2008/7/4

黄色い蝶々 「歩いても 歩いても」  映画

2007年 シネカノン 是枝裕和監督

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是枝監督の作品は「幻の光」「誰も知らない」「花よりもなほ」に続きこれ、とほぼ主要作は観ていることになるが(結構観てるなぁ。「花よりもなほ」はTV放映を鑑賞)、1作ごとに小津先生もびっくりなほどに淡々度が増大していく感じがする。「歩いても 歩いても」はまさに超淡々と何もおきないある家族の夏の一日を綴った作品。どこの家族にもありそうな、あ〜、こんな会話はした覚えがあるよ、あ〜、こういう局面もあるよね、というような「あるある」状態の静かな連鎖の中から、人にとって家族とはどういうものであるのか、を押し付けがましくなく描いていく。

    〜ここからたたみます〜


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のっけから、家庭料理を作る母と娘のシーン。樹木希林、ふだんから台所でちゃんと料理をしている人の手つきだ。横で母を手伝う娘はYOU。
そうそう、ワタシも大根だのニンジンだのの皮を剥くときはあの皮剥き器を使う。その方が手早くて綺麗に剥けるからだ。でもうちの母はあれだとうまく剥けないと言う。包丁の方が剥きやすいんだって。年季の差ですかねぇ。

昼ごはんを作りつつ、母と娘はあれこれ会話。息子・良多の嫁について「何も人のお古を貰わなくたってねぇ、他に幾らでもいたでしょうに」と母。「いくらでもって程モテなかったでしょう、良ちゃんは」と姉。「そんな事ないわよ。中学の卒業式の日に制服のボタン全部なくなってたんだから」「そりゃ、いじめられたんじゃないの?」この会話で、母が息子に、女親が抱きがちな独占欲と所有欲をかなり強く持っている事が分かる。
更に「死に別れってのはよくないのよ。思いが残ってるじゃない?生き別れならいいのよ。お互い嫌になって別れたんだから後腐れないじゃない」と言う母に、娘は「お母さんてサラっと怖いこと言うよねぇ」とつっこみを入れる。YOUの良さを是枝監督はうまく引き出すが、適度なアドリブも流れの中で採用し、「それらしい空気が漂う事」を第一義とする現場の雰囲気がYOUに自由な芝居をさせるのだろう。この姉は彼女なりに周囲に気を配り、親の老後を気遣ってもいるのだが、母は娘夫婦との同居をあまり望んでいない。たいていの母親は娘の方と暮らしたがると思うのだが、この母は息子が戻ってくるのを待っているフシがある。しかも家族連れで戻るのではなく、離婚して一人で戻ってきてほしいと思っているようである。

そう、この映画を観ていると、痩せしなびた樹木希林演じる母の、にこやかだけどちと怖い性格、および血中メス度の高さを感じるシーンがいくつか出てくる。大昔、夫の浮気現場をチェックに行った時に流れていた曲を黙って「思い出の曲」として息子たちに聴かせておいて、後で夫にだけは「あなたもあの時歌っていたでしょう?」なんてサラっとグッサリ行くのである。怖いコワイ。
その曲は「ブルーライト・ヨコハマ」。曲が流れる前、私は思い出の曲って「港が見える丘」あたりだろうかと思っていたのだが、ブルーライト・ヨコハマと来たか。「歩いても 歩いても」はこの歌の歌詞から引用してきたタイトルなのだと分かるシーンだ。

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彼女が息子二人をとても愛していること、娘も愛していないわけではないのだが娘への気持ちと息子への気持ちはニュアンスが全く異なるものであることがさりげなく描かれている。二人の息子のうち長男は不慮の事故で既にこの世にない。海で溺れかけたよその子供を助けて自分は溺れてしまったのだ。頭がよく、機転の効いた兄は父からも母からも愛され、頼りにされていた。この兄と比べられる事に僻み、権威主義な開業医の父への反発を40面を下げてまだ抱えている失業中の次男坊に阿部 寛。阿部ちゃんを姉か母のように包む、感情の抑制がうまい嫁に夏川結衣。この二人はドラマ「結婚できない男」の名コンビ。年格好といい、正反対な顔の造作といい、なんとなく画面の中で相性がいい二人だ。
子連れ再婚の嫁さんに甘え気味の次男坊烏の雰囲気を阿部ちゃんは自然に出している。夏川結衣は年は下かもしれないが、そこはかとなく姉さん女房の雰囲気。この二人を観ているとやっぱり女の方が大人なんだわな、と思うわけである。仲のいい良多と妻だが、この妻は死に別れた前の夫をけして忘れたわけではない。前夫はまだ心の中に棲んでいるらしいことは、ふとした表情や台詞から窺う事ができる。けれどそれに拘泥して先に進めないというわけではない。ただ、忘れないのだ。連れ子にとっても「お父さん」は死んだ父一人なのだが、良多を拒否しているわけではない。ただ父のことは忘れない。その上に良多が積み重なって行くのである。

