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投稿者:がんもどき

タオルで目隠しさせられて、つま先から耳の裏まで全身舐められまくり!!

めちゃ気持ちよくて、ちょっと口から泡吹いてたしなーオレwwww

5万もらったけど、あんまり続けたらドMになっちまいそうだなwwwww




http://4sx5rck.vocaloid.hatsune-miku.mobi/4sx5rck/
投稿者:ジョナさん

目隠しさせられて、足の先から耳の裏まで全身舐められまくり!w
気持ちよすぎて、ちょっと口から泡出たわ!ぎゃははは!!

てか、毎回7万貰えるのは良いけど、こんなん続けてたらドMになってしまうてwww
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投稿者:浅子 弘
山田さん、読後感有難う御座いました。
知伯に3年間水攻めされた趙氏が窮余の一策として韓・魏に連合を申し出たが、その建策をしたのが宰相の張説談という人でしたが、上に立つ趙氏が土壇場で素直にその建策を受け入れて実行したとこに男の器量を感じます。知伯氏と不倶戴天の敵どうしにその原動力があったのかな。ふうっと思い出しましたが、知伯と豫譲は明治天皇と乃木大将のような感じかな。一命をささげると言う面では。少し大げさかな。まあいい上司にめぐり合えた人は幸せですよね。また投稿します。
投稿者:山田功績 
私は敵役の趙さんという人物がすごく有能な人だったのではないかと思いました。尊敬できる人になかなかめぐり合うことはできません。その意味では豫譲さんも心から尊敬できる上司に仕えることができた幸福な人といえるのかもしれません。
投稿者:浅子 弘
第三回目は「士は己を知るものの為に死す」をとりあげます。
 時は今から2500年以上前の中国・晋という国での出来事。六卿といわれた、范・知・中行・趙・韓・魏の各氏が内紛状態に立ち至った。中でも最も勢威の高い知伯氏が他と謀ってまず茫・中行氏を滅ぼした。しかるのち知伯は同盟を組んだ趙・韓・魏に対し領土の割譲を要求した。韓と魏はこれに応じたが、趙氏が頑としてこれを拒否した。怒った知伯は韓・魏と連合を組み、籠城する趙氏を水攻めにして窮地に陥れた。陥落寸前の趙は敵方に回っていた韓・魏に密使を送り、次はあなたたちの番だと説いて、寝返りに成功させた。形勢は一変し新「趙・魏・韓」連合軍の勝利となった。ここに趙・魏・韓の三国を成立させた。歴史上晋が三国に分裂したところで春秋時代は終わりを告げのである。ときに紀元前453年であった。
 さてここからが本題。本編の主人公は豫譲(よじょう)という武士で、最初范・中行氏に仕えたが両氏とも滅んだため知伯氏に仕官した。その知伯氏も滅亡し、浪々の身となった。豫譲は主人知伯を滅ぼした趙襄子(趙の国王)をひどく恨み、暗殺するためつけ狙っていた。身元がバレないように変装し、顔も形を変えた。厠に潜むなど幾度となく暗殺を試みたが、ことごとく失敗した。ある時趙襄子が馬に乗り橋のうえを通りかかった時、馬の挙動で豫譲の存在を感じた。案の定、橋の下から飛び出してきた豫譲を見て「豫譲よ、もう知伯への思いは成し遂げられた。これ以上は襄子の堪忍袋の緒が切れた。もう赦さぬであろう」「しかし豫譲よ、なぜそこまで知伯に忠義を尽くすのか。おまえは范・中行氏にも仕えた。その二人を私は滅ぼした。なぜ二人には忠義を尽くさないのか」。豫譲答えて曰く、「范・中行氏は私を十人並みの扱いであった。しかし知伯氏は自分を国士として遇してくれた。だから私も国士として恩に報いるのだ」と。これまでと悟った豫譲は趙襄子に願い出た。「せめてその衣服を頂戴し、それを斬って仇に報じたい」。襄子これを与えた。豫譲三たび跳躍してこれを切り刻み、そして自ら遂てた。
 この故事はいかに人との交わり方が大切かを教えている。特に会社等の中にあって上司と部下の関係におかれた時、お互いの人格を尊重し尊敬しあうことが、大きな力の発揮につながることを現在に教えている。

