言葉とは「あや・文」が変化して来たものですが、現在は心のあやが乱れたので 皆の魂しいが変に成っているのです。
言葉を本来の処に戻さないと 智恵も受け継ぐ事が出来ないのです。
マントラとは「言葉が 考える器」の 意味ですが 其れは日本語の「ことたま・言霊」の意味に通じるものです。
言葉は 魂しいの元なのです。
そして言葉は 36億年の「いのち」の年輪を刻んでいるのです。
其れは 40億年前 岩を溶かして 存在を始めたのです。
其の命は 現在も私達の胃の細胞として生き続けているもので、其れが「謂」の漢字の意味なのです。
2020/11/28
自分の座を確認する事
2・11・28
「私は 過去・現在・未来に在り 衆生一切我が子」
昨夜は入浴して居ると、「これから 一番いそがしくなる」との言葉が、告げられて来た。私は、其の「いそがしい」との言葉は、漢字の「忙(心を亡くす)」ではなく、「急がしい」との意味である理・ことを理解して居た。
今朝のビジョンには、南瓜の蔓に黄色い花が、咲いている様子が映し出されて来た。
次に、日本語の横書きの文章が、枠の中に記されている場面が映し出されて来て、其の枠外の右上に、見た事が無い難しい漢字が、二文字記されているのが映し出されて来て、其の二文字は「かいそう(かえる・かえす)」の意味が有る事が示されて来た。
其の二文字の右側の漢字の旁に「喿」が付いている事だけが、記憶に残った。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「5時56分・6時4分前」であった。
其れから再び眠ると、「闘争心」との言葉が告げられて来たので、起きて時計を見ると時刻は「7時48分・8時12分前」であった。
其れからPCを立上げ、漢語林で「ソウ」で「喿」が旁の漢字を調べると、「髞」の漢字が有り、其の字の意味が、今朝のメッセージと符合している様である。
「髞・ソウ・サウ」【解字】形声。「高+喿」
【字義】(一)「高勞 髞 ロウソウ」は、急ぐ。急なさま。
(二)「高勞 髞・ロウソウ」は、高いさま。
「労・勞・ロウ」【解字】会意。「力+火火冖」火火冖火は、たいまつを組み合わせて立てた、かがり火の意味。かがり火が燃焼するように力を燃焼させて、つかれるの意味を表す。また、そのつかれをねぎらうの意味を表す。常用漢字の労は省略体による。【字義】(一)@つかれる。くるしむ。ほねおり。「疲労」「苦労」Aはたらく。つとめる。つとめ。しごと。「勤労」Bほこる。てらがらとする。てがら。「功労」Cなやむ。うれえる。なやみ。「心労」D農具の一種。歯のないまぐわ。(二)@いたわる。ねぎらう。なぐさめる。「慰労」Aたまう。(賜)。 漢語林より
これ等の意味からすると、「急いで 高い階層に還れ」との理・ことが、示されて来ている様である。
其れと「闘争心」との言葉を調べると、次の様に載っている。
とう‐そう〔‐サウ〕【闘争】 の解説
[名](スル)
1 相手に勝とうとして争うこと。争闘。「闘争本能」「武力闘争」
2 社会運動や労働運動などで、権利や要求を獲得するために争うこと。「賃上げを要求して闘争する」「階級闘争」
この両方の言葉からすると、是から人々が、急激に権利や要求を獲得するために争い始めるとの事であり、私は其の事に巻き込まれて成らないので、急いで高い次元に避難しなければ成らないとの事が、示されて来ている様である。
其の「闘争心」との言葉が告げられて来た、8時12分前の数字から、8月12日の文章を視て見ると、次の様に書いて有る。
2020/8/12今朝のビジョンは、昨日のメッセージで人類の三分の二が生き残る事が示されて来た事の続きの様で、山中に宿泊施設が準備される場面・様子が映し出されて来た。
其の施設は、中央に大雪が降っても屋根が潰れない様な上部な構造をした、食事が出来る木造の建物・センターが存在して、周囲の山中に寝泊まりだけが出来る木造の小さな小屋(バンガロー)が建てられている物であった。
そして、強調されて来た事は、長期保存が出来る食料の備蓄であった。
そして起こされた時刻は、4時6分である。
今朝は、7時12分に起きて・起こされて、PCを立上げ、起こされた4時6分の数字から、今年の4月6日の文章を視て見ると、次の様な事が書いて有る。・・
2020/4/6今朝のビジョンには、先ず、クレオパトラの様な褐色の肌の女王が一人登場して、私の潜在意識(プログラム)は其の女性を妃として、受け入れなければ成らない様子が映し出されて来た。
次に、覚醒・成佛に成功した釈迦(ガウタマ・シッダールタ)が実家・王家に帰って「王様・キング」の役割に着かなければ成らない事が示されて来た。