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樹木希林も夏川結衣も、ごく普通の平凡そうな女が潜在的に抱えている内懐の秘密、にこやかな顔の下にそれだけは誰にも教えない自分だけの秘密を抱えている部分で似たもの同士である。この平凡な主婦として生きて来た女の心の底に住む怖さはちょっと向田邦子の小説世界のようでもある。
「女って怖いなぁ」と言う良多に「そう、怖いものなのよ」とさりげなく呟く妻。大きな秘密は厄介だが、人にはそれぞれ人に言わない小さな秘密の1つや2つはあっていいのだ。つれあいだからって何でもかんでも知っている必要はない。知らない方がいいことは、知らない方がいいのである。

一見偏屈で頑固で気難し屋のような父(原田芳雄)の方が母よりもずっと単純で可愛らしい性格。「このうちは俺が働いて建てたのに、みんな『おばあちゃんち』とか抜かしやがる!」と娘に八つ当たり。父の部屋を出てきた娘は思わず噴出して「ちっちぇ〜」と呟く。このシーンは館内あまねく受けていた。細かい事にこだわる器の小ささや頑固さはそっくりこの父譲りな良多。親と子がぶつかるのは似た者同士の場合が多い。原田芳雄は実際よりも老け作りをして老人ぽさを出しているが、この人としては太ったなぁと感じた。

息子夫婦と母が長男の墓参りに行った帰り道、黄色い蝶が目の前を飛んでいく。
黄色い蝶は、死なずに冬を越したモンシロチョウなんだってよ、という母に
誰に聞いたの?ウソっぽいなぁと良多。
母は歩きながら息子のシャツの裾や背中をすこし捻って掴んでいる。
「母」ではなく「女」の仕草である。
黄色い蝶は嫁とその連れ子にも思い出に繋がる蝶である。
今は亡き前夫と家族旅行に行って、そこで黄色い蝶を観たのだ。
その夜、家の中に迷い込んできた黄色い蝶に、母は死んだ長男かもしれない、と
我を忘れてその姿を追いかける。
母は黄色い蝶に「長男」への想いを、嫁とその連れ子は黄色い蝶に
「亡き夫、亡き父」への想いを重ねるのである。

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長男が助けた子(もう大人)に、毎年命日には訪ねてくるように声をかける母。
せっかく助けた命だが、フリーターでムクムク太っていかにも冴えないその様子に、期待の長男がこんなもののために犬死にしたという苦々しさを抑え切れない両親。もっとパリっとした青年に育っていたら報われたのかどうなのか。
しかし冴えない太ったフリーターでは確かに情けなさ100万倍ではある。
だが相手の方も、いかに命の恩人の命日でも、10年たったらそろそろ勘弁してくれないかと思っている気配。
もう、いいんじゃない?向こうも辛そうだしさ、という良多に 「だから呼ぶのよ。10年ぐらいで解放してたまるもんですか。来年もさ来年も来て貰うわよ、忘れてもらっちゃ困るんだから」と母は言う。気持ちは分かるがやはりこの母、ちと怖い。
一泊して帰る息子夫婦をバス停まで送った帰り、老いた両親は階段になった坂を登る。
杖をついてゆっくりと登る父を意地になって追い越す母。
私はずっと専業主婦でやってきたけど、あなたに付き従ってきたわけじゃない。私だってあなたの面倒を見てきたんだから対等なのよ、と言っているかのようだ。一昔前の映画だったら、老いた母は老いた父に寄り添うか、少し後から歩いた事だろう。 樹木希林の面目躍如である。

***
YOUの子供として出てくる女の子と男の子は本当に姉弟みたいで自然さが良かった。観ていて自分と弟の子供時代を思い出した。是枝監督は子供に自然な演技をさせるのが上手い。そして、表情に乏しくあまりしゃべらない夏川結衣の息子役の子は「誰も知らない」の柳楽優弥ほどのインパクトはないが、内面的なその佇まいは是枝監督特有のカラーがよく出ているように感じた。
音楽はもう、他に適任者はいまいと思われるゴンチチ。ザ・ゴンチチともいうべきメロディが、まったりと心地よく画面を包んでいた。

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***
事件らしい事件は何も起きない。その夏を境に何かが劇的に変わるわけでもない。
良多は結局、父とサッカー観戦には行かずじまいだし、
母を車で買い物にも連れて行かずじまいである。
が、数年後、両親の墓参りに来た良多一家には娘が一人増えていて、その娘に良多は無意識に母から聞いた「黄色い蝶」の話をする。
殊更な父との和解や、母への歩み寄りなどしないのだが、息子の中には母が語ったなにげない言葉が残っていて、それを意識せずに自分の娘に伝えるのだ。

人の想いも、家族の記憶も、けして流れ去りはしない。
それは静かに積み重なって次の世代に引き継がれていくのである。
時は流れない、ただ積み重なるのだ という何かのキャッチコピーを、
映画を観終わってふと思い出した。
6



