2007/9/12

何も終わったわけじゃない 「Kids Return」  映画

1996年 オフィス北野/バンダイビジュアル 北野 武監督

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年若の友人で、結婚生活に悩んでいる人がいる。結婚してみたら自分が全く結婚に向かない人間であることに気付いてしまったというのだ。そもそも30になったらもう結婚しなくては、などという周囲や親のばかげた圧力や年齢概念が、友人をあまり深く考えずに結婚に走らせた側面もあるのだが、結果、配偶者はすぐにただの同居人になり、いまでは顔をみるのも苦痛で家庭内別居になっているという。まだ1年もたっていないのに…。本人の見込みが甘いといえばそれまでなのだが、本来快活な人が夜も眠れないというのは余程の事。原因も相手よりは自分のメンタリティの我儘さにあると自責の念もあり、今の配偶者のようないわゆる「出来た」人とでも結婚生活に齟齬を来たす自分は、人としてダメなのではないか。もう、自分の人生は終わったんじゃないかという気さえする…といつになく深刻なので、ワタシは「まだ何ひとつ終わってやしないよ、何も始まってさえいないんだから」と言って友を励ました。言いながら、これは「Kids Return」のセリフだなと思った。

ワタシは北野 武の映画は全般にかなり過大評価を受けていると思っている。殊に本人が出ている作品はその傾向が強い。どういうわけか、やたらにカンヌは彼をもてはやすので、あのコンペは大丈夫なのか?と首を捻るが、昔の作品で本人の出ていないものには傑作があることも事実である。「あの夏、いちばん静かな海」そしてこの「Kids Return」である。

「Kids Return」はボクシングをフィーチュアした作品である。当ブログによく遊びに来てくださっている方々はもうお気づきだと思うけれど、ワタシは多分に愛惜の念が混ざったボクシング好きである。そして、この作品からは北野 武の「ボクシングへの愛惜」をひしひしと感じるのだ。そして、やはり「人の心の闇」がボクシングというフィルターを通して描かれている。鈍いが、けして軽くはない青春の蹉跌。

ニット帽を被り、つまらなそうな顔で自転車をこぐシンジ(安藤)から映画はスタート。自転車を止めた彼の前におもむろに現れるマサル(金子)。金子の首の傾け具合がいい。昔のようにマサルを後ろに乗せて自転車をこぎだすシンジ。二人の背後に印象的に流れる久石 譲のテーマ曲。その切ない疾走感…。

クリックすると元のサイズで表示します 安藤政信

これがデビューの安藤政信、素もそのままのような金子 賢、こんなジムの会長はリアルにいそうな山谷初男、そして、素質のある人間を羨み、ケチなメフィストのようにその将来を潰しにかかる負け犬にモロ師岡。(うまい。まさに適役)いつも通りのヤクザで寺嶋 進。そして懐深い組長の石橋 凌。とにかくいいキャスティングである。タクシーの客で漣さんまで出ていたのは今回再見して気がついた。金子のヤンチャは昔の悪ガキのヤンチャでほほえましい。それが落ちこぼれは切り捨てろ、の教師たちの扱いで退学し、ボクサーを目指すが挫折。二重の挫折の果てに本式の裏街道に入っていく事になってしまう。威勢はいいが、けして本物にはなれないマサル。本物になれる素質はあるのに、兄貴分に依存するというメンタリティを抜け出すことができないシンジ…。同級生なのにマサルに敬語を使う。マサルが大好きなのだ。金子演じるマサルはちょっと石橋貴明臭がする。学校もジムも去ったマサルを思いながら、一人高校を卒業するシンジ。桜もまだ蕾。誰もいなくなった校庭を一人自転車でよぎっていく。思春期のほろにがい思い。

クリックすると元のサイズで表示します 金子 賢

マサルとシンジの間に横たわる、素質という名の煌きを持つものと持たざるものとの残酷なまでの対比。強くなりたいマサル、マサルと一緒に居たいだけで始めたシンジにはプロの資質が備わっていた皮肉。

ボクシングの世界ほど厳然と素質があるものとないものが最初から分かれてしまう世界もないと思う。さして教わりもしないうちから、カンのいいシンジは威勢だけのマサルをポーンを倒す。
この対比が実に鮮やか。安藤政信、体の動きができている。体もちゃんとボクサーの体になっている。一発のパンチを持っている感じも出ている。全編にわたってジムのシーンがとてもいい。新人王を取るまでの試合とジムのシーンの見せ方もテンポがよく、高揚感がある。

