2015/2/24

池島さん  
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高知大学農学部沿岸環境学の池島先生が
チヌガール藤田さんと艪漕ぎに来られました。
藤田さんは卒論が仕上がってちょっと一息という感じです。

池島さんは油壺の水産研究所で艪漕ぎを経験されています。
普通に漕げたので、ずっと 漕いでいただきました。

湾内に出て行くと貸し舟屋さんの前の浜に舟が見えたので
藤田さんが卒業の挨拶に行き、
しばらく浜で高橋さんご夫婦とおしゃべりしました。
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2015/2/19

仕上がりフレーム  
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また寒波が戻ってきましたが 暖かい工房で
仕上がったフレームに、仮の支えと土台基準になる板を
取り付けています。

舟の中央部の断面フレームが仕上がっています。
舟底が上になるようにフレームを並べ
外板を張っていきます。
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2015/2/17

鵜舟の寸法図  
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久津輪先生から鵜舟の資料が送られてきました。
鵜舟は三枚作りの川舟の形をしていますが
幅の狭い板を沢山矧ぎ合わせた、
独特の建造方法を取っています。
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2015/2/16

板の選択  
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フレーム作りは一段落しました。
今日は雨がパラパラ降る天気なので
土居さんの舟のペンキ塗りは延期し
乾燥させている杉板を並べて見て、使う板を選別しました。

カワラに3枚、カジキに2枚、タナに2枚を選び出し
写真の左側に積み上げました。
板は全部で14枚くらいあるので
もう一艘作れるくらい余っています。

今回は赤い杉でなく、安い黒の杉を買いました。
当然ですが板の色が黒っぽくてちょっと違和感があります。
まだ乾燥が足りないようなので、乾けば綺麗な板になるかと
期待しています。
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2015/2/7

天守閣からの眺め  
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桂浜から浦戸大橋を渡ると種崎側に行きます。
橋の上から西を見ると浦戸港です。
元親時代の世界地図にはURANDO と記載されていました。
フェリペ号が漂着した事件などで有名だったのでしょう。

北を見ると種崎半島と浦戸湾内が見えます。
南には土佐湾、太平洋です。
昔の天守閣に登れば、まわりが一望出来て
素晴らしかったことでしょう。
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2015/2/7

浦戸城跡  
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桂浜の坂本竜馬記念館は浦戸城跡に建てられた物です。
城跡の説明図には古地図が描かれています。
城山の最も高い所には、当時は珍しい天守閣が立っていました。

元親が秀吉に敗れて、大阪へ降参の挨拶に行った時に
登城した聚楽第?か大阪城?の天守閣に感激して
小さな天守閣を浦戸に建てたものです。

天守閣本体は山内一豊の高知城の建設資材として分解し
三の丸として移築されました。
今天守跡には山ツミ神社の祠が立っています。
周りは木に囲まれて海は見えません。
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2015/2/7

長宗我部元親  
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最新の資料では本能寺の変の原因として光秀と元親の関係が
取りざたされています。
案内板の桂浜、浦戸、種崎、浦戸大橋、浦戸城跡、湾の形
太平洋との位置関係を憶えて下さい。
またA番の現在位置は若宮八幡宮で元親公初陣の像があります。
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