(二〇〇七)十二月廿九日(土)晴
七時過起床。朝食後シャワーを浴びる。
八時五十二分佐倉行きで品川に向かい、九時五十分頃東十条に到着。駅の憚りで 糞をしようと便座に腰掛けたが、放屁が二三出ただけであった。ズボンを上げて店に急ぐと、既にお客が並んでいた。開店まで二三分に迫っていたが誰も来ておらず、周章てて開店の準備をする。同僚の二人も何とか十時前に入店した。店長の阿部氏はまだ腰が痛い様であるが、何とか鋏を動かしていた。
昼、魚壮に行き鰈・鰊・鱈を買う。それから手製の弁当を開いて腹を満たす。
午後からの二時間の休憩はモス・バーガーに行きノートブックに日記を付けていたが、溜まった疲れの為にうとうととしていた。
六時前店に戻ると、客はぽつりぽつりとしか来なくなり一ト息つく。
八時帰途に就き、缶麦酒を飲みながら電車に乗る。
九時過、糀谷駅前ベンガ・ベンガで缶麦酒を購いアパルトマンに戻ると、郵便受に実家から封書が届いていた。中には手紙と「やましん詩壇」の年間評が入っていた。手紙には、次兄健夫が公務中に頭を四針縫う怪我をしたと記されており心配する。
一服した後、先日買った帆立をワインの蒸焼きにし、また炙った身欠鰊をフライパンに移し、ニンニク醤油に絡めて酒の肴とする。
加藤周一の西洋文学と日本文学に関する文章に目を通し、十二時過寝に就く。