言葉とは「あや・文」が変化して来たものですが、現在は心のあやが乱れたので 皆の魂しいが変に成っているのです。
言葉を本来の処に戻さないと 智恵も受け継ぐ事が出来ないのです。
マントラとは「言葉が 考える器」の 意味ですが 其れは日本語の「ことたま・言霊」の意味に通じるものです。
言葉は 魂しいの元なのです。
そして言葉は 36億年の「いのち」の年輪を刻んでいるのです。
其れは 40億年前 岩を溶かして 存在を始めたのです。
其の命は 現在も私達の胃の細胞として生き続けているもので、其れが「謂」の漢字の意味なのです。
2021/2/9
マリアの怒りの聲
3・2・9
本日2月9日は、日本の福祉の草分け的存在である「矢追日聖法主」と、漫画・アニメーションの世界の草分け的存在である「手塚治虫」の命日である。
今朝のビジョンは先ず、男性が数人で魚釣りをして居る場面・様子が映し出されて来て、私は何を釣っているのだろうかと意い、傍に行って水中を覗き込むと、其の水中には元気な若者が数人歩き廻って居るのである。
其れで私は、其の釣りをしている数人の男性は、イエスキリストの弟子であり、イエスキリストの言葉に遵って居るのだと思った。
其れから、私が着替えをしようと意い、自分の手荷物を確かめると、何故か下着が一枚だけしか入っていないので、私はイエスキリストの謂う「私の教えを広めなさい。持って良いのは 杖の他 下着一枚だけ。」の教訓に遵っている事を認識した。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「4時3分」であったので、私は其の数字は「神武天皇大祭日」であると記憶して再び眠った。
すると今度は、私が西洋の何処かに町に在る、見捨てられた古い協会の中の品物を、片付ける為に順番に家外に出して居ると、音がしたので窓から外を覗いて視ると、マリア像らしき物の台座が不安定だったらしく倒れてしまい、首の部分が折れて頭が転がってしまっていた。
其れを、通りかかった人が見て、他の教会に連絡したらしく、年配の白人神父と褐色の肌の男性数人が遣って来て、私に文句を言い始めたので、私は其の神父に私の考えを説明しながら、其の神父の眼を真っ直ぐに見詰めて「私が誰だか判りますか」と謂うと、暫くしてから驚いた感じで、頷いた。
其れから、女性の聲で、一声「飾るのを止めなさい」と聴こえて来た。
其れは、高年齢の怒りに満ちた聲であり、私は其の怒りに満ちた言葉から、イエスキリストの母親である「マリア」が、人々がイエスキリストの言葉に遵っていない事に対して、堪忍袋の緒が切れてしまっていると直感した。
其れで照明を点けて時計を見ると、時刻は「8時1分」であった。
其れから、今朝のビジョンに付いて考え、起きた時刻は「8時41分・9時19分前であった。
其れからPCを立上げ「飾るのを止めなさい」と告げられて来た8時1分前の数字から、昨年の8月1日の文章を視て見ると、次の様に記してある。
2020/8/1今朝のビジョンも昨日の続きの様で、男性の役割・はたらきに付いて示されて来た。
其れは、男性にとって一番大事・重要な事は、子供を産み育てる「女性・雌・伴侶」を守る事に有り、次が、生きる智慧を磨く事である事などが、日本語文章にて、示されて来るものである。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「1時14分」であった。
其れから再び眠ると、今度は、私が何処かに向かう為に電車に乗ると、途中で車掌が回って来て、「全員座ってないで立ち上がって居ろ」との事を言い、其れは走行中に眠って居ると、自分の降りる所を通り過ぎてしまう事を意味していた。
私は何故か、「久留米」行きに途中で乗り換えなけば成らなかったのだが、降りるタイミングを失って、其の儘進んで行った。
其の間に、次々と客が降りて行き、行き先が判らない私は、最後に一人だけに成ってしまった。
途中で、河の橋を渡り始めたので、其処は安房川かと思ったが、雰囲気は似ていても、全く違う場所であり、其の儘先に進んで行くと、最後には、其の乗り物は小型のマイクロバスに替わっており、更に半島の先に到着すると、其の車は水陸両用車らしく、其の儘海上を走って向こう側の島に上陸した。
そして、到着して、私が降りると、其の乗り物は、直ぐに一人の客も乗せずに引き返して行った。
