そう。
CHAGE&ASKAのCHAGEじゃない方、
つまり、ASKA氏です。
俺が楽器(ギター)を始めたきっかけは、
以前に書いたかもしれませんが、つい最近再結成した「LINDBERG」。
ですが、実はその前の、
音楽そのものが好きになり、のめり込むきっかけとなったのはCHAGE&ASKAであり、
初期にASKAが関わった光GENJIでした。
俺がまだ小・中学生だった当時、年代順不同で思い付くだけ列挙すれば、
永井真理子
嘉門達夫
オヨネーズ
wink
氷室京介
槇原敬之
たま
稲垣潤一
小田和正
米米クラブ
KAN
GAO
やまだかつてないwink
山下達郎
B'z
田原俊彦
GAO
JUN SKY WALKER(S)
THE BLUE HARTS
BUCK-TICK
BOOWY
ダ・バブルガムブラザーズ
大事MANブラザースバンド
ドリームズカムトゥルー
などなど、
まだまだいたと思いますが、これらアーティストやアイドルやバンドが席巻していました。
時は80年代から90年代初頭。
ちょうど日本の音楽シーンが、歌謡曲の時代から、東京・原宿を中心としたバンドブームもあって、今で言うところのJーPOPに移行する過渡期であり、
バブル景気も手伝った、今では考えられない爆発的ヒット連発の、本当に華やかな黄金期であり、
そして、
音楽媒体がレコードやらソノシートやらカセットテープやらから、CDやMDへと移る過渡期でもありました。
振り返ってみれば、いろんな意味で日本の音楽業界全体が踊り狂っていた、
言わば、狂「躁」時代だったように思います。
そんな中、なぜかしら俺の琴線に触れ、
シングルではなく、初めてアルバムを自分の意思で「欲しい!」と思って、親にねだって買ってもらったのが、CHAGE&ASKAの「TREE」というアルバム。
これを買ってもらうに至るまでには、いくつかの理由が重なり、絡んでいます。
その当時のテレビ番組枠で、
・フジテレビ系列
・毎週土曜日
・午後11時台
・松下電器(現Panasonic)のみの1スポンサー提供
通称「Panasonic枠」というのがあり、
そこで放送されていたのが、
「ダウンタウンのごっつええ感じ」の前身となる、「夢で逢えたら」。
ダウンタウン
ウッチャンナンチャン
清水ミチコ
野沢直子
彼らがレギュラーとして共演していた、今ではあり得ないキャスティングのコント番組で、当時まだ小学生だった俺はこれにハマりました。
で、
この番組枠は通称「Panasonic枠」と言われるだけあって、
番組全編で放送されるCMは全てもれなくPanasonic。
そのCMにおいて、メインキャラクターとして起用されていたのがCHAGE&ASKAであり、
使われていた曲も「僕はこの瞳で嘘をつく」や、
ASKAのソロ曲「はじまりはいつも雨」など。
始めはこの番組そのもの見たさに、小学生にしては夜遅くまで起きていたんですが、
どんどん見ていくにつれ、徐々に刷り込みにも似たような感じとなり、
番組と同時にそのCMも楽しみとなっていき、
果ては、番組よりもCM見たさに無理矢理起きていたのを、今でも鮮明に憶えています。
そこから遡れば、
ドラマ「101回目のプロポーズ」の主題歌として大ヒットした、「SAY YES」
フジテレビ系ワイドショー「TIME3」のエンディング曲として起用された、「太陽と埃の中で」
「夜のヒットスタジオ」や「ザ・ベストテン」に出演した際に歌っていた、「恋人はワイン色」
「夢で逢えたら」のCMによってどっぷりとハマるまでに、これらの曲が伏線として作用し、
「なんか、ええ曲しはるオッチャンらやなあ。」と頭に焼き付いていた矢先の出来事だったので、ある意味ハマる準備が整っていたとも言えます。
そんでもって、
そうやって傾倒していった後、
特にASKA(飛鳥 涼)氏の方に魅力を感じるようになっていった、という訳なんです。
あの粘着質な歌い方とか、微妙な滑舌の悪さとか、無茶振りにも似た曲の展開とか、
全て引っくるめて、魅了されてしまいました。
最近、YOUTUBEのおかげで改めてCHAGE&ASKAのライブやASKAのライブ動画を見ていますが、
2000年代に入ってから、いろんな意味で精彩を欠いている感じが否めません。
一ファンとして願わくば、再びCHAGE&ASKAとして一花咲かせてもらいたいですね。
やっぱりCHAGEのハモりがあってこそ、ASKAの歌声だと思いますので。


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