ぼくは特にラーメン好きと云う訳ではない。
けれど生まれてこのかた、
イチバンたくさん食べたものと云えば、
きっとラーメンに違いない。
インスタントラーメン世代の悲しい歴史である。
ここのラーメンは旨いのです
とこれまで何軒もの有名店に行ったりしたが、
大いに感動した記憶がないところをみると、
どうやらぼくにとってのラーメンは
味わうと云うよりも空腹を紛らわすもの
と云うポジショニングであるらしい。
インスタントラーメン世代の悲しい習性である。
では、うどんはどうなのだ
と云うと、これには少々ウルサかったりする。
特に、絶滅危惧食カテゴリーに分類される
正統・大阪のきつねうどん
については一言も二言もあるのである。
讃岐うどんに駆逐され、その存在は風前の灯であるが
日々、甘ったるい出汁やアゲさん、ぐにゃぐにゃの細麺を求め
大阪の街を彷徨い続けるのである。
小春日和のお昼。
自転車に乗って住之江にあるラーメン屋まで出かける。
なんだ わざわざラーメンを喰いに
出かけているじゃぁないか
と厳しく矛盾を追及されそうだが、
いや、こんなに気持ちよい日。
ウチから自転車に乗ってちょうど良い距離に
この店があるので。
毎回、このラーメンは旨いのか と
ひどく悩みながら喰らうのだが、
やっぱり数ヶ月経つとふらふらと自転車に乗って出かける。
有名店であるらしいのだが、
ぼくは
天天ノ有
と云うその店の名前に興味をおぼえて、
はじめてその店の暖簾をくぐって以来のおつきあいである。
ラーメンとぎょうざと、
小 と云っているにもかかわらず山盛りで出てくるライス。
がつがつと喰らいながら
やはり
このラーメンは旨いんですか?
(き きくな!)
なのである。
住吉大社の境内で煙草などをくゆらせながら
うーむ
旨いとかなんとか評価する前に
今日も己の空腹を満たすことに夢中になっていた
ぼくにとってラーメンとは、やはりそう云うものなのだ
と
インスタントラーメン世代は、
この人生においてラーメンを語ることを
もはや諦めたのであった。