其れは「4 4」の数字が、釈迦ブッダと関係が有ると示されて来た事と関係が有り、其の4に「余・世・代」の文字を当てる事を示唆しており、其れが釈迦ブッダの言葉に有る「過去・現在・未来に 私が在り 衆生一切我が子」との言葉と関係が有る理・ことが理解されて来た。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「4時29分」」であった。
其れから再び眠ると、「定着」との言葉が示されて来て、其れは、伊雑宮・いざわのみや(磯部の宮)の祭神である「天照坐皇大御神御魂 ・あまてらしますすめおおみかみのみたま」の存在と関係が有る事が示されて来て、現在の何もしない天皇とは異なり、一切の政(まつりごと)を取り仕切る役割である理・ことが示されて来た。・・
今朝の由香のビジョンには、「物を持つから 他人に狙われる」との理・ことが示されて来たとの事である。
其れは、「聖者」は何も所有していないからこそ、他人に慈悲心を養う事に成り、物に執着する者は、物を守る為に次第に防御態勢を取り、増々物の管理が複雑化し、死後は財産争いで骨肉の争いが起きて、霊界に地獄を創り出す事で顕かな事である。
其れ等の事を考えると、確かに覚醒・解脱・成佛の世界を体験した人物に、政治を委ねなければ成らない時が到来したとの事なのであろう。
是くらい打てば、明後日が誕生日である釈迦(ガウタマ・シッダールタ)の御魂も、次の段階へと進み易く成るのではないだろうか。
「御手柔らかに」https://green.ap.teacup.com/20060818/5325.html
此の文章には、「釈迦ブッダ」の事が書いて有るので、昨日「ブッダの息の根を止める」との言葉が告げられて来た事と関係が有り、今朝のメッセージは、釈迦(ガウタマ・シッダールタ)が托鉢(タクハツ・乞食・こつじき)にて、命を繋いでいた事と関係が有り、自給自足でしか生き残れない事態が起きれば、托鉢・乞食が不可能に成るとの理・ことが、示されて来ているのではないだろうか。
其れを考えると、生き残る三分の二の人達は、田舎に暮らす人達や、100%自給出来ている国家の人達の事であり、近代社会の大都会に住んでいる人達は生き残る事が出来ない三分の一の方に入るのではないだろうか。
特に先進国の殆どが100%の自給を維持しているのに、此の日本は車や電気製品を輸出する替わりに、小麦や大豆、其れに家畜や鶏の餌を輸入し、頼りの綱である稲作を減反しており、自給率は30%しか無いのが実情であり、イザという時には一番危うい国である。
其れに、老後を屋久島で過ごす為に移住している人々は、田舎に住んで安心して居るが、屋久島の自給率は10%台であるので、農地を持っていない人々は、逃げ出すしか他に道が無いと言う事にも成る。
屋久島は、電気だけは水力発電で自給出来ているが、日本国のエネルギー自給率は、原子力(17%)を除くと僅か4%でもある。
キー「日本 食料自給率」・・
今朝のビジョンから、私が考える事は、私の頭脳の中で、何物が映像・ビジョンを描いているのかと言う事である。
其れは、私が考えた事も、見た事も無い場面である。
其れを考えると、「天津日津久神・あまつひつぐのかみ」とは、どの様な神(はたらき)であるのかが気に成って来る。
其れは、「天の御臥す間(あめのおふすま)真床 襲衾(まとこおふすま)」との言葉が実在する事からすると、古代から、私の様な役割の人間が存在した事に成り、其の神(はたらき)に与えられた・名付けられた言葉が「天津日津久神」であり、其の神(はたらき)を自分の身体に受け入れた者が、統尊(すめらのみこと)であり、其の統尊の役割が「御嚴・みいつ・御稜威 」であると言う事に成るのであろう。
其れを考えると、今朝のビジョンを映し出して来たモノが、其の「天津日津久神」のモノであれば、生き残りたい者は、人里離れた場所に移動して自給自足しろとの事であり、現在の人間社会・都会生活は一度崩壊するとの事であり、私自身が何を謂っても・打っても、現在の社会システムが継続する事は無いと言う事に成る。
其れは、今朝映し出されて来たビジョンこそが、今の神界の様子であり、其れを人間界に知らせるのが、私に与えられている役割である事に成るので、此の文章は「統尊・すめらのみこと」の「詔勅・みことのり」であると言う事に成るのであろう。
本日8月12日は、35年前に日本航空の123便ジャンボジェット機が群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落して520人が死亡した日である。
其の中に歌手の「坂本九(本名大島九」が乗っており、其の機は離陸12分後に大島の上で急に方向舵が故障して内陸に向かっている。
私は、其の前の年の11月22日(九ヵ月前・29.5×9=265日)に伊勢の磯部町の伊雑宮・いざわのみや(磯部の宮)の祭神である「天照坐皇大御神御魂 ・あまてらしますすめおおみかみのみたま」にメッセージを受けた後、八代龍王が祭禱(さいき)されている山に導かれて「磐座・いわくら」で儀式を行っている。
