芦谷有香さんのブログで、清水英次・元騎手が亡くなったのを知って驚いた。落馬でクビに大怪我を追って引退したはずだが、その後はもう回復されたのだとばかり思っていた。
清水騎手は、とにかく「巧さ」を感じさせてくれる騎手で、確かにムラではあったが、ここ一番のファインプレーは鮮やかに記憶に残っている。私が競馬に出会った年の秋には、トウメイで秋天、有馬を勝っていたのだが、その記憶は残念ながらない。短波の第2放送くらいしか、関西の競馬情報がなかった当時は、平場のダートでよく穴馬を連れてきていたのが最初の記憶。そしてテンポイントが散った日経新春杯、勝ったジンクエイトに乗っていたのが清水騎手だった。4角からあとは、ファンもレースを見ていなかったし、騎手にも明らかに同様の色が走っていたように見えたが、そんな中でもキッチリ仕事をしていたのが「らしい」という感じだった。
なんといっても真骨頂はテンメイの菊花賞と天皇賞。トウメイの息子だ。菊花賞は滑り込みで出走。「出てくれば勝てる」と願っていただけに、特別勝ちでなんとか出走できそうになったときは本当に嬉しかった。そして本番は、杉本アナの『トウメイが待っているぞー』の声に応えてあと少しで勝てるところ、外からプレストウコウに差されて2着。その後は前哨戦ではポカをしていたが、秋天ではきっちりプレストウコウに借りを返した。ルイスデール産駒で、血統の魅力を広げてくれた恩人のような馬だった。
女旅芸人と異名をとったヤマノシラギクの主戦も清水騎手だったし、ドウカンヤシマの代打騎乗で金杯を勝ったのもそうだったはず。そしてメジロモンスニーで幾度もミスターシービーへ挑んだ姿。ああ、その前にリーゼングロスの桜花賞もあった。あの頃の競馬は楽しかったなあ。騎手も馬も、個性がキラキラ、いやギラギラしていた。
清水騎手は、シャイなところがあったようで、ちょっと気難しいという評判もあったが、そこがまた職人肌で好きだった。芦谷さんの文章によれば、「死を公表しないでくれ」と言い残しての旅立ちだったらしい。合掌。そしてJRAも、訃報を出すべきである。
皐月賞。どうやら1日雨の日曜になりそうだ。

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