私が荷物を持って、ベンチの方に歩いて行くと、とても優しい笑顔の三人の男性が、私の到着を待って居る様子・場面が映し出されて来た。
そして、其の男性達に荷物を渡して後を付いて行くと、其の人達は皆、定年退職をした様な感じの60歳代の普通の人達で、三人とも独身であり、見捨てられた村に住み着いて、荒れた村中の木々を伐採したり、道路を補修したりしており、公民館の様な古い建物の修理などを行って居る事が判った。
私の荷物を其の公民館の様な建物に置いて、「今夜は 此処に泊まって貰って良いですか」と謂うので、私の二つ有る荷物・バックに触って見ると、寝袋が入っている事が判ったので、私は其れを了解したのだが、藪蚊が居るのではないかと、考えていた。
其れから、夕食の替わりなのか、焼き芋が渡されたので、四人で地べたに座って其の焼き芋を食べ始めると、一人の男性が「自適さんは・・・云々」と謂い始めたので、其の人達は私の存在を知っている事が判った。
其処で意識が目覚めたので、起きて時計を見ると時刻は6時27分であった。
其れからPCを立上げ、今朝起こされた時刻「1時14分」「6時27分」の数字から、1月14日と6月27日の文章を視て見ると、次の様に書いて有る。・・
此の「年寄りだけの村」の文章の題は、今朝のビジョンに60歳代の三人の独身男性が村造りを行って居る場面が映し出されて来た事と関連しており、起こされた1時14分のビジョンが「男性の役割」であった事と、此の文章の中に「男性と女性の役割」との文章が貼り付けられている事も関連している。
「女性と男性の役割」https://moon.ap.teacup.com/20061124/51.html
「女性と男性の違い」https://star.ap.teacup.com/2006o414/21.html
「父性と母性」 https://green.ap.teacup.com/20060818/4740.html
此の文章には、「・・私は定期船が通っていない離れ小島に、自宅と成る家を手に入れて、生活用品を揃えて居る場面が映し出されて来て、其処は他人の影響が何も無いので、静かに暮らせる事を確認して、安らかな気分に成って居た。・・」と、書いて有るので、其れも、今朝のビジョンで私が見捨てられ島に到着した事に関連しているので、今朝のメッセージは、老後の生活や、無人と成って行く過疎地の事を、考えなければ成らないとの事なのではないだろうか。
其れを考えると、今朝私が向かって居た行き先が「久留米」で乗り換えなければ成らなかった事に、関係が有ると言うか、「久留米」との言葉に、謎解きのヒントが有るではないだろうか。
*「久・キュウ・ク・ひさしい」【解字】象形。病気で横たわる人に背後から灸をする形にかたどり、灸の意味を表す。灸の原字。転じて、時間が長い・ひさしいの意味を表す。久を音符に含む形声文字に、柩・匛・などがあり、これらの漢字は「久しい」の意味を共有している。【字義】@ひさしい。㋐ながい。行く末がながい。「長久」㋑古い。古くからの。Aひさしくする。長くする。時間を長くのばす。時間が長くかかる。
*留・リュウ・ル・とめる・とまる 【解字】形声。「田+丣」音符の丣(リュウ)は流れに通じ、ながれるの意味。田の間を流れる水がとまるの意味を表す。留を音符に含む形声文字には「ながれがとまる」の意味と、「ながれる」の意味との二つの系列がある。【字義】(一)@とまる。とどまる。㋐その所にとどまる。動かない。「逗留」「寄留」㋑とどこおる。㋒おくれる。長びく。㋓後に残る。「遺留」㋔中止する。Aとめる。とどめる。㋐とどまらせる。動かないようにする。おさえる。㋑やめさせる。㋒引きとめる。㋓とどこおらせる。長びかせる。後にのこす。㋔ぐずぐずしていて決定しない。決行しない。B久しい・長い。Cうかがう。すきをねらう。(二)すばる。星座の名。
*「米・ベイ・マイ・こめ」【解字】象形。甲骨文は、横線と六点とからなり、横線が穀物の穂の枝の部分、六点がその実の部分を示す象形文字で、こめの意味を表す。米を音符に含む形声文字に眯・迷・謎などがあり、これらの漢字は「とまどうほどの多くの粒」の意味を共有している。【字義】@こめ。よね。稲の実。A穀物(むぎ・きびなど)の実。また、その脱穀したもの。さらに竹・まこも・はすなどの実をもいう。「米穀」Bメートル。フランスの長さの単位。・・・
漢語林より
