2009/1/1
あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
しかし…。
新年早々、めちゃどよ〜んとした気分に。
今日は夫実家に日帰り帰省したのですが、徐々に親しくなれてきているように感じていたのもあり、今、全力を注いでいるといっても過言ではないミュージカルの話をしたところ…。
「いいなあ、趣味にそれだけ費やせる時間があって」という一言が帰ってきました。
この言葉の主は、仕事を三つもかけもちし、ジジ、ババの援助も受けつつ、必死で3人の子どもを育てるシングルマザーです。確かに、そう言われても仕方のない環境に、自分はいるなあと思います。
でも、自分の生活の余力をすべて費やして取り組んでいることなので、ものすごく傷ついてしまいました。
いや、はしゃいでいる自分が、生活するだけでも、必死の人たちから見れば、そういうふうに見られる立場にいるのだという自覚が足りなかったのだと言えるのでしょう。
気持ちがすごくどよ〜〜〜んとしてしまいました。
確かに芸術ではご飯は食べられません。でも、万の言葉を費やしても伝わらないことが、ひとつの歌、ひとつの舞台から伝わることを私は知っています。なんのために、自分の余力を全部費やして頑張っているのか。それは「伝えたい」ことがあるからです。人間、頑張れば、これだけの舞台が作れることを知ってほしいという思いがあるからです。
でも、どうみたって、余力を生活費を稼ぐ以外のことに使える「余裕のある人間」になってしまうんだなあと思います。なんだか、それは、お互いにとって、とってもつらいことだなあと思いました。

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投稿者:pega
ikumetto736さん、ご無沙汰してます^^
共感していただけてうれしいです。特に(微妙な)身内に言われたことだからどよ〜〜んとしたのかもしれません。
保育園の保護者仲間だと、「いいなあ」というニュアンスがあっても、「自分ももう少し子どもが大きくなったら、何か見つけなきゃ」とかいうのも伝わってくるんですよね。
それと、「大変な中、よく余分に頑張るなあ」というのとか。
それが、まったく「気楽でいいね」「余裕なのね」って感じだったから、気持ちが落ち込んだのかも。
でも、現実は、気楽にはじめてみたものの、責任は重くなってくるわ、練習しなければならないこと満載だわで、ギョエーーーーって悲鳴をあげているわけで。余裕なんてかけらもなくて、でも、いまさら投げ出せないしで、ギリギリの崖っぷちで、なんとか頑張っているもんだから、ギャップの激しくて^^;
私も仕事ができる人はそれだけでうらやましいって思ってたことありました。だから、必死で、あれこれなんとか「仕事をしている」という対面を取り繕おうとして、もがいていました。
でも、今から思えば、もっと休んでもよかったなと思ってます。というか、仕事をしていない、何もしていない自分をもっと心から自分が許してあげていれば、良かったなと(それが、簡単にできるくらいだったら病気になんないんですけどね…)。
孤独がつらくて、つらくてしょうがなかったけど、私の場合は「孤独が普通なんだ」とあきらめたときから、「寂しいけどしょうがない」と思えたときから、自分が変われたように思います。お試しあれ^^
投稿者:ikumetto736
ご無沙汰しています♪
今年も遊びに来させてくださいね。
何だかお気持ちわかります。
旦那の実家はとくに、地方不況?のあおりがあるのか共働きの人が多くて。
共働きが悪いといってるのじゃないですが、
私が旦那に養ってもらってるのが羨ましい、楽でいいねと言われるので、兄弟を作れと同等にどよ〜んとしてしまいます。
私から見たら、働くところがあって子供も預けられて、家事育児も・働くのもこなせて羨ましいです。全部まだ実現不可能?な状態なので。
とにかく皆それぞれ必死なんでしょうけどねぇ。
余暇・趣味をできるイコール楽だからというわけじゃないと思うのですけども(><)
私のリアル友さんも働き始めて、私は更に孤独です。
(といっても少し私も仕事っぽいのやってはいますが)