投稿者:onagadori
中国という国は、戦いの中からさまざまな考え方が生まれてきたことを感じさせてくれます。非常に役に立つ投稿ありがとうございました。勉強になりました。
投稿者:onagadori
中国という国は、戦いの中からさまざまな考え方が生まれてきたことを感じさせてくれます。非常に役に立つ投稿ありがとうございました。勉強になりました。
投稿者:浅子 弘
第2回 臥薪嘗胆(薪に臥し肝を嘗め艱難辛苦に耐えてその時を待つ)
第二回目は臥薪嘗胆です。時は今から約2500年前、中国は江南地方の出来事。世は春秋戦国時代といわれ、百家争鳴・群雄が互いに覇を競いあう乱世。
 かたや水の都蘇州に居を構える呉の国。こなた紹興酒で有名な会稽を根城とする越の国。あの呉越同舟にうたわれた不倶戴天のかたきどおしである。
まず仕掛けたのが呉の王様“こうりょ”(煩雑な字体につきかな表示する)。しかし武運つたなく敵の流れ矢に当たって憤死。死に瀕し息子夫差を呼んで言う「勾践が父を殺した事を終生忘れるな」(勾践は越の若殿)。夫差はこの父の遺言を守り、復讐を忘れない様毎日薪の上に臥して寝た。
月日が流れること2年。呉王の激しい復讐心に恐れを抱いた勾践は謀臣の忠言を振り切り呉へ進撃。このときは越に武運なく大敗、会稽山にたてこもって呉に和を申し入れた。条件は勾践自ら呉の臣となり、妃は召使になるという屈辱的なものであった。
このとき呉には二人の人物がいた。一人は大宰の伯嚭(はくひ)いま一人は楚人の
伍子胥(ごししょ)。このひと楚にいた父と兄が楚王に謀殺されたのを恨み、王の死後その墓をあばき300回ムチ打ったという剛のもの。二人は激しくいがみあっていた。
 大宰の伯嚭はひそかに越と通じ、莫大な賄賂を受けていた。当然越の和の受け入れに動いた。対する伍子胥は禍根を断つため断固処断すべしと進言。しかし王は言葉巧みな伯嚭の言をいれ、伍子胥には剣をあたえ死を賜った。死に際し伍子胥のいった言がすごい。「私の墓の上には梓の木を植えよ。呉王の棺材にするのだ」また「わがまなこをえぐりだし東門にかけよ。越軍が攻め込んで呉を滅ぼすさまを見届けよう」と。
 熊の肝を嘗め、会稽山の恥をそそぐべく民を養い武力を充実させた越は、やがて名臣
范れいのもと呉に攻め上り、慢心して耽美な世界にうつつを抜かしていた呉王夫差を討ち果たした。嘗胆すること21年であった。
 この故事の中で経営に生かすべきは、慢心の怖さと部下の進言をどう取り扱うかにある。越王勾践は若いながらも天下の名臣范れいの進言をすなおに受け入れ功をなした。一方夫差は名将伍子胥の忠言を拒否し、侫臣の妄言に惑わされたためもろくも滅んだ。現代の経営においても陥りやすい場面である。まさしく肝に銘じたい。
投稿者:山田功績 
面白く読ませていただきました。
次回を期待しています。(山田)
投稿者:浅子 弘
経営に生かす故事・名言あれこれ(第一回)
第一回 刎頸の交わり(死ぬ時は共に頸を刎ねて死のう)

 経営に生かす故事・名言あれこれ(中国編)の栄えある第一回は刎頸の交わり(刎頸の友ともいう)を取り上げてみたい。
 
刎頸の交わりというと皆さんは何を一番に思い出されますか。多分今から30年ぐらい前のロッキード事件の時の、かの有名なT首相が使った言葉とした思い出される人も多いと思います。そのシチュエーションからいくと何かダーティな時に使われる言葉(格言)のように聞こえますが、元々は非常に美しい友情と固い結束を表すときに使われる言葉です。
 
時は今から約2300年前の戦国時代。戦国七雄が覇を争い群雄割拠し、他国を奪わんと虎視眈々とする中に、趙という国があった(今の河北省あたり)。その国に内政外交を束ねる藺相如(リンショウジョ)と軍を指揮する廉頗(レンパ)将軍がおり、2人して王を支え国の安寧を保持していた。
 
ある時、趙は西の大国秦との戦いに敗れ和平交渉の場に引き出された。領土の割譲を迫る秦にたいして藺相如は裂帛の気迫で交渉に当たり、国の安泰をはかった。この功大なりとして王は藺相如を上卿に任じ、結果として廉頗の上に立つことになった。
 これに怒ったのが廉頗将軍。「わしは将軍として野戦攻城で活躍し、数々の大功がある。なぜ口先ばかりのかの者の下なのか」。「いつかきっと恥をかかせてやる」と狙っていた。
 
これを伝え聞いた藺相如は会うのを避けるため出仕を控え、大道をそれ横道にはいり隠れた。これを見た部下がいぶかしがり、問い質すのに答えていわく。「何で私が廉将軍を恐れようか。考えてもみたまえ。大国秦がわが国に手を出せないでいるのは、廉将軍と私が国を守っているからである」。両虎あい戦えば共に死にたちまち国は危うくなる。
 これを聞いた廉頗将軍は自分の浅慮をはじ、双肌脱いで荊の鞭を背負い、藺相如のもとを訪れ謝罪した。二人は仲直りして、生死を共にする刎頸の交わりを約したのである。
 
 現代の会社でもよく聞く話に社内派閥があり、社長派だ・専務派だといっていがみ合っている事がある。組織は外圧には強いが、内紛には弱いものである。社内がひとつにまとまって、外に打って出る体制こそ会社繁栄の元と思うが如何でしょうか。
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