の中を創造する。」との意味合いに成って来る。其の名が告げられた場所は、「嵩靖・しゅうせい」北九州市小倉。「舞光・まいか」阿蘇郡蘇陽町。「翠・みどり」阿蘇郡蘇陽町。「「最明・もあ」長野県長谷村。なので、場所が決っている分けでもないので、言葉の神は、全国何処にでも出張して来るとの事であろう。だから今朝の女神は、ライダーの姿で出て来たのだ。
私は子供の頃から、銀色のタイムトンネルに意識が吸い込まれ、神の声を聞いていたので、此の世界は既に50年が経過している。其の長い期間を通り過ぎ、此処に来て、神の言葉を聞くだけではなく、私自身が神々が動ける様に言葉を紡ぐ事が要求されて来ているのであろう。其れが、新しい政(まつりごと)であり、国造りに繋がるものであるなら、具体的な事を考えなければならないと言う事になる。
しかし其れは、直ぐに落とし穴に落ち込む可能性の有る世界である。私が、23年前の11月21日伊勢神宮に参詣した時に、天照(ビルシャナ)に告げられたのは、「過去に8回失敗して 今回が9回目と成る 最後のチャンスである。」との事だった。其れは過去の8回の失敗が、此処から先、権力が伴なって来ると、人間は皆無意識に本能が表に現れて、個人の自我意識・エゴが出て神の意識から外れてしまうので、難しい事を示している。此処からが本当の本番で、失敗するか、成功するかが、是からの動きに掛かっているである。
そして、其の全てが掛かっているのが言葉の世界である。だからこそ、政(まつりごと)の代表者であるスメラ命の言葉が「治ろしめる。」と成っているのである。其の政(まつりごと)の言葉を誰が出すのか、其れが大変難しい世界なのである。しかし、其れは、今日の建国記念日に合っているので、神の世界でも、一応の準備が出来て来ているとの事ではないだろうか。
平成20年2月11日
礒 邉 自 適
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