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素質を順調に伸ばし、ランクを上げていくシンジの前にいっぱし兄貴分になったマサルが現れ、「おまえがチャンピオンになって、俺が親分になったら、また逢おうや」と言う。
白いヤクザ車で走り去るマサルを遣る瀬無く見送るシンジ。
そんなシンジの心のウロに、ハヤシ(モロ師岡)が擦寄り、悪魔の囁きを繰り返す。その誘惑に負け、ユルい怠惰へひたすらに流れ、あんなにも有望だったシンジは、凡庸な選手に堕ち、ジムを去る。一方、いい気になったマサルは顔をつぶされた兄貴分(寺嶋)から制裁に遭い、裏社会をも追われる。

二人それぞれのライズ&フォールが描かれ、そして冒頭にシーンは戻り、二人はまた昔のようにシンジの漕ぐ自転車に相乗りして、高校の校庭を走る。

「…マーちゃん、俺たち、もう終わっちゃったのかなぁ」
「馬鹿ヤロウ、まだ始まっちゃいねぇよ」

何かを失い、何かを取り戻した二人の顔に浮かぶ屈託ない笑顔。
すべてはラストのこの一言のために積み上げられたのである。

主人公二人だけでなく、彼らの同級生についても目配りがあり、彼らが去った後には既に次の人間がいる。高校にはまたかつての彼らのような生徒がいる。
すべては巡り、移ろっていく。そして誰もが転んだり、昇ったりしながら生きていく。
少しぐらい転んでも、全てが終わったわけじゃないのだ。
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2007/9/13  12:38

投稿者:kiki

「ソナチネ」は本人が出る割にはまずまずだったのですが、本人が出るもので一番よかったのは初監督作の「その男、凶暴につき」だと思いまするよ。「hanabi」はほんと、ドン引きしました。以降、ワタシも北野作品とはサヨウナラ〜って感じです。でも、これはね。これと「あの夏、いちばん静かな海」はよかったです。エバーグリーンです。金子 賢(マサル)の急激な高度成長期にはアテクシも驚きましたよ。いかになんでも短期間に台頭しすぎでしょ?みたいな。まぁ、それでガツンと粛清されるわけだけど、それにしてもねえ…。安藤政信、よかったですね。目がよかったし、黙っててボスっと一発ボディにお見舞いして崩れ去る相手に一顧も与えず歩み去るところなんて、なかなかいい味出てました。キッズたちは一回りしてまた元の振り出しに戻ったわけで、そう、本当に大変なのは、そこから先ですわね。 さてさて。あのお笑いは自分のカリカチュアかなぁ。

2007/9/13  11:16

投稿者:たむ

これ、好き。「あの夏、いちばん静かな海」もっと好き。といっても見返してはいないんですが。北野武の映画がすごい、といわれるようになった頃はとても怖くておいそれとは見られませんでした。おなじようにデ・ニーロも怖いんです。ようやく沖縄が舞台の野球の映画を見て、俄然面白くなり、「ソナチネ」であの虚無感にまた怖さがぶり返し、「hanabi」でこりゃあかん、と見るのをやめています。
「キッズ・リターン」安藤君、きれいだったねー。モロ師岡すごかった。金子賢があんなに短い間に「いい顔」になれるはずもないのになー、何年かは下っ端でこき使われると思うけどー、と例によって瑣末なことが気になる私でありました。彼らは人生に無数にある山の一つを我武者羅に越えたに過ぎないんで、大変なのはこれからだよ、思ったことでした。ちなみにテレビに出てくるタケシってなにか意味があるんでしょうか。

2007/9/13  0:41

投稿者:kiki

何でも感じた事を書いてもらってOKですよん。
一昨日は飲み会で、後半はその子を励ます会になり、自分が言った一言からこの映画を思い出したので、ついでにレビューも書いてしまったという次第。この友とワタシは性格が似ているので、自分が同じぐらいの年頃にたまたまその時に付き合ってたから、などという理由で結婚してたら、まず間違いなく同じような経緯を辿ったろうなと思われるので、あまり他人事とも思われず話を聞く毎日ですわ。人はそれぞれ、人生いろいろ、腐れ縁もあれば、離婚もまた人生の彩りの1つ、かもですわね。

2007/9/13  0:03

投稿者:グロリア

これは観てないんですが、
年若の会社で親しいコ(リア・ディゾン似の美女)が先月離婚したんです。
結婚生活への悩み、不満を相談されてから決断まで早かったのでびっくり!
一方、夫の悪口と「別れたい」が口癖で何度も離婚の話し合いをして十数年という夫婦も(しかも2人目の子供ができたりという理解不能な事態も)
うまく言えませんが、人の一生って理屈でははかりしれない不思議なものですねぇ・・・レビューと関係ないコメントですみません(-_-;


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