言葉とは「あや・文」が変化して来たものですが、現在は心のあやが乱れたので 皆の魂しいが変に成っているのです。
言葉を本来の処に戻さないと 智恵も受け継ぐ事が出来ないのです。
マントラとは「言葉が 考える器」の 意味ですが 其れは日本語の「ことたま・言霊」の意味に通じるものです。
言葉は 魂しいの元なのです。
そして言葉は 36億年の「いのち」の年輪を刻んでいるのです。
其れは 40億年前 岩を溶かして 存在を始めたのです。
其の命は 現在も私達の胃の細胞として生き続けているもので、其れが「謂」の漢字の意味なのです。
2016/4/10
供神物の有り様
28・4・10
今朝のメッセージの映像は、「供神物」との文字が示されて来てから、私に死の七日後に「文化を頼む」と告げて来た、屋久島の「生命の島」を発行していた故「日吉眞夫」氏の存在が映し出されて来た。
其の日吉眞夫氏は、何故か奥さんを亡くして間もない存在として登場し、悲観に暮れて居るので、私が日吉眞夫氏の背中を撫でながら癒す場面であった。
次に、元気に成った日吉眞夫氏が、60〜70歳位の優秀な男性を数名自宅に呼んで、私と話しをさせる場面が映し出されて来た。
次に、日吉眞夫氏の長女が登場して、私に感謝の意を示した。
其れは、自分が嫁がないのは、理想とする男性が現れない所為であり、私が、若者の意識を向上させる働きをしている為の、反応である理・ことが解かった。
次に、三十代の男性が現れて、私を何処かの施設に案内した。
着いた所には、50〜60人の成人が集まって、誰かの講話を聴いて居た。
そして、其の講話が終わってから、其処の主人である60歳位の男性が、参加者の中の悩み相談を受け始めた。
私が其の様子から、室内・講堂の様子を見渡すと、其の施設は、神社か寺院の敷地の中に有る、公会堂の様な建物である事が判った。
今朝のメッセージの映像は、日吉眞夫氏自身は故人であり、奥さんは元気に働いており、娘さんは家には居ないので、現実の事ではない。
だから、今朝のメッセージの映像は、事実ではないので、最初に示されて来た「供神物」との言葉を、能く考えてみなければ成らないのであろう。
「供神物」とは、「神に供える物」との意味なので、神(はたらき)が喜ぶ物が何であるかを、考えなければ成らない。
其の様に考えると、日吉眞夫氏が登場して来た理由は、新しい文化を創造する事が、神の供養物と成ると言う意味なのであろう。
其れは、昨日の「改革の指示」のメッセージと関係が有り、昨日の映像で建物の中に事務所の備品が運び込まれて、20名程の人々が動き始める様子の続きとして、示されて来ているのであろう。
其の日吉眞夫氏に付いては、以前に数度文章にしてある。
2014/1/18・・今朝のメッセージの映像は、先ず、事務所の様な建物の中に入って行くと、正面に2008年11月20日に亡くなった「日吉眞夫氏」が、元気な表情で座っており、右側の部屋を見ると、故「山尾三省」が静かな趣で、壁に寄り掛かって立って居た。
そして、左側の方を見ると、民芸調の木作りの大きな椅子が置かれており、其の椅子には誰も座って居なかった。・・・
「文化を頼む」http://green.ap.teacup.com/20060818/2936.html
2014/11/2・・本日11月2日は、私の五女「最明・もあ」の19歳の誕生日でもあるが、明日11月3日は「文化の日」でもある。
今朝のメッセージは、其の文化の日に合わせてのモノ・現象ではないだろうか。
其の様に考えると、神の世界は、全ての事を管理運営している事に成り、私は其の「神・はたらき」の手伝いをしている事に成る。
其れに付いては、私が信頼していた故「日吉眞夫氏」の存在がある。
日吉眞夫氏は、静岡県出身で東京大学が卒業して、東京で広告会社を経営していたが、其れを閉鎖して屋久島に移住して来て、屋久島の有志と「屋久島産業文化研究所」を創設して、季刊誌である「生命の島」を発行していた方である。
其の日吉眞夫氏は、2008年11月20日に死亡して、初七日に私の霊夢に現れて「文化を頼む」と告げて来た。
今朝登場した男性は、其の日吉眞夫氏の姿ではなかったが、神界では何等かの繋がりが有るのだろう。・・・
「全てに優しい男性」http://green.ap.teacup.com/20060818/3249.html
2002/8/20・・現代の若者の視線は、手中に有る携帯電話に四六時中注がれている。せめて、そのモバイル・移動画面の中にでも、お爺やお婆の姿を映し出して、知恵袋としたらいかがなものだろうか。
日本語の「オトナ」は、大人や成人の漢字に置き換えてはならない。
「オトナ」の言葉の元は、「オキナ(翁)」であり、「オキナ」が「オテナ→オトナ」と成ったとの事である。
「翁」は「鳥の様に見える 髪と髭が伸びた、老人の姿」の象形文字である。
其れは、「長生きをして、多くの体験を通しての 知恵を有した人の事」を意味している。
