(二〇〇八)一月二十九日(火)曇後雨
眠いが七時半起床。
八時過、卵焼と馬鈴薯炒めで朝食を摂る。一服し脱糞し八時半部屋を出る。電車では昨日の分の日記を付けていた。途中御沓女史よりEメールがあり、先日加藤郁乎に送った手紙に対して、返事の葉書が来たとのことで大変驚く。私にくださるとのことで、夜店に寄るようにとのことであった。
九時半過、一服しながら東十条の見守り地蔵まで行き手を合わせ、十時に店を開店する。寒かったが午前中はまずまずお客が来た。その中の一人に、娘に連れられて来た初老の女性が居た。突然怒鳴ったり唄ったり、恐らくアルツーハイマーであろう。娘はにこにこ笑っていたが、帰る時に見せた表情は草臥れ果てて悲しみに満ちていた。
昼、魚壮に行き螢烏賊を買う。店に戻り弁当を開き大好きな肉団子で、ぺろりと御飯を平らげる。
午後、高田女史の二時間半の休憩中、五人のみの来客しかなかった。私は四時から七時まで図書館に行き、新聞と週刊誌に目を通す。
七時前、図書館の前で一服し店に戻る。途中、コモディというスーパーに寄り焼芋と豚タンを購い、焼芋の半分は高田女史に差上げた。
八時閉店。今日は二十九人であった。天気予報に雪印の出ていた程の寒さを思えば、仕方が無かろう。店仕舞をして、雨の商店街を駆けて帰途に就く。走った甲斐があって、八時十一分発の電車に乗ることが出来た。電車では品川までこの日記を書き、品川から糀谷までは吉田秀和の「中原中也のこと」を読んでいた。
駅に着いて、御沓女史の店に寄り郁乎氏からの葉書を受取る。かつて郁乎氏と交流のあった女史は感慨深げであった。
九時過、アパルトマンに戻り一ト先ず荷物を下して、加藤郁乎から届いた葉書を見る。一瞥、『市井風流』の本人による題字と同様の流れる字で一句がしたためられていた。
長生きは淋しきものよ椒酒くむ 郁乎
その下に「郁乎山人」の落款が押印されてあった。また鉛筆で、「拝復乍早速華翰諸誌寫しありがたく拝見。江戸俳諧歳時記の文庫版により若い読者がふゑて嬉敷かぎり也。心臓と目を患ひトシを覚えつゝ書見致候。諸君子に宣敷御傳へ下さい。」
来る筈は無かろうと思っていた返事が手中にあることに驚かずには居られない。『市井風流』で知ったこの博学の徒を肴に、焼酎を酌んでいた。今晩は鱈ちりを作ったが、その味も旨味が増すように思われた。
酔うて二時半就寝。

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