pegaさん、ありがとうございます。
私の運動音痴は、たぶん、pegaさんの想像を絶するような状態だと思います(爆)。とにかく、原因は、どうも「人が自然と身につけるはずの、力の入れ具合(筋肉の使い方)が分からない」ところにあるようなので(
http://diary.jp.aol.com/bfkxuuhuqg4n/215.html)、「失敗するもの」というよりは、「失敗しかしないもの」という感じでした。本当に、不快な日々でした(
http://diary.jp.aol.com/bfkxuuhuqg4n/220.html)し、私自身は、スポーツを見ることが好きだったし、「スポーツができる」人に憧れていた(親からは、「勉強より、運動しなさい!もやしっ子になるで」と言われ続けていたので、「元気はつらつ」でないといけない、という呪縛があったのだろうと思います。日ごろは「明朗活発」に振舞っていても、体育になると、てんでダメな状態でしたからねぇ)ので、余計、悲しかったのでしょう。今、学校を嫌がるNANAの気持ちや一歩踏み出せないNANAの心中を察するとき、「もし1日の大半が体育だったら」と想像するようにしています。そんな学校だったら、私なんて、きっと小さくなって、何事にも自信がなく、オロオロしていたでしょうからね。
私のことはともかく、一般論としては「大半は失敗するもの」という発想は大事だと思います、これは体育に限らず、ですけどね。私は、NANAにも、(学生にもですが)「人間は便利な脳を持っていて、3〜4割楽しかったら、6割嫌なことがあっても、楽しい記憶になるようにできてるんだ」と話しています。これに似てるかもしれませんね。