2008/7/7  23:30

投稿者:kiki

たむさんもごらんになりましたのねん。
吾唯足知さんの地道な布教活動の賜物かな?(笑)
家庭料理がなんとなく美味しそうな映画でしたね。
おやつからてんぷらからせっせと作って。そうやって家庭的でニコニコ
してるけど、あのおっかさんは怖い性格ですよね。そういう面がよく出てました。
一番しっかりとキャラが描かれていたのは、あのおっかさんですね。
樹木希林は多分、ご本人もけっこう血中メス度は高いと思われますのね。
あの旦那がいかに別れようとしても絶対に離婚に応じないで帰りをずっと
待ってるんですから、相当なもんですわ。
「死んでから3年しか経ってない」のは嫁の先夫の事ですね。
あの両親の家を三浦海岸に設定したのも、程がいいなと思います。
最初はもっと田舎なのかと思ったんだけど、しょっぱなの台所シーンの会話で
全く訛りがないし、どこの設定なんだろうと思っていたら…。
房総の方がもっと鄙びた雰囲気が出たんだろうと思うんだけど、やっぱり房総
じゃなくて三浦半島になるんでしょうね。映画やドラマだと。なんとなく

2008/7/7  20:23

投稿者:たむ

邦画を見るのは久しぶりでした。樹木希林が見たくて。最初の台所のシーンで青エンドウと茗荷を混ぜ込んだご飯がおいしそうでした。
会話が聞き取れないところがあって、少し焦り気味。観客がどっと笑ったのは「ちっちぇー」だったんですね。それから、「死んでからまだ3年しかたっていないのよ」と母親が言うのが誰のことなのかすぐにはわからず、「ブルーライトヨコハマ」をかけて「ほら板橋の...」(だったかしら)というところ、夫の浮気の話をそれとなくしているなんて気が付きませんでした。不覚です。で、そういうところをkikiさんのレヴューを読んでわかってつらつら思うに、この母は、自分の愛するものを奪っていくものを絶対に許さない、流れは止めようがないけれど、何十年経ったって許すもんですか、とかなり執念深い。樹木希林を見ると、いつも生々しさを感じるのは、kikiさん言うところの「血中メス度」の高さなのかもしれないです。これが自前のものか演技なのかはわかりませんが。
いい映画でした。少し怖かったけど。

2008/7/5  10:00

投稿者:kiki

のっけから料理するシーンがけっこう出てきて、こりゃ吾唯足知さんが好きなわけだなぁ、
なんてふほふほ思いつつ観てましたよ。とうもろこしの掻揚げって美味しそうだけど
跳ねてあっちこっちに一杯ヤケドしそうで怖いなぁとかね。
樹木希林は前にNHKで歌人・杉田久女を演じた「台所の聖女」という単発ドラマをやってましたが、ここでも大正時代の主婦である歌人に扮し、台所仕事をするシーンが沢山出てました。いい手付きでしたわよ。着物に襷がけでね。これいいドラマでしたよ、観られたかしらん?
で「歩いても 歩いても」。わざとらしいところがない、家族についてこういう事もある、ああいう事もある、と良い面もそうでない面もさらりと描き、両親と息子の距離も殊更に縮まったりはしない、現実的な距離感の描き方がいいなと思いました。こういうのはごくサラっとヨソヨソシイぐらいに描いておいて○。でも吾唯足知さんも仰ったあの娘の前髪を分けながら「あんた、おでこを出せばいいのに」と母が娘に言うシーンは上手いなぁと思いましたよ。ああいうこと言うものね〜、母親って。樹木希林はさすがの上手さでしたね。
吾唯足知さんが次に観たいと思ってるミニシアター系邦画ってアレじゃないの?
あ、あっちかしらん。なんかワタシの観たいのと一緒くさい気がする、なんとなく。
…って全然違ってたりして。(笑)

2008/7/4  21:08

投稿者:吾唯足知

ひぃ〜ん!kikiさんのレビュー泣ける!
多忙のところ早速の鑑賞、小さな広報役としては嬉し涙です!
キャスト皆さん良かったですね。父と母の歩き方なんざ、もう手を差し伸べたくなる程の老いを演じててね。強い希林さんの母そして女の演技が笑いと共になんともかんとも。アドリブからYOUの前髪を触って「あんたはおでこ出した方がいいのよ」って言った演技から今度はYOUが自分の娘の髪を縛ってあげてた演技へ繋げた…と監督が言ってましたよ。演技とアドリブの境目が分からないとても自然な流れで最後まで観れてジンワリ涙が溜まり最後はゴンチチでノックアウト。最後のお墓参りのシーンでちょっと不満もあったんだけど、それはこっちで公開され再び観てから書くこととしましょう。笑 昨今のミニシアター系邦画はいい味じわ〜っと出てますね。それを味わえるお年頃になったという事かもかも〜。


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