此の「久・留・米」の漢字の意味からすると、今朝私が乗り換えなければ成らない場所が「久留米」であったのは、「米を栽培する暮らしを永久に留め於け」との意味合いが有り、「稲作文化の伝統を失うな」との理・ことが、示されて来ている事に成りそうである。
其れは、東南アジア全体の文化と関係が有るので、肉食文化である西洋人の価値観が、是以上蔓延る事は、地球環境の破壊に繋がるので、万物の母神が、地球生物全体の為に、人間の在り方をここ等で調整するとの事であり、其れが現在大問題と成っている「新型ウイルス感染」の出来事であり、一日も早く万物の母の悲しみを汲み取らなければ、事態は増々厳しく成るとの事なのであろう。
そして、其の事を行う・指導する事こそが、男性の役割であるとの事なのであろう。其れを考えると、離れ小島で焼き芋食生活をしていては、自分達だけは生き残れても、人類全体の未来の為には、役に立てないと言う事にも成る。
「男性の役割」https://green.ap.teacup.com/20060818/5442.html
此の「男性の役割」との題名から考えると、今朝の最初のビジョンは、イエスキリストが漁をして居る男性達に、「私に付いて来なさい」「人間をとる漁師になる」と謂った事と関係が有り、男性の役割は、精神性を高める為に旅をする必要が有ると言う理・ことが示されて来ている事に成りそうである。
聖書 ルカによる福音書5章1〜11
1 イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。
2 イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。
3 そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。
4 話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。
5 シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。
6 そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。
7 そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。
8 これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。
9 とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。
10 シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」
11 そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。
其れに、其処で起こされた4時3分の数字が「神武天皇祭 4月3日」である事を考えると、神武天皇が南九州を出発して大分で宇佐津彦と出遭い、其の後16年掛かって各地で兵・仲間を集めて、大和で王権を得て政治を始めた事と関係があり、神武天皇は政(まつりごと)を始める事に成功したが、イエスキリストは時の政権に敗れて新しい王に成れなかった事が、比較されている事に成りそうである。
神武天皇
・・私は、其の年1984年11月半ばに、車に布団や炊事道具を積んで屋久島を出発し、全国への旅に出た。そして、鹿児島の市内を歩いて居ると、勝手に自分の足が向きを変えたので、私は自分の足が進む方に歩いて行った。
すると、本屋の中に入って行き、ある棚の前で足が停止し、今度は勝手に手が動いて一冊の本を棚から取り出して、ある頁を開いた。そして、其処に書いて有る文字に目が止まった。
其処には、神武天皇が南九州を出発して、大分県の宇佐で「宇佐彦」に出会い、其れから福岡の「岡田宮」で一年暮らし、次に広島の「安芸国埃宮」に7年間滞在し、次に岡山の吉備の「高島宮」で8年間滞在した後、奈良に向かって進んだと書いて有った。
其の神武天皇の足跡の日数を計算すると、「1+7+8=16」なので、奈良に入るまでを足すと、16年半に成る事が判ったので、私は16年半とは、神武天皇が南九州を出発してから、奈良で政治を始める迄の期間であると理解したのである。・・・
天皇霊其の四「神武天皇」http://moon.ap.teacup.com/20061108/567.html