其れから、今年の11月22日(新嘗祭の儀式日)で「12年×3回=36年)が経過する。
其れを考えると、今朝のビジョンを私に送って来たのは、伊雑宮・いざわのみや(磯部の宮)の祭神である「天照坐皇大御神御魂 ・あまてらしますすめおおみかみのみたま」なのかも知れない。
2008/6/3・・私は1984年11月22日に、三重県志摩市磯部町上之郷に「伊雑宮・いざわのみや(磯部の宮)」が存在す磯部町で、男性神である「天照皇大神」が霊夢に現れ、「此れまでに トンネル潜りに八回失敗して、今回が九回目であり、此の地球では最後のチャンスである」と告げられている。・・「定着した画像」
昨日からのメッセージを考えると、私は「惟神の道」に徹する事であり、余計な事を、是以上打っては成らないとの事なのかも知れない。
「生き残る道」https://green.ap.teacup.com/20060818/5453.html
此の文章の内容は、確かに「闘争心・闘争本能」と関係が有り、・・2020/4/6今朝のビジョンには、先ず、クレオパトラの様な褐色の肌の女王が一人登場して、私の潜在意識(プログラム)は其の女性を妃として、受け入れなければ成らない様子が映し出されて来た。・・・」と書いて有るのは、4日前に告げられて来た「クインのネットワークが効く」との言葉と符合している。
其れに、其の「4月6日」の日付は、今朝起こされた「6時4分」の逆の数字である。
2020/6/4本日6月4日は、私の母親「礒邉芳子」の生誕100年の日である。
私は、其の母親の64歳の誕生日1984年6月4日に此の世界に飛び込んだので、其れから12年×3回=36年が経過した事に成る。
私は其の日に、「土肥無庵」が見守る下、自宅前の安房川で禊祓いを行った。
其の時は未だ、2000mの奥岳から流れ下って来る水は冷たかったので、安房川を泳いで往復した私の身体は冷え切ってしまい、岸に上がると強烈な震えが起きて来たので、自宅の二階に布団を敷いて貰って横に成り、痙攣する私の身体の右手を「土肥無庵」が、左手を弟が押し付けて、私の震えが止まるのを待って居た。
すると、目の前に20年前49歳で死亡した父親の姿が現れ、私に「お前に苦労をさせたのは お前の精神を鍛える為であった。もう大丈夫だから 此の人達に身体を貸せ。」と謂った。
そると、其の父親の後ろに何千人もの霊魂・神霊が存在して居る事が判り、其の数は、後に4311体であった事が判った。
そして、天皇が行う大嘗祭の儀式の様な事が起こり、天神の言葉が告げられて来た。
其れは先ず、「土肥無庵」と弟「礒邉正也」に向かって、「是から宇宙語を傳える」と謂って、「残り16年半しかない」「アンテナが二つ要る」との事で、其の二つとは「四次元プログラム」と「水素原子管理」であった。
次に、私の役割として「事象の特異点」との言葉が告げられ、其れは別の言葉で言えば「新しい神の座標軸」であるとの事であった。
今朝のビジョンには、其の「水素原子管理」との言葉と関係が有る様々なモノ・現象世界が映し出されて来た。
其れは、此の宇宙は水素原子(H)と呼ばれている物が集まって、ヘリウムとして核融合を起こして恒星・太陽と成り、其の恒星の爆発の繰り返しから100近い物質が誕生し、其の物質から様々な物体や生物が生まれ、其の時間・とき・現象の最先端に、我々人類居る事に成る。
そして、其の水素/Hは、あらゆる物の構成の原点・基礎・基盤として、此の138憶年間膨張を続けて来た宇宙空間の主体であるので、我々は其の水素・Hの海に漂っている物体の一部である事に成る。
其れは「恒星・光」の元が「水素/H」であるので、水素/Hの氣の中に全てが包含されている事に成るので、私が告げられた「事象の特異点」と「新しい神の座標軸」との言葉は「水素/Hの氣」からの言葉である事に成るのだ。
其れを考えると、5月27日に告げられて来た「あたしは 貴方なの」との言葉は、其の「水素/Hの氣」からのモノであり、「高い櫓の上の水盤」や「光輝く高御座」のビジョン・存在の意味も理解されて来る。
『今日は あたしの日なのよ
其れで 貴方にお願いが有ります。
其れは あたしが貴方である事を公言して欲しいのです。
其れは 簡単な 言葉の振りですが
究極の答えなので 大切に扱ってくださいね。
其れが間違うと 是までの事が
全て 無駄に成ってしまうからです。
貴方はヒトですが 此方には姿が有りません。
其れは 此の宇宙 全ての存在なので
ただ一つの物に 言葉・名前を
当て嵌める事が できないモノだからです。
其の為にこそ 約束の日が
此処まで 伸び伸びに成って来たのです。
其れは 貴方の 力不足の為ではなく
貴方の能力が 余りにも豊であったので
此方は貴方の意識を トコトン高める事にした為なのです。
