4月某日、サーフィンした。
受傷した昨年5月からほぼ1年、麻痺は残っているし、痙性または痙縮(筋肉が本人の意思とは関係なく突然強張ったり、痙攣を起こすこと)も依然ある。
ここにきて回復のスピードはがくんと落ちた。
しかし日常生活にはほとんど支障がない。
いつでもサーフィンに挑戦できる状態であったが、
できると思わなかったし、やりたいとも思わなかった。
このままサーフィンできなくてもいいかとも考えた。
きっかけは、リハビリ療法士さんのサーフィンやってみたいの一言。
サーフィンに対するわくわく感。
サーファーという人種のライフスタイル。
自分がそういう気持ちであった頃を思い出した。
お役に立てるならと一緒に海へ。
ややジャンクなヒザ腰の波。初心者むき。
コーチングの合間に沖へ出た。
手ごたえのないパドリング。
2テンポ遅れるテイクオフ。
少し横に走って(走らされて)プルアウト。コントロールできない。
サーフィンできた喜びの反面、悔しさがあふれ出た。
療法士さんはまだ立つことすらできないけれど、満面の笑顔と満足感にあふれていた。
彼はまだまだ練習したそうだったし、またサーフィンしたいと言う。
彼はこれからどこまでサーフィンに関わるかわからないけど、とにかく始まった。
自分はどうなるんだろう?
自分がサーフィンしたことを親友や恩師のサーファーに伝えたら、みんな喜んでくれた。
スゲーたくさんのサーファーに、スゲーたくさん心配かけていたことを思い出した。
自分がホームビーチにラインアップすることが、恩返し。
また一からやってみる。

桜は散るから美しいのか。けれど必ず咲く。

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