其れに、起きた・起こされた時刻「9時19分前」の数字から、昨年の9月19日の文章を視て見ると、次の様な事が書いて有る。
2020/9/19昨夜は入浴して居ると、「自分・ジブン」との言葉は、中国の言葉であるので、日本語・大和言葉では、何と成るのだろうかと、思い始めた。
そして「わたし」「わて」「おれ」との言葉の後に、昔のヤクザ・旅烏の挨拶に使われる「手前・てまえ 生国・産湯は」を思い出した。
其の「手前」とは「お前」との対の言葉であるが、神前・板前・人前との言葉と、関係が有りそうである。
そして、床に就いて眠ってからのビジョンは、私の知り合いと言うか関係者が数人亡くなって、其の死体・亡骸を、私が自分の手で火葬しなければ成らない事に成った。
ところが、何故か燃やす物は、人体の亡骸ではなく、どれもが其の人間の背丈の「マダケ(苦竹・真竹)」であり、焼く場所は、其の人の家の庭先なのである。
私は、其の意味がどうしても判らないので、考えている間に意識が目覚め、照明を点けて時計を見ると、時刻は4時11分前から4時10前に成る所であった。
其れで再び眠ろうとしたのだが、今度は起こされた時刻の数字が気に成り始め、眠れそうにないので、起きてPCで4月11日と10日の文章を視て見ると、次の様に書いて有る。・・
此処でPCを閉じて時計を見ると時刻は「5時10分前」であり、丁度1時間が経過していた。
そして、再び電気を消して横に成ると、今朝のビジョンに映し出されて来た、人間の死体が皆其の人の身の丈の「真竹」であったのは、人間の身体が「からだ・空だ・空蝉」である事と関係が有る事が、理解されて来たので、人間の存在(肉体)も竹等の植物と同じく、太陽に育てられている物である事が理解されて来た。
其れで、今度は5時10分の数字は、私が1997年5月10日に太陽から「写真を撮れて」と告げられて来た日である事を考え、5月10日の文章を視て見ると、次の様に書いて有る。・・
此の「桜咲く」との言葉は、「春」の漢字が「艸・草+日+屯」「太陽光線が強くなり草がむらがり生える」との意味であるので、私が太陽から「写真を撮れと」告げられて来た時に、気温が一気に高く成り、皆が驚いて居た出来事と、通じている。
其れを考えると、太陽光線の事を考える必要がある様である。
人間や動物が体温を維持できるのは、太陽光線で育った食物を食べる事で、其れが体内でエネルギー化(燃えて・酸化して)するからであり、古代に埋没した草木が石炭と成っている物や、動植物が地中で変化した物が石油や天然ガスであるので、地表で草木が燃える事と同じく、火力として使える物は全て、太陽光にて育った物であるので、燃える物は全て、太陽エネルギーを蓄えていた物が、外に放出される現象である事に成る。
其れを考えると、お盆の「迎え火」や「送り火」も、無意識に其の理に触れており、「太陽・日・ひ」が「霊・日・神」とされるのも、一連の流れであると言える事に成る。
其れを考えると、「天津日嗣・あまつひつぎ」との言葉も深く大きな意味が有る事に成り、「天照皇大神・あまてらすおおみかみ」や「天照坐皇大御神御魂 ・あまてらしますすめおおみかみのみたま」の言葉が、本来(従来は)何を意味しているのかも、理解できそうな気がする。
上記した4月11日「神の正体」との文章の書き出しには、「今朝のビジョンには ブッダの座像の様な形をした、光体の存在が中央に有る場面が映し出されて来て、其の周囲・円形に、時計の文字盤の様に1〜12迄の数字が浮かんでいた。」と書いて有るので、正に太陽の存在と「1年・12か月、1日・24時間」の節目が示されて来ている事に成り、
4月10日の「物語・ストーリー」の文章には、「天照大神・内宮」と対に成っている「外宮・豊受神」の祭神である「多賀神」の事が書いてある。
其の「豊受神・多賀神」の事を考えると、三日前・16日のビジョンに、是からの指導者として登場した「女性・婦人」の存在は、其の「豊受神・多賀神」の存在を示唆しており、耕作者が居ないのか農地が荒れ地に成っていたビジョンは、其の「豊受神・多賀神」の存在が、現在疎かにされており、日本国の食料が「豊受・多賀」ではなく「欠乏・少賀」に成っている理・ことが、示されて来ている事に成りそうである。
其の「豊受・外宮」の祭神である「多賀神」は、私が勧請された外宮から、本宮である「多賀大社」に連れ帰ると、本宮が無く成っているので、私の頭が割れそうに成り、取り敢えず「河辺神社」に鎮って貰う事にして、その場しのぎをした儘であるので、先ず其れを、何とかしなければ成らないと言う事なのかも知れない。
