しばらく、バケーションを取っていましたので日記の方も空きました。でもこう言うものって敏感なものですね。更新が滞ると訪問者も極端に減ります。ぁ、当たり前と言えば当たり前の事なんですが。
一応休養も取れましたのでこれからの盛夏、残暑に向けても頑張って行きたいと思います。バケーションがすんで、既に2週間後にはまたデモが控えています。先月半ばバケーション前の12日に和太鼓とのコラボレーションで演武をやったばかりなんですが、もう次の演武です。
一応これで夏場最後の演武となります。今年に入ってこの公の場所での演武は4回目と言う事になります。もしかするとまた秋にも何か飛び込みで入って来るかもしれませんが。
どっちにしても体はいつも維持し鍛えておかないといざと言う時に言う事が効きませんので普段の修練と言うのは大切だと思います。先生と言われ持ち上げられてしまったり古参になると指導に忙しくなり、まともに自分の練習時間など持てなくなりますからね。
でも段位が上がっても役職が付こうが先生と呼ばれるようになろうがそこで修行が終わる訳ではないのです。むしろ本当の修行とはそれからでしょう。俺はもう偉いんだ。演武なんて若い者にやらせておけばいい。乱捕り、そんなものやってられるか。では本当に自分の体が駄目になってしまいます。
動ける内は修行が出来るのです。それぞれの立場でそれぞれのレベルで出来る事はあります。それをやらなくなって、やれ組織がどうの、役職がどうのとそんな事ばかりに血道を上げていては本当の意味での拳禅一如の修行など出来ないでしょう。
御託は実行出来る実力があってこそ人も耳を傾けてくれるものです。鍛える事を疎かにして口だけで修行しても、それでは本当の霊肉一如の鍛錬とは言えないでしょう。歳は関係ないのです。歳を取れば歳なりの技があり、対処法があります。またそれを見つけ出す事こそ修練と言う事でしょう。
私も相方も今年で共に58歳になります。それでもまだちゃんと公の場で年にこれだけの数の演武をこなしています。要はやる気があるかないかです。その覇気がなくなった者が御託のみに走るのでしょう。
勿論20代や30代の人達のような動きはもう出来ないかもしれません。でも歳なりの動きは出来るはずです。でもそれもやらなければどんどん退化して行きます。
古参になり先生と呼ばれるようになったらもう修行が終わるわけではないのです。むしろそこからこそ「離」の領域の技を研究し、自らに磨きをかける努力が必要だと言う事でしょう。その為にも基本となる、体力、気力の維持は必要だと言う事です。お互い頑張りましょう。
これは今回もまた去年に引き続き和太鼓とのコラボレーションでやった演武です。ただしこれは競技演武ではありません。自分達に出来る行としての演武です。歳相応の技を持って楽しむ演武と言う事で理解してください。
和太鼓とのコラボレーション演武

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