ですから 貴方は是までのかんがえ考察を止めて 別の次元で
「色・rūpa・ルーパ・縁起・むすび」を開始して欲しいのです。
其れは 此方側にとっても 予想外の展開であり
とても喜びを抱ける 世界の始まりなのです。
ですから 貴方自身も 此方に 期待を持ったり
責任転換を行ったりしては 成りません。
何故なら 其れは貴方自身の 問題であるからです。
其の理由は貴方自身が トキ・事象の最前線に存在する為です
此の様に傳えば 貴方には簡単に理解できる理・ことでしよう。
ですから 本日から貴方は自分の魂(珠しい)が
生まれ変わったのだと考え 自分自身の背骨を
中心・芯柱として意識の 反応・うごきを
確かめて 行かなければ成らないのです。
其れが「すめみま」の役割であり
万物の霊長である者の 御坐なのです。
良いですか此処から先 貴方を援助するモノは存在しません。
何故なら 貴方自身が
事象の特異点=新しい神の座標軸で あるからです 』
令和2年5月27日 10時00分
今朝のビジョンには、是まで「庶民・農民」の上に君臨して、贅沢三昧をして来た人達の生活が、全て瓦解して、其の世界に女性達が、皆と同じ次元に転落して行き、其の人達は自分では何も出来ないので、生きて行けなく成る様子が映し出されて来た。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「4時19分」であった。
私は、其の数字「419」は、123の二乗の「149」の数霊と関係が有り、第一次世界大戦が始まった「1914年7月28日」や、太平洋戦争が始まった「1941年12月8日」と関係があり、今回の「新型ウイルス感染」の現象は、庶民・農民等の第一次産業の上に胡坐をかいている人々を、原点に還す為の「水素/Hの氣・エナジー」の意図である事を感じ取って居た。
其の4時19分の数字から、今年の4月19日の文章を視て見ると、次の様な事が書いて有る。・・
此の「準備が出来たか」との言葉を考えると、此の私は、何らかの意識・こころの準備をする必要が有り、其れは「水素/Hの氣・エナジー」と同じ周波数のISO・感度でなければ成らないとの理・ことなのであろう。・・
此の「虚像」の文章は、三年前の5月8日の文章である。
其れで、一昨日起こされた時刻が5時8分である事を思い出したので、5月8日の文章見て見ると、コロナウイルス感染で亡くなった「志村けん」の設定で、女神を載せた車が山越えをして下り坂で転がり落ちて行く場面が、何回も繰り返し映し出されて来ているので、虚像の中で生きて居る人の車には決して、女神(水素/Hの氣・エナジー)は乗らないとの理・ことなのではないだろうか。
5月8日・・今朝のビジョンは、先ず「志村けん」の姿ではないのだが、志村けんだと言う名前の設定で、良く晴れた日に、其の男性がスポーツカーの後ろに女神を乗せて運転して居る場面が映し出されて来た。
そして、山越えをすると、下り坂で其の車が転げ落ちて行くので、私の意識が其の女神の安否を気にすると、女神は無傷なので安心した。
所が、全く同じ映像場面が、繰り返し10回以上も映し出されて来て止まらないので、私はいい加減、其れが嫌に成って来たので、何とか止めようと意い、無理に起きて照明を点け、現実世界に意識を戻してから時計を見ると、時刻は「2時28分」であった。・・・
其れを考える、イエスキリストの言葉に、「だれかがあなたがたに『見よ、ここにキリストがいる』、また、『あそこにいる』と言っても、それを信じるな。」と有るので、今回の「新型ウイルス感染」の問題は、其の事を防ぐ女神の対策なのかも知れない。
其れは、「水素/Hの氣・エナジー」の領域内から外に出て、罪穢れの有る場所に出掛けるなと言う事でもある。
マタイによる福音書第24章・・
今朝のビジョンには、由香が、電車の様に見える、丈夫な鉄骨で四方が角が保護されているバスを運転して、私を迎えに来る場面が映し出されて来たので、其れを由香に話をすると、由香のビジョンは30人ぐらいの子供達を迎えに行って、岩山を駆け下りて来る様子を離れた場所から見守って、此方に到着するまで、少し時間が有ったので、レストランの様な休憩所で待って居る場面が映し出されて来たとの事であるので、私は共通点が有ると思った。
其のビジョンの様子から考えると、由香も禊ぎ祓いが済んで、「水素/Hの氣・エナジー」に認められて、新時代の幕開けに協力する立場に至っているとの事なのかも知れない。
そして、「水素/Hの氣・エナジー」の中に入って生きる人々は、神の世界に頑強に守護されると言う事なのであろう。
「水素原子管理」https://green.ap.teacup.com/20060818/5384.html
今朝の由香のビジョンは、次の様なモノである。
