renaissancejapn@aol.com

2008/12/31

エラスムス  国際政治・金融・企業
クリックすると元のサイズで表示します
デジデリウス・エラスムス ( Desiderius Erasmus, 1467 - 1536 )


ご存知、ネーデルランド(オランダ)のロッテルダム出身の神学者・人文学者のエラスムスは、ギリシア語新約聖書の編纂を成し遂げた事で有名ですが、「キリストの哲学」(Philosophia Christi) という言葉にあらわされるエラスムスの思想は、当時、聖職者と信者の間の格差が広がり、知識重視とに走っていた当時の神学に対し、聖書を本来の姿に近づけ、聖書を学んでキリストを知り、キリストにならうというものでした。




1600年、大分の佐伯湾に漂着したオランダ船、 「リーフデ Liefde(慈愛)号」 の旧名はエラスムス号で、船の船尾には、エラスムスの木像が付けられていました。


クリックすると元のサイズで表示します


そのエラスムスの木造を取得した大友家はキリシタン弾圧を回避するため、それを幕府に献上します。 1637(寛永14)年に島原の乱が起こり、これを平定した幕府は、平定に功績のあった宇都宮の藩主蒲生氏郷に、この像を下げ渡し、蒲生家では、その像がなんであるか分からないまま、龍江院という禅宗のお寺に置きました。

当時人々から 「 貨狄(かてき)様 」 と呼ばれていたエラスムス像は、観音像と並べて安置されていましたが、エラスムス像がかぶっているものが、姉さんかぶりの手ぬぐいのように見えるところから、いつのころからか、その像を 「 あずきとぎババア 」 と村人は呼ぶようになって、怖がっていました。

大正時代に入り、それがエラスムス像だと分かり、上野の国立博物館に収められ、栃木県立博物館には、そのエラスムス像の複製品が置かれてましたが、さらに2000年にオランダとの修好400年の記念行事が行われ、その一つとしてリーフデ号の船首像の返還も行われました。


デ・リーフデ号 (慈愛号)
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/825.html


3


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