2012/1/31
行く行くは帝人
24・1・31
今朝のメッセージの映像は、始めに3つの世界が順番に現れたが、其の3つとも、最後の部分の謎解きが出来ないので、3つの世界とも謎解きは未完成であった。
其の意味は、昨日の文章に書いた「天照界」「月読み界」「スサノオ界」の謎解きが、最後の部分が開いていない事を示して来ているのであろう。
其の最後の部分の秘密を開こうとしていると、様々な世界が映し出されて来た。
・暗い夜の道を、車を運転して走ると、其の道路は過去に一度も走った事がないので、直線の距離や、道路の曲がりカーブや、溝の位置が判らず、上手く走れないのである。
・良く晴れた昼間に、岡の上から海の景色を眺めるが、一度も見た事が無い景色なので、其処が何処の海なのかが判らない。
・其れから、出会った人に、薬草かお茶の行商を頼まれたので、荷物を背負って村を訪ね回ったが、其の薬草の種類や煎じ方が判らないし、知り合いの家が無いので、上手く商売が出来ない。
・其れから、行商を止めて駐車場に帰るが、自分の車がどれなのか判らない。持っていた車のキーを、順番に合わせて行くと、ようやく鍵が合う車に辿り着いた。
そして、車を開けると、車内に見慣れない壺が有って、煙の様な物が其の壺から出ているので、爆弾かと想って外に出してしばらく観察していると、爆発しないので、蓋を外して見ると、持ち運びが出来るお茶立の道具である事が判った。
・次の映像は、並べられている食物を食べ様とするが、器や道具が異なるし、主食や料理の内容が初めて見る物であり、調味料やソースも違うので、其の料理はどの様にして食べるかが判らず食べる事が出来なかった。
最後に、導き手・指導者らしき長身の男性が現れたが、服装が違うし、言葉が通じないので、其の男性に付いて行く事が出来なかった。
其れ等の映像は、1昨日、初めてフランス料理を食べた事に関係が有り、其れ等の食べ物が消化されて血液に取り込まれた所為と、食事のマナーや道具の使い方が、是までとは異成るので、違う文化の記憶が今朝映し出されて来た現象・モノではないだろうか。
今朝の映像では、私の記憶と言うか、過去の情報が無いので、其れ等の垣間見た映像では、「祷り・いのり(帰命・リリジョン・religion)」を完成する事は出来なかった。
「祷り・いのり(帰命・リリジョン・religion)」とは、世界共通の宗教の土台であり、「いのり・宗教」とは自分の記憶(存在)の源に帰り、自分が何者なのかを確かめる事である。其の為に、世界中で様々な帰命・ナームの方法が考えられ、実行されて来た。
其の事に成功したのが、釈迦の覚醒であり、イエスの永遠のいのちへの旅であり、日本の古事記物語や、旧約聖書の記述や、世界中の神話の物語なのである。
しかし、今朝のメッセージの映像には、私が見た事の無い景色・道路・人々・料理・道具などが出て来て、私の記憶・いのりは次に進めないと言うか、いのり・帰命が完成しなかったのである。
其れは、世界中の人々が、自分のルーツを辿って「帰命・いのり・宗教」を完成するしか、他に方法が無い理・ことを示唆しているのではないだろうか。
其の様に考えると、日本人が他国の風習である、道教や、仏教や、キリスト教や、イスラム教などの訓えに従って「祷り・祈り」を実行しても、成功しないと言う事になり、日本人は此の日本列島に古くから有る「国つ神」の「大山祇神・おおやまつみかみ」の世界に返らなければ成らないと言う事になる。
其れに「大山祇神」は、エジプト文化、マヤ文化、東南アジア文化など、世界中の宗教の基礎に成っており、「おおやまつみ」とは「大山の巳」であり「大きな山に7回半巻き付く蛇」の事を意味し、其れは「時間」と「水・雨」を管理する螺旋の働きの理・ことである。
だから「祷り・帰命・ナーム・リリジョン・religion」の対象としては、「大山祇神・おおやまつみかみ」が一番適しているのである。
其の証拠に、釈迦は7回半トグロ・螺旋を巻く大蛇の上に座っているし、アステカのピラミッドには8段上から地上に大蛇が降りて来ているし、ギザのピラミッドには螺旋が中に6回有るし、旧約聖書に最初の人間の所に蛇が智慧の象徴として登場している。そして、日本では滋賀県の「御神山」、長野県の「戸隠山」、宮崎県の「祖母山」などに7回半トグロを巻く大蛇が存在するのである。