人間の手が及んでいない、何処かの大自然の沼地の景色が映し出されて来て、其処に有る池湖の上を、馬が一塊に成って飛翔しており、先頭は栗毛で、薄い栗毛が数頭、殿(しんがり)には白馬が付いて、中空を飛翔していたとの事である。
其の由香のビジョンから、私に思い浮かぶ事は、日本の現在の水田地帯が古代では其の様な沼地であった事が関係が有り、人間の意識を「高勞 髞 ロウソウ」へと導く為には日本の呼称である「豊葦原瑞穂の国」の精神を取り戻さなければ成らないとの理・ことが、示されて来ているのではないだろうか。
其れに、今朝のビジョンに、南瓜の花が美しく咲いている場面が映し出されて来た事で、私は以前から考えて居た「唐草模様」の理である、最処一点・根本の事を思い出し、「自分の座を確認する事」との題名の下に、副題として、釈迦牟尼世尊の言葉である「私は 過去・現在・未来に在り 衆生一切我が子」と記したが、其の言葉が4月6日の文章に書いて有る。
・・ 次に、覚醒・成佛に成功した釈迦(ガウタマ・シッダールタ)が実家・王家に帰って「王様・キング」の役割に着かなければ成らない事が示されて来た。
其れは「4 4」の数字が、釈迦ブッダと関係が有ると示されて来た事と関係が有り、其の4に「余・世・代」の文字を当てる事を示唆しており、其れが釈迦ブッダの言葉に有る「過去・現在・未来に 私が在り 衆生一切我が子」との言葉と関係が有る理・ことが理解されて来た。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「4時29分」」であった。・・・
其の4時29分の数字は、私に「我が身 既に遠く 良き世を 願い奉る」と告げて来た昭和天皇の誕生日「4月29日」の日付でもあり、「倭姫命・やまとひめのみこと」の御魂であった「井上佳子」の葬式の日付でもある。
其の事を考えると、昨日「由香に渡す」と告げられて来た事は、「大倭あじさい邑」の創立者である「矢追日聖法主」が邑の祭神を、「櫛稲田姫」と「倭姫命・やまとひめのみこと」にしてある事と関係が有り、矢追日聖法主に繋がっていた天神のシステムが、由香に繋がって来るとの事なのかも知れない。
「大倭新聞11月号
【櫛稲田姫 と 倭姫命】http://www.ohyamato.jp/ohmotomiya/pdf/oymt202011.pdf
其れを考えると「井上佳子」に1996年2月11日「建国記念日」に告げられて来ていた、「岡山に居る鳳凰の御魂から始まる」との事が、愈々開始されるとの事なのかも知れない。
キー「2月11日 井上佳子 鶏 ハート」
2002/3/5昨日3月4日に、兵庫県明石に住む「晶子さん」より電話が有り、「神様が 何度も 自適さんに確かめろと 告げて来て 1996年2月11日の日付まで ハッキリと示された」と知らせて来た。
其れで、私が日記を見てみると、1996年2月12日の朝の欄に、「昨夜 妻の佳子に出て来た 霊夢の事」が、記して有る。
其の霊夢の内容は、私の師匠の奥様が夢に現われて、木で出来た鳥の形の置物を組み立てて、草や花で飾っていたが、「未だ ハートの部品が 一個足りないので 完成していない」と云って居たとの事。
佳子の霊夢は続き、佳子の意識が、その部品の有る場所を捜していると、地図が出て来て、「岡山辺りの場所にある」と教えられ、「新しく造るには 別の場所」と書いてある。
更に、日記の続きを見て行くと、また3月21日の欄に、佳子の霊夢の事が記されている。其の内容は、私が女の人を表に立てて居たらしく、その女性は40歳代くらいで、女優さんみたいに見えたらしい。
其の場面は、広い建物に小島章敬君(真言宗のお坊さん)と、佐藤宇三郎氏(自然素材の服を作る人)と、私と妻が居て、私が「全国を自然食にしよう」と云うと、皆が賛成した。と 書いて有る。
2月11日は建国記念日で、3月21日は弘法大師空海の命日である。3月21日に真言宗のお坊さんが出て来たのは、「空海」の意味かとも思え、2月11日の鳥は「神」の意味の、「鳳凰・ほうおう」の事かもしれない。
鳥が鳳凰の事であれば、宇宙の意志の現われである鳳凰のハートが、岡山辺りに存在する事が知らされたことになる。
そして、其の1996年2月11日から、今年2002年の2月11日まで、6年が経過した事になる。・・
明石は、日本の正午線であり、明石の地面に写る日時計の針が、日本の正午を告げる「時の鐘」でもある。明石には、日本最大の石を敷き詰めた墳墓「五色塚」が存在する。
石を敷き詰める事を、「イソしき」と言う。奈良県天理市にある「石上神宮・いそのかみ」は、物部一族の宮であり、祖は「天照国彦天火明櫛玉饒速日尊・あまてるくにひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと」で、天照大神の息子である「天忍穂耳尊」の長男だと伝えられている。
