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2011/1/2

邪馬台国と卑弥呼-45  滇(てん)王国     邪馬台国と卑弥呼

雲南省の滇池のほとりには、紀元前400年から紀元100年くらいまで、三苗の一つの部族である倭族がつくった滇王国が栄えていました。  倭族は稲作と漁労の民ですが、同時にこの地は、シルクロードの南端に当たり、インド・東南アジア・チベットなどとの交易で栄え、中東やヨーロッパの文化を東アジアに伝えてくれました。


知られざる文明、滇(てん)王国
http://www.youtube.com/watch?v=rtNaycM308U&feature=related
邪馬台国と卑弥呼-25  苗(みゃお)族 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1272.html



倭族は、太陽・鳥・蛇信仰をもち、特に日本とのつながりを感じさせるのが、稲作と漁業をなりわいとし、滇王国の母系社会で、シャーマンの女王(蛇巫女=卑弥呼=日巳(へびのみ)子)がいて、


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種まきの儀式、田植えの儀式をとりしきる女性権力者の巫女(金色)


滇王国の石寨山遺跡からは、前漢の武帝から賜った金印は、志賀島で発見された「漢委奴国王」と彫られた、後漢の光武帝から賜った金印と、同じ蛇がデザインされていた事、


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滇王国 金印 
   
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漢委奴国王 金印


雲南省の南部亜熱帯林には、実際にいまも、マンと呼ばれる全兆8mに及ぶ大蛇がいて、滇王国では実際に人間の女性を大蛇の生贄にしていた事、それが出雲のヤマタノオロチ伝説のように、人間の女性を生贄にしようとしていた話とつながり、

蛇を信仰では、出雲の佐太神社、さらには三輪山の大神神社と一致し、


邪馬台国と卑弥呼-35  海照大神 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1282.html
邪馬台国と卑弥呼-26  蛇信仰
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1273.html


さらに石寨山遺跡からは、屋根に千木を持つ、高床式の日本の神社建築とよく似た青銅製品が出土しており、建物の入り口には、蛇の彫刻が掲げられており、これは蛇を御神体とした神社であると考えられます。


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滇王国の青銅製品  蛇を御神体にする神社と考えられる。


そして、鹿と水牛、


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鹿の青銅製品

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水牛の青銅製品


邪馬台国と卑弥呼-34  苗族と鹿信仰
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1281.html
邪馬台国と卑弥呼-37  苗族の闘牛 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1284.html


滇王国は、紀元100年頃に突然衰亡してゆきますが、これは中国ではこの頃、寒冷化していったのが知られており、北方民族が南下し、東西をつなぐシルクロードも安全ではなくなり、107年には北方シルクロードの要であった西域都護府が廃止され、東西交易は途絶え、ローマからインドを通り滇王国のある雲南に至る海のシルクロードも気候の問題、それと紀元100年頃のローマ帝国の衰退とともに、海上交易は衰退してゆきました。  

そして何より、決定的であったのは畑作牧畜民(黄河文明の漢民族)の侵攻に見舞われ、この中国の混乱は、日本にも影響を及ぼし、魏志倭人伝にも記述されているように、倭の大乱がはじまります。

これは、中国・朝鮮から、戦乱を逃れて多くの人々が日本に逃れてきたからだと思います。
この苗族(倭族など)が、日本に逃れて南九州に着いたのが、天孫降臨で、その後対馬海流に乗り、出雲に渡り、ヤマタノオロチへの女性生贄伝説、蛇信仰を伝え、牛頭天王のスサノオは、苗族の荒々しい水牛をもイメージさせます。


石寨山遺跡から出土した青銅器に彫刻された羽人逃亡と、同じような柄の鳥取県淀江角田遺跡から出土した弥生時代土器があることも興味深いことでありますし、苗族がつくった呉・越の国から日本にきた人々がつくったのが、広島の呉や、瀬戸内水軍の越智一族、そして米どころの北陸・新潟地方の越の国でしょう。 また稲作に関係のある苗という文字も意味深です。


倭族がつくった滇王国の歴史は、日本の稲作(水稲)のはじまりや、邪馬台国の歴史の時期と一致しており、特に滇王国の女帝シャーマンの存在は、卑弥呼を連想されるもので、大変興味深いと思います。  今後の、調査・研究に期待したいところであります。


滇王国は、魏・蜀・呉の三国時代、蜀の劉備玄徳の宰相、諸葛亮孔明が225年に軍を発向し、軍を三軍にわけ各地の地方豪族を討伐した後、建寧で合流して滇地区に入り、滇王国の都は陥落してしまい、長江文明の流れを汲む中国での最後の王国は幕を閉じましたが、

しっかりと長江文明は日本に伝えられ、稲作祭祀王である天皇を中心に、大事に受け継がれています。



邪馬台国と卑弥呼-6  新嘗祭
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1253.html
稲作伝来
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1247.html



苗家美
http://www.youtube.com/watch?v=_hLaJFjqjPQ&feature=related
阿幼朵 - Keaide Miao Xiang
http://www.youtube.com/watch?v=FM74XdWTXMo&feature=related
A Yu Duo, Miao singer--Hmong?
http://www.youtube.com/watch?v=PEYSGWqiVcc&feature=related
汤灿家乡美 Tang Can : My Beautiful Hometown TheMiaoKingdom
http://www.youtube.com/watch?v=pQ3bSfr48u4&feature=related
【每日歌曲 720HD视频】美丽苗乡 Beautiful Miao Villages / 汤灿 Tang Can
http://www.youtube.com/watch?v=fSZGSaQphtI&feature=related
Legend of Xixi EVO (Miao Folk Song), Ayouduo
http://www.youtube.com/watch?v=Xgp86bg2mW8&feature=related








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