昭和62年。日本国有鉄道が分割・民営化された歴史に残る年である。
その1年前の昭和61年8月に自分は生まれた。すでに平成を生きている時間の方が長いが、やはり「昭和」と言う時代は「古き良き」時代と言う感じがする。
そんな昭和末期の62年8月23日に鶴見の地から引っ越すこととなった。1歳の誕生日を迎えて わずか4日後のことである。住んでいたマンションは5〜7階建だったと思う。泣いた時は鉄道を見せると泣き止んだと聞いており、物心つく前から鉄道好きだったとか。
さて、引越し当日直前、母親が「目の前を鉄道が絶え間なく行き来する風景は最後かもしれない」と言うことで8mmビデオテープで録画していた。両親共に鉄道ファンでなければ鉄道に興味があるわけでもない。ただ名残惜しかったと言う。
驚いたことにJR発足から たったの4ヶ月しか経っていない。出来立てほやほやのJRの映像である。そんなビデオを分割してノーカットでお届けする。
10代前後の鉄道ファンであれば、初期のJRと聞くと、直感的に「今」のJRの風景を想起するかもしれない。しかし、当たり前ではあるが誕生直後に新製車両などは無く、全て国鉄から引き継いだ車両となっている。今となっては似ても似つかない初期JR 京浜東北線、東海道線、横須賀線、貨物線の昭和末期の現役活躍の姿をどうぞ。
なお、合間に聞こえる赤ちゃんの声は
自分である。
VIDEO@・・・MPEG 16.0MB
@について:いきなり京浜東北線に103系が現役の姿。しかも中間ユニットは非冷房の時代。さらに東海道線の113系が追い越しをかける。こちらは、ダブルデッカーグリーン車が登場する前で、全車平屋の全塗装編成の時代である。実に統一感のある姿と言えよう。さらにEF65-1000がコンテナ貨物をしたがえて追いかけてくる。搭載されているコンテナは全て国鉄コンテナと言うところも昔懐かしく思う人もいるのではないだろうか。
VIDEOA・・・MPEG 6.40MB
Aについて:当時は珍しかった全車冷房搭載編成。他の103系では冷房を使えず、窓を開けていることも多かった。それに比べて快適な編成だった。
VIDEOB・・・MPEG 11.9MB
Bについて:凄まじい轟音と共に走り行くJRマークが真新しい東海道線113系。と、泣き始めたので、あやしている歌?が聞こえた。追走するのは横須賀線。なんと昔懐かしスカ色の113系である。こちらもオール平屋編成の時代。生まれた時はJRもこんな風景だったのだ。
VIDEOC・・・MPEG 18.6MB
Cについて:突如通過したのは驚いたことにEF65 0番台原色である。今では極一部の機関区に所属するのみとなった。さらに103系同士のすれ違いに113系と、JRとは思えない光景だった。
VIDEOD・・・MPEG 10.8MB
Dについて:このビデオについては張り付くようにEF64が映っていたので分割しなかった。横須賀色も轟音響く113系だけが主役。鶴見の貨物線をEF64が通過する。なんとも違和感な風景。
VIDEOE・・・MPEG 4.53MB
東海道線の113系であるが、気が付かれただろうか。なんと今では考えられない11連の静岡車両だ。特徴として先頭(右側東京より)から3両目に、サハに代わってクハが入り中間先頭となっている。さらに、485系改造のキノコクーラー搭載のグリーン車がいる。東海道線も面白い車両が走っていた。
VIDEOF・・・MPEG 12.4MB
懐かしい185系の原色である。その走行音は今より力強く感じられる。このビデオも103系をつなげたままにした。非冷房ユニットをはさんだ編成だが、クモハ103を組み込んだ6+4の編成である。103系も時代を感じる。
VIDEOG・・・MPEG 11.7MB
これぞ国鉄サウンド。103系 力行音といい113系の通過音といい今とは比べ物にならない力強さを感じる。まさに「走っている」感じが伝わってくる。103系と103系がすれ違い113系が追い越す。そんな風景もあったのだ。
VIDEOH・・・MPEG 12.7MB
この時代の貨物は凄まじい。混結が当たり前と言ったよう。EF65-1000牽引の貨物はワムに、タキが数種類にトラ(?)まで繋がっている。しかもワキ5000が現役である。EF65-500牽引の貨物もすごい。タキ9900に別形式のタキが繋がり、ワムをはさんでホキ2200が現役活躍。混成貨物はユニット貨物輸送より面白いものがある。最後は当時1歳4日の自分である。
これらのビデオは今から20年4ヶ月前の撮影である。当時の映像を目に焼き付けている人は昔懐かしく感じたかもしれない。また、JRもこのような光景があったと初めて知った人もいるかもしれない。様々な見え方があったことと思う。過去の光景はもう戻らない。しかし見返して懐かしむことが出来る。そんな時代。