明石の、晶子さんの電話の意味する処は、太陽と、饒速日尊の一族・物部家因縁の御魂の為せる業かも知れない。蘇我馬子と聖徳太子に殺された物部守屋の念いが、危機を訴えて来ているのだろうか。
「1996年2月11日」https://star.ap.teacup.com/170606/373.html
2018/5/4今朝のメッセージの映像は、先ず、中年女性二人が男性の柵・思考・業の糸紐でぐるぐる巻きに絡まっていて、私が其の人達に、山からホースで引いて来ている清水を頭から掛けている場面が映し出されて来て、暫くすると、其の柵(しがらみ)の糸紐は消えていった。
其の二人に絡まって糸紐は、一人は青色の糸紐で精神的なモノであり、もう一人は赤色の糸紐で、物に囲まれた都会の生活者の女性・存在を意味していた。
そして、其の二人の女性の身柄が自由に成ると、娘達を連れた女性達が、其の場所に集まって来る場面が映し出されて来て、其の中には、明るい光に包まれた、首の長い鳥の顔をした女性が、一人混ざって居る事が示されて来た。
其の女性達が集まって居る施設の中には、茶系の布に包まれた大きな物が有り、其の中には、新しく作成された檜製の祭壇の様な物が重ねられており、其れが組み立てられて、是から祭事が行われる事が理解されて来た。
其れに、私が由香に出会ったのは、岡山のスーリアさんの自宅であり、其の日は故井上佳子の誕生日である11月21日で、其のスーリアさんに私が会いに行った原因は、1996年2月11日建国記念日に、佳子の霊夢に「鳥のハートも持つ女性が 岡山市付近に存在する」と示されてきていた事が原因であった。
其の事を考えると、今朝の映像に登場した鳥の顔をした女性の傍らに、新しい祭壇が準備されていた事は、由香に何らかの関係が有るのかも知れない。
其れに由香が誕生した実家は、須佐之男尊の妻と成った「櫛稲田姫」が祭神である神社の参道の鳥居に近い場所でもある。
其れを考えると、今朝の由香のビジョンが美容室(お櫛)であった事も関係が有りそうである。・・・
「櫛御氣の命」https://moon.ap.teacup.com/20060615/317.html
2014/4/27本日4月27日は、倭姫命の御霊の生まれ変わりと知らされた、二度目の妻「井上佳子」の17回忌の日である。
今朝のメッセージは「キリストの復活」との言葉が示されて来たが、其れは単なる「イエスキリスト」の復活と言うのではなく、イエスがキリストとして認められるには、12名の弟子が必要だった理・ことや、釈迦が仏陀として認められる為には、十大弟子の存在が必要であった様に、一つの現象が起きると言うか、一組の救世の動きが発動する為には、多数の人間が参加する必要があると言う理・ことであった。・・
私の知り得る処では、建国記念日である2月11日に、新しい王の誕生の兆しが出ている。別紙の1996年2月11日にも書いた事だが、妻佳子の霊夢に鳳凰らしきモノが登場している。鳳凰が現れる時は、新しい天子が現れる時だとの傳承もあるし、マヤの暦を操る神も、鳳凰と同類の鳥神である。
今月3月4日には、明石に住む晶子さんより、「1996年2月11日の事を 自適さんに 確かめろ。」と、何回も神様が告げてきたと連絡が有った。
若しかしたら新時代は、1996年2月11日に、既に始まっているのかも知れない。
其れに、自適塾のトップページの文章を書いたのは、2月10日であり、「伊丹由香」に初めて出会ったのは2001年11月21日で、其れは井上佳子の誕生日の日付であり、2002年2月10日には伊丹由香に「私のパートナー」であるとの強烈なビジョンが届けられ、其れから自適塾の「自適の言葉」のHPアップを手伝って貰う様に成り、現在に至っている。・・・
「キリストの復活」https://green.ap.teacup.com/20060818/3038.html
今朝のビジョンに映し出されて来た「南瓜の花・蔓」の映像から、何故私が「自分の座を確認する事」との題名を付けて、副題に「私は 過去・現在・未来に在り 衆生一切我が子」としたのかは、私が「宇宙の構造」に付いてイメージしていた事に、「唐草模様」や「瓜類」の繁殖構造が有るからである。
其れは、最初に一個の種子から芽が出て四方・八方に蔓が拡がって行き、その先々に実が着いて多くの種子が地面に残り、蔓が枯れると根本と蔓は枯れて消えてしまう。
そして、其の残されら種子から発芽した蔓が同じ成長をして、又種子を四方八方に残して枯れて消えて行くのである。
其の繰り返しが、宇宙の泡構造と同じであり、地表では平面で起きる事であるが、無重量の宇宙空間では、其れが球形で行われている理・ことに成る。
だから、統尊(すめらのみこと)の意識とは、目の前の世界だけではなく、「全天・全宇宙空間」を自分の脳(意識・意念)に収めなければ成らないと言う事に成るのだ。