キー「 多賀大社 頭痛 」
此の文章には「籠目のマークである「六芒星・ろくぼうせい」が、透明な形で現われた」との事が書いて有る。
其れを考えるとやはり、六芒星が参道の灯篭に刻まれている「伊雑宮・いざわのみや(磯部の宮)の祭神である『天照坐皇大御神御魂 ・あまてらしますすめおおみかみのみたま』が今朝の太陽神(はたらき)に関係が有りそうである。
其の「磯部の宮」の事を考えると、私は手前の「自分・自らの分け」を解いたと言う事に成るのではないだろうか。
其れを考えると、私は時間の最先端に在り「神を創り出しているのは人間である」と言う事に成り、其れは、38億年前から繋がって来ている「細胞(遺伝子・DNA)情報が、因縁・結びの元であり、其の理が今朝「真竹の筒」として映し出されて来たのではないだろうか。
今朝の最後のビジョンには、私が旅から自宅に帰る途中、知り合いの家に立ち寄り、馬の手綱を家屋の軒下に有るアースの線に結ぼうとすると、其の日陰の壁の所に、蚊帳が被された籠の中に男子の赤子がスヤスヤと眠って居るので、私に其処に馬を繋いでは、馬が赤子を起こしてしまうと意い、何処か馬を繋げる場所がないかと、捜し始める所で意識が目覚めたので、起きて時計を見ると時刻は8時22分であった。
其れで8月22日の文章を視て見ると、次の様な事が書いて有る。・・
此の「ライオンズ」との文章には「太陽」と「天照坐皇大御神御魂」の事が書いて有るので、未明に映し出されて来たビジョンと関係が有り、此の地球に生命が存在するのは、太陽光のエネルギーに因るモノであるとの理を、明確にする為の神(はたらき)の作用である事に成る。
だが、今朝8時22分に映し出されて来た赤子は、軒下の日陰に寝かされて居た。其れに、私は昔の旅人の様に馬と一緒であった事に、どの様な意味が有るのだろうか。そして、馬の手綱を結ぼうとしたのは、地中に立てられている電気のアースの線の様な物であった。
其れを考えると、私の「自適」の名前は、生後二日目に、父親が畑から馬を引いて馬小屋の前に帰って来た時に、頭に「自適」と告げられて来たので、馬は其の儘にして、家に駆け込んで来て、母親に「この子は自適だ」と云った事が関係が有りそうである。
其れに、イエスキリストと聖徳太子が「馬小屋」で産まれたとされている事と関係が有り、聖者・賢者の魂しいは、天子・天使ではなく、地球(アース)の情報にて、誕生するモノである理・ことが示されて来ているのかも知れない。
其れを考えると、今朝私が立ち寄った家に産まれていた男子の赤子は、次世代の「聖者・賢者・キリスト・メシヤ」を意味しており、私は後世の事を心配せずに、自分自身の現世を確かに生き通せば良いとの理・ことなのかも知れない。
其れを考えると、渡来系が持ち込んで来た「天津神」よりも、先に七代存在した、「地祇・くにつかみ・国津神」の神(はたらき)を、表に現す必要がありそうである。
「身の丈の真竹筒」https://green.ap.teacup.com/20060818/5492.html
此の文章には、次の様に記して有る。
「・・今朝の最後のビジョンには、私が旅から自宅に帰る途中、知り合いの家に立ち寄り、馬の手綱を家屋の軒下に有るアースの線に結ぼうとすると、其の日陰の壁の所に、蚊帳が被された籠の中に男子の赤子がスヤスヤと眠って居るので、私に其処に馬を繋いでは、馬が赤子を起こしてしまうと意い、何処か馬を繋げる場所がないかと、捜し始める所で意識が目覚めた。・・」
此の文章の内容からすると、イエスキリストが「馬小屋で誕生した」と傳えられている事と関係が有り、其れは「マリア」と「イエス」が両方存在する場であるので、今朝のビジョンは、確かにイエスキリストの世界である事に成る。
其れを考えると、今朝高齢の女性の聲で「飾るのを止めなさい」と告げられて来た事は、「マリア像」だけではなく、十字架に磔られている「イエスキリスト」の姿も、飾る(禱りの対象とする)事を一切、止めなければ成らないと言う事に成る。
其れを考えると、私が屋久島から全国の旅に出た時の1984年12月13日に、岩手県の五葉山でイエスキリストの御魂と遭遇し、「私の肉体を下してくれ」と告げて来た事が関係が有り、其れは、母親マリアと同じ考え・気持ちである事に成る。