今朝は、7時55分に起きてPCに向かい、ビジョンの要点だけを記し終わると、
「何も無しでは 考えられない」との言葉が告げられて来た。
其れは、今朝映し出されて来た映像や物に関してであり、人間の記憶は物や実体験の感覚や場がなければ、思考の枠組みが出来ないと言うか、物事を考えられないとの理・ことであろう。
其れから、「行く行くは 帝人」との言葉が告げられて来た。「帝・テイ」の漢字は、・字義 1みかど。きみ。天子。「帝王」「皇帝」2あまつかみ。天の神。「天帝」「上帝」3かみ。五行の神。4大きい。
・象形 甲骨文でもわかるように、木を組んで締めた形の、神をまつる台の象形。天の神の意味から、天下を治める、みかどの意味を表す。
帝を音符に含む形声文字に、締・諦・蹄などがあり、これ等の漢字は「しめくくる」の意味を共有している。 漢語林より
其れから、30分くらいすると冷えて震えそうに成ったので再び布団に潜り込んだ。
そして、そして映し出されて来た映像は、「槍」と「剣」を使う、老人と言うか達人の武術家が2人現れて、其の腕前を競う為に、道場で試合が開かれる事に成った。そして、道場に着いて中に入り、2人が見合わすと、剣術家の方が部屋が狭いと想ったのか、薄間を開けて隣の部屋の方に移った。そして、部屋に有る書道具を見付けると、剣は置いて書道具を広げて書を始める準備を始めた。
どうやら、其の剣術家は武道よりも書道で勝負を始めた方が、人格の上下が決まると想ったのであろう。
私は、其の老人・達人がどの様な文字を書くのかと楽しみにしていると、使いが来て、私に「根元の処に 間もなく 貴賓が到着する」と言うので、私は自分の事務所兼住まいで有る中山町の「天地根元の処・てんちこんげんのさと」に戻る為に、其の道場を後にした。
今朝の愉伽さんのビジョンは、タイムマシンで私と江戸時代に行くという場面と、もう一つは、タイムスリップして戻って来たら、フランス国籍の黒い肌の
女性が付いて来たので、帰るように促したとの事。私が「送って行かなくても帰り道が解るのか」と心配して聞くと、「神様が手を出すように云われないので、教えられない」と答えたとの事である。しかし愉伽さんは、やはり気に成ったので様子を見に行ったが、彼女の姿は見えなかったとの事。そうしていると、其の女性が暮らして居たと想われる施設が現れて、いずれ自分で戻って来ることが判ったので、其処を後にしたという内容である。
其の愉伽さんのビジョンも、フランスや、人類誕生の土地アフリカの事、時間を旅する事等が示されているので、私のメッセージとの共通点が有る。
今朝のメッセージは、人類の記憶と言うか、意識の源に付いて触れて来ている様である。そして、其の記憶・情報は三段階と言うか3つに分かれている理・ことが示されて来ている。
中国の老子の言葉には、始めに「一」が有り、其の「一」から「二」が生まれ、其の「二」から「三」が生まれ、其の「三」から全てが生まれた。と有る。
其の老子の言葉からすると、其の全てが生まれた「三」の世界まで、私の意識が「辿り着いた・帰命・禱った」事に成るのではないだろうか。
其れに、密教の「大日如来・マハーヴァイローチャナ(宇宙の真実との意味)」の世界では、三蜜の考えが有り、三蜜とは「身・意・口」の3つである。
其の3つとは、1此の宇宙の全ての物質は大日如来の身体である。2其の身体には意識が宿っている。3意識が宿っているから言葉が存在する。との内容である。
其の密教の、概念からしても、3つの世界を明らかにする為には、未だ是からも真理を極めて行く必要が有るのだろう。そして、其れ等の事が締結した暁には、「帝人」との言葉の意味が待っているとの事なのかも知れない。
66歳の旅もなかなか大変の様である。私は「百姓道」しか知らず「書道」も「武道」も出来ない。いまは「神道」を進んでいるだけだが、其の私を訪ねて来る貴賓とは一体何者であろうか。
平成24年1月31日
礒邉自適

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