そうでなければ、釈迦牟尼世尊の謂う「私は過去現在未来に存在し衆生一切我が子」との言葉は生まれないとの事であり、其れが自分の言葉として納得できる者が久遠実成(くおんじっじょう)の御魂であると言う事に成るのである。
キー「南瓜 蔓 種子 宇宙」
2007/9/14「カボチャの蔓と水の流れ」とは、変な題であるが、今朝のメッセージの映像を、ただ其の侭、言葉にすればそうなるのである。
其れを、別な言い方にすれば「トキの流れと 時節の実り」となるだろうか。
今朝の映像は、先ず、カボチャの蔓が一本現れ、其の節に若い実が大きく育っているのが、鮮やかに映り出されて来た。其の、蔓の根元の方を見ると、もう一つ実が着いており、其の実が充実し切ったので、次の実が、いま大きく成りつつある場面だった。
次の映像には、清い水が、絶え間無く流れている用水路が現れた。
其の用水路に沿って、私の意識が下って行くと、大工さんが使用する鋸・のこの刃が、用水路の凹みに三枚引っ掛かっていた。
私は、其れが落し物なのか、其処に意識的に置かれているのかが判らないので、其れは其のままにして、下流へと下って行った。すると、途中に貯水タンクの様な施設が在ったので、其処で一休みする事にした。
すると其処は、女神の居る次元らしく、其の水タンクから、更に用水路が下流に向かって流れており、人間が生活する社会は、もっと下流に在る事が判った。
私は手ぶらで、何も道具を持っていないので、下流の人間社会に下りて行っても、役に立たないと意い、女神のいる次元に留まる事にした。
其れに、途中に引っ掛かっていた鋸の刃は、其処まで流れて来ないし、もう私には、其の鋸の刃が在った場所や、距離も定かではなく成っていたのである。
今朝の映像は、昨日の様に、山から町までの長い距離の物語ではなく、其れだけの短く簡単な映像であった。
しかし、今朝のメッセージは、昨日のメッセージに関連が有り、今朝のメッセージは、時間と方位がテーマに成っているような気がする。
昨日は、山の上から、九十九折の急な斜面を下って、町の集会場の建物まで行って、新しい経済(俗世界)に関わる内容だったので、其れは、山の上から下界への、上下や、場所を意味している。
処が、今朝の映像に現れたカボチャの蔓は、方位的には北の方から、真南の此方側に向けて伸びて来て、蔓の先には花も咲いていて、太陽の光線も当っているのである。
其れに、カボチャは「南瓜」と書き、南の文字が使われている。
他に、「西瓜・スイカ」とか「冬瓜・トウガン」などがあるが、今朝のメッセージに南瓜の蔓が使用されていたのは、其れなりの意味が有るのだろう。
だとすれば、蔓の方向から、南北の方向を意味している事に成る。
更に、植物は太陽に向って、伸びて行く働きを持っている事も暗示している。
そして用水路は、「艮・ウシトラ(東北)」の方角から、中央のタンクに流れて来て、今度は、西の方角に流れて行ったので、少し角度が折れている事になる。其れは、東方の守護神が青龍で、水の神を意味しているから、其れに関わりがあるのではないだろうか。
そして、西方の守護神は「白虎・ビャッコ」で経済を意味しているので、大工に関係が有る職業は、建築だから、町造りを意味しているので、新しい人間社会の構築を暗示しているのではないだろうか。
どうも、昨日のメッセージと、今朝のメッセージを合わせて考えると、現在・いま流行りの「風水」に付いて、示されて来ている様な気がする。
昨日は「克彦」との名と「小畑勝」の名が出て来て、人間の行動に付いて示唆されて来ていたが、今朝のメッセージは、丸い「マンダラ・銅鏡」の中心に、水を管理する女神が居て、私を、其の中心の処で、休ませたがっている様な気がする。
其れに、関係が有るかどうかは解らないが、今朝は、自宅が朝から停電なので、7時過ぎから自宅を出て、事務所に来てパソコンの前に座ると、女神のメッセージが有った。
「何も無い」http://moon.ap.teacup.com/20060103/132.html
其れ等の事柄を考えると、中心の所に、水の神である弁財天が存在して、全ての管理を始めているのではないかと思えて来る。
昨年の12月27日から始まった、水神の働きが、自分の正体を徐序に現して来ているのではないだろうか。
「鬼子母神が見回りを始めた」http://green.ap.teacup.com/20060818/140.html
今朝気付いた事は、南瓜の蔓の節に、何かの意味が、有るのではないかと言う事である。南瓜は、一本の蔓に、節毎に雄花が咲き、或る程度蔓が延びて、大きく葉が開いて茂って来ると、雌花が節に出来て花を咲かす。
そして、其の雌花が受精して、実が留まって大きく成り始めると、其の実が大きく充実するまでは5節〜7節毎に、雌花が咲いて受粉しても、其の実は、其の侭大きく成らずに腐れて落ちてしまう。
