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2008/9/1

フリーメーソン-163  フリーメーソンとは何か-38  龍馬暗殺と三菱財閥  フリーメーソン

三菱の創始者、岩崎弥太郎がチャンスをつかむのは、同郷の坂本龍馬が暗殺されてからで、後藤象二郎が「海援隊」 を自分のものとし、「土佐商会」 と改名し、その主任として岩崎を雇いましたが、後に岩崎が譲り受ける事になります。 

特に龍馬から受け継いだ海運事業や武器取引は、後に西南戦争、日清戦争、日露戦争で、三菱のドル箱事業となってゆく事になり、坂本龍馬が暗殺されて、最も得をしたのは、同じ土佐藩の岩崎弥太郎であります。 すなわち、坂本龍馬がいなかったら、三菱財閥は存在し得なかったでしょう。



フリーメーソン-57  龍馬暗殺 〜幕末の政情〜
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/649.html
フリーメーソン-58  龍馬暗殺 〜真犯人〜 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/650.html


この二人の悪事は、坂本龍馬の海援隊だけではなく、後藤象二郎はグラバーの高島炭鉱も二束三文で払い下げを受け、自分のものとし 「蓬莱社」 と改名し、これまた後に、岩崎に譲っています。 

また、維新政府が全国統一貨幣制度に乗り出した時に、各藩が発行していた藩札を新政府が買い上げることを事前にキャッチした弥太郎は、十万両の資金を都合して藩札を大量に買占め、それを新政府に買い取らせて莫大な利益を得ていますが、この情報を流したのも新政府の高官となっていた後藤象二郎であります。 これは明らかなインサイダー取引で、この2人は国を食い物にして私腹を肥やしていたのです。

岩崎弥太郎は、高知県安芸市の地下(ちげ)浪人の長男として生まれましたが、とにかく貧乏で、幼少の頃から奇行や盗み癖が目立ち、泥棒をしては何度も刑務所に入っていました。 確か、司馬遼太郎の 「龍馬がゆく」 にも、この事は書いてあったと記憶しています。

また、岩崎は、25歳の時吉田東洋の門下生となり、土佐藩の命で長崎に派遣されましたが、藩費を浪費・使い込み、翌年解職されています。 もっとも、何度も刑務所にブチ込まれている彼としては、何ら経歴に傷がつくほどの事ではなかったと思われます。

17-18世紀にヨーロッパで興った 「啓蒙思想」 が産み落とした 「理性」 「自由」 
「平等」 「博愛」 「自然科学」 の 「フリーメーソン思想」 により、欧米諸国は近代国家として大きな発展を遂げ、  

江戸末期に、フリーメーソン思想に染まった欧米諸国に開国させられ、明治維新を成し遂げた日本も近代国家の道を歩むようになりますが、封建制度が廃止され、職業軍人としての特権を奪われた武士階級に代わる、国民皆兵の徴兵制度によって、農民や一般庶民が武器を手に取り、国家総動員での戦争が始まるようになりました。

これこそが、フリーメーソンに寄生した 「イルミナティ」 、戦争男爵ロスチャイルド、など軍需産業の死の商人達の望むところなのであり、日本は明治維新後、日清・日露戦争、そして第一次・第二次世界大戦と戦争に明け暮れるようになり、政府とべったり癒着した軍需産業から、多くの財閥が生まれることになります。


フリーメーソン-63  西南戦争と新興財閥
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/655.html
フリーメーソン-64  大倉財閥
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/656.html
フリーメーソン-65  伊藤博文とアジア侵略
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/657.html


新政府の国民皆徴兵制より、職業軍人としての特権を奪われた士族の反乱が続く中、西郷隆盛は、明治10年(1877年)に私学校生徒の暴動から起こった西南戦争の指導者となるも、田原坂の激戦を経て、生まれ育った鹿児島に戻り、城山での最後の決戦に散りました。 

こうして、徳川封建制度で長く続いてきた士農工商の身分制度はなくなり、明治維新は事実上、成し遂げられる事になります。   西郷隆盛、享年49歳。


フリーメーソン-60  田原坂 (たばるざか)
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/652.html


ある意味で西南戦争も、旧式の武器である刀を持った職業軍人としてのプライドを持つ武士たちが、銃を持った農民・一般庶民で構成された新政府軍に敗れて、散ってゆく姿は象徴的であると思います。


日本を開国させた欧米の次のターゲットは朝鮮、さらに日本を使って中国からロシアを追い出すことでした。  そして、1874年(明治7年)に台湾出兵が行われ、朝鮮開国、日清・日露戦争に突き進んでゆきました。  


そして、中国に進出した三菱は、阿片ビジネスに手を染めるようになります。


フリーメーソン-66  台湾出兵
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/658.html
フリーメーソン-67  朝鮮開国
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/659.html
フリーメーソン-68  日清戦争
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/661.html
フリーメーソン-69  日露戦争 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/662.html
フリーメーソン-70  ジェイコブ・シフ  
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/663.html
フリーメーソン-71  日韓併合
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/664.html
フリーメーソン-72  戦争男爵 ロスチャイルド  
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/665.html
フリーメーソン-75  カールマルクス  
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/668.html
フリーメーソン-76  ロシア革命 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/669.html
フリーメーソン-73  三井・三菱の阿片ビジネス
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/666.html


フリーメーソンとは何か  まとめ  
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/770.html






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