2004/12/13今日12月13日は、私が1984年(S.59)12月13日に、岩手県の五葉山でイエス・キリストの御霊と出会って、丁度20年目の日である。
五葉山(1351m)は、日本のピラミッドの研究を続けた「酒井勝軍・さかい かつとき」が、神の宝剣を受け取ったとされている山である。
私は、其の日一人で車を運転して、太平洋側を青森へ向かって北上していたのだが、何故か、釜石から急にハンドルを左に切り山中へ入って行った。そして、山中の古い石碑の前で車を止めると、メッセージが告げられて来た。
其のメッセージは、「私の肉体を 十字架から降ろしてくれ」「私の教えを 誰も実行していない」「名前を呼んで 呼び出すのを止めさせてくれ」と言うものであった。
「私の肉体を 十字架から外してくれ」とは、イエスキリストの他に、私には心当たりが無い。イエスキリストは、自分の磔の姿を拝してくれとは一言も云ってはいない。イエスキリストは、人々に自由に成る事を奨め、愛を実行する事を教えたのだ。
其の「イエスキリスト」は、自分の教えを実行する事無く、唯「イエス様」「イエス様」と繰り返している人達に対して、霊界でジレンマを抱いているのではないだろうか。
何故、この日が設定されたのかは分からないが、私の旅の日付と、道筋に、何かのメッセージが含まれているのだろう。
青森には、イエスキリストの墓だとされている戸来村の伝説の場所も有る。
イエスキリストの教えは「建物には 神は住まない。教えを 広めなさい。」「持ち物は 杖の他は 下着一枚だけで 二枚持ってはいけない。」「何を 話すかは 考えて行ってはいけない。行った先で 神が 舌を借りるのだから。」「食事を用意し 宿を提供し 話しを もっと聞きたいと 申し出る者が 一人もいない村は 神のいない村だから 早く通り過ぎなさい。」と 謂っている。
イエスの訓えでは、神の使徒なる者は、常に旅人でなければならないのだ。
其れが、教会の建物の内で、イエスの磔の姿を拝しているだけなので、イエス本人は悲しんでいるのだろう。
イエスキリストは、ヨルダン川での禊の時、神霊に満たされている。
私も、1984年の6月4日(旧暦5月5日)に安房川で禊の後、4311体の神霊に満たされて、四ヶ月間の荒野での神業が始まった。
そして、11月半ばから屋久島を出て、全国行脚の旅が始まったのである。私が満たされた、4311体の聖霊の中に、イエスキリストも入って居たのだろう。
其れから20年が経ち、私はいま、静かな時を過ごしているが、今朝方、自分の手や足が、自分の物ではなく、神の所有する物が、人間の手や足である理が解って来た。
神は、自分のエネルギーを人間の形として現し、手足や口までをも、自分の物として使用しているのである。神の、僕として働くのには、特別な天使の羽根を有していなくても可いのである。私が、「吾し(わたし)」として存在する事が、「神・其の者」の存在としての証明なのである。
私の「我」が、執着を離れ、所有心を引き起こす「手」と、執着へ向かう行動の「足」を止めて、自由と成れば、手と足は神に返還され、返還された手足は、全身全霊の道具として、神の世界の実現の為に使われ始める。
それが、イエスキリストの教えであり、神の愛の「かたち」と成り得るのだ。
私は20年間、理由(わけ)も分からず、その形態(かたち)を学ぶ為に、旅を続けて来た。其れが、何であったのかを、今朝の私の手足は、教えてくれた様な気がする。
暦の月日も、また神の存在物なのだろう。
月日の働きの中で、私の手足は、今後も生かされて行く事だろう。
「キリストの手足」https://star.ap.teacup.com/170606/501.html
此の文章の内容からすると、今朝のメッセージは、昨日の「482・視野に」と関係が有り、人間は過去の人達の「姿・イコン」を視野に入れては成らないと言う理・ことであり、偉人を尊敬する事は良い事であっても、手を合わせて拝む事は間違いであり、自分自身が同じ行動を起こさなければ、立派な偉人・聖者の教訓に遵う事には成らないと言う事に成る。
遵・ジュン 【解字】篆文。形声。「辶(辵)+尊」音符の尊は、馴に通じしたがうの意味。したがって行くの意味を表す。
【字義】@したがう。㋐道理や法則にしたがう。のっとる。「尊守」「尊奉」㋑よる。よりそって行く。Aひきいる(率)。漢語林より
令和3年2月9日
礒邉自適
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