其のパターンが、何回か続きながら、蔓はドンドン伸びて行き、始めに着果した実の中身が、種まで成熟したら、もう栄養が必要ないので、栄養が蔓の先の方に運ばれる様に成る。そうなったら、そこで受粉した実が、大きく成り始めるのである。
そして、其れが三度繰り返された時の実が、「土手カボチャの三番成り」と呼ばれるのである。だから、三番目の実が成る時は、既に蔓が長く伸びて、畑をはみ出して、土手の上を這っているのである。
何故、長々と、南瓜の生態を述べたかと言うと、其の南瓜の生育パターンが、人間の歴史のサイクルと似通っていると、考えるからである。
其れは、仏教の「転輪聖王・チャクラヴァルティン」が、現れるサイクルと同じ意味を含んでいる。
南瓜が、宇宙の基本サイクルのプログラクを、現実に営んでいるのであれば、今朝の南瓜が現れた原因は、魂しいのサイクルを能く考えろとの事ではないだろうか。そうであれば、其のサイクルとは、ブッダの輪廻を意味し、2600年前出現した、仏陀の憶いが、結実したので、次のブッダの実が、大きく育ち初めていると言う事になる。
釈迦牟尼佛の涅槃は、北枕で、顔は西向きである。
だから、釈迦牟尼佛は、足は南に向けて、頭を北に向け、瞑想をしながら、西の人間社会の事を、想っている事に成るのである。
今朝、女神が居た貯水タンクは、其のブッダの、臍の処に位置するのではないだろうか。海神の臍から生まれた者が 男神ブラフマンで創造を司る神である。であれば、愈々水の神「サラスヴァティ」が、本来の場に位置し、男神であるブラフマンに、創造を任せるとの事ではないだろうか。
「ヴィシュヌと少彦名」http://star.ap.teacup.com/170606/1010.html
この様な文章を打っている私は、一界の俗人である。
しかし、其の私の意識を操っている者達の正体が、何なのかは、私にも良く判らないのが本心である。私は、自分が出来る限りの努力をして、毎日のメッセージを解釈しているに過ぎない。
私が想う事は、私が、此の作業を続ける事で、目に見えない世界が、未来に向かって安定し、進化して行くのであれば、其れがただ、唯一の私の充実感である。
其れも又、涅槃に着いているブッダの意識なのであれば、私には何のとりえも無い事になる。しかし、其れは、其れで良いのだろう。
天界の、南瓜の実の中の種が充実して、真実の種として残れば、それだけで良いのである。
今日は、種子島のロケット基地から、月に向けて「かぐや姫」が打ち上げられた。事務所の庭からは、雲が邪魔して、ロケットの炎や噴煙は見えなかったが、爆音だけはしっかり聞こえて来た。また何か、宇宙の神秘が解き明かされて来るのだろう。
私は毎日こうして、目に見えない世界に向かい合って、行くしかないのだ。
其れにしても、南瓜の蔓が伸びる様子を見たり、用水路を遡ったりして遊んで居た子供の頃の思い出が、こんな形で利用される様に成るとは、不可解な世界である。
「カボチャの蔓と水の流れ」https://green.ap.teacup.com/20060818/461.html
2009/11/18「耳を澄ますウサギ」https://green.ap.teacup.com/20060818/1344.html
2013/6/16「絶対意識」https://green.ap.teacup.com/20060818/2719.html
今朝「自分の座を確認する事」との言葉は、私が天神に「統尊(すめらのみこと)」の働きを要求して来る事と関係が有り、日本の天皇制度は、中国の「皇帝」を参考にした物であり、最初の皇帝である「秦の始皇帝」は「天に天帝が存在し 朕は其の代わりを地上で皇帝として務める。」との事を謂っており、日本の天皇との言葉は、其の天帝と皇帝を合わせた言葉である。
其の中国の「皇帝」の座から創られた言葉が、「中心座・黄金龍」であり、四神が「北・玄武(亀+黒龍)」「東・青龍」「南・朱雀」「西・白虎」である。
そして、其の中央に坐す・立つ者から、左右を表すのが日本語の「左・ひだり・日足り」「右・みぎ・見切り」であり、南が「日向・ひむか」である。
其れに「日が昇る」は「地球が回る」であるので、「天動説」から「地動説」にら替わった事からも、科学・真理に伴った言葉を創らなければ成らないし、「腸・有」の月偏は「月」ではなく「肉」である事や、「勝」の月は「舟」である事なども正しい物としなければ成らないだろう。
其れ等の事を考えると、其の言葉を考え出した昔人が居た事は顕かであるので、其れに「当・讜る」新しい言葉・概念を創出しなければ成らないと言う事であり、其れが36年前に告げられて来た「風 麥東 陶・ふうれんとう」と「讜逓聖・とうていせい」の言葉に関係が有るのかも知れない。
令和2年11月28日
礒邉自適
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