その老人の知恵は「考」の漢字の意味で、「年取った 老人の体験に 因る知識」の事である。
漢字を見ると、日本に取り入れた時に「知」と「考」を逆に使用した事が分かる。
「知」の漢字は「手に持っている矢を神に返して 神の言葉(口)を受け取る」の意味だから、「知」とは「神の意見を受け取る」の意味で、「神返る」から「かんがえる」の日本語となり、「考」の「かんがえる」は、「しる」者の意味である事が分かる。どこかで、手順が狂っているのだ。
其れ等の事も、何時か、誰かが訂正しなければ、永遠に、言葉の間違いが継続されてしまう事になる。
もう一つ謂うならば、「オンナ」は「女・ジョ」ではない。
「女」は「男や 権力者に ひざまずく 不自然な女性の姿」の象形文字である。
「オンナ」とは、元は「オウナ」であり、漢字は「嫗」と「媼」と二字がちゃんと存在する。「オウナ」とは「年取った女性が、子供を温かく優しく抱きしめて、暖かい息(言葉)を掛けてやる」との、意味である。
言葉の意味が変化してしまうと、本来の言葉の持つ力(パワー)が失われ、それと正比例して、真理も失われていく事に成る。
私達の年代が、最後の砦と成り、正しい日本語の語り部と成らなければ、シャーマニズムの世界も「といがたり」の世界も、途絶えてしまうだろう。
「とわずがたり」との日本語も残っているが、現代社会では、シャーマンが一人で語り始めても、変人扱いにされるか、精神病院行きである。
誰も、耳を傾ける者が居なくなった社会には、霊界からの知は、遣って来ないだろう。
仏教では、寺のお坊さんが遣って来て、お経を唱えて帰って行く。
其れで、お盆の儀式は済んだものとされている。
本来はそう言うものではなくて、先祖の霊と会話をする事が目的であったのだ。
其れが、一家の代表、部族の長・オサの役目であり、そう言う能力の備わった者でなければ、オサの目(意)として治める事は、不可能だったのである。
其れを、「シャーマン」と呼ぶか、「オサ・長」と呼ぶか、「語り部」と呼ぶかは、文化、民族の差であろうが、基本的には皆、同じ様な役目だったと想われる。
其の中でも、力の抜きん出た者が、永遠に、部族と地域の護り神として、村や郡を見渡せる岡に、祭祀されたものと思われる。・・・
「屋久島の翁・おじー」http://moon.ap.teacup.com/20061108/192.html
2008/11/27・・今日のメッセージの映像には、一週間前に亡く成った、屋久島で「生命の島」の雑誌を発行していた、日吉眞夫氏の姿が現れた。
其の場面は、前田氏が空港に到着すると、日吉眞夫氏が向かえに来て居るので、私は「アレ 生きて居たのですか」と尋ねた。すると、日吉眞夫氏が「自適さんは 和田病院に電話を掛けたでしょう」と云い、私の情報確認の取り方が外れていた事を示唆した。
其れから、前田氏を伴って町の方に向うと、いま現実世界に生きている人達の、善人と悪人が皆、協力する為に集まって来るのである。
そして、「艶歌加入・11月3日」との言葉が告げられて来た。
「11月3日」は文化の日である。其の文化の日に「艶歌加入」とは、何を意味しているのであろうか。・・・
「集合無意識を立て直す」http://green.ap.teacup.com/20060818/965.html
2014/1/20・・私は、再度うたた寝をしようとすると、誰かが傍に遣って来て、「此処の仏さんが 貴方の事が好ましいと云っています。」と、耳元で囁いた。
其れから、漢字文字が書かれた紙が現れたが、其の紙に書かれている漢字文章は、私には全然意味が解らない物であった。
そして、最後に、太陽がサンサンと照っている農地に、イネ科の植物が重たく実を着けて、頭が垂れている場面が映し出されて来て、其の右側に、観音様の様な女性の立ち姿があった。
そして、其の映像の意味は、其の場面が、一番大事な理・ことを表しており、其れは「太陽・雨・風・大地」の存在であると示されて来た。
今朝のメッセージの映像の意味は、歩く事が大事であり、お寺で熱心に写経をしても、書かれている文字の意味が理解できなければ、何にも成らない理・ことを示唆しているのであろう。
そして、一番大事な「理・ことわり」は、経典の様な、譯・わけの解らない文章に、書かれているモノではなく、太陽・雨・風・大地の存在に、あるとの事であろう。其れは、自然の働きに拠って、食べ物が生産され、其れが基礎と成って、他の一切の物事は成り立っているとの理・ことなのであろう。
そして、其れ等の真理に気付く為には、お寺で修行をして居るよりも、自分の足で、旅をした方が良いとの事ではないだろうか。
今朝の映像には、作物が実っている横に、観音様の様な女性の立ち姿があった。・・・
「一番大事な理・こと」http://moon.ap.teacup.com/20060830/33.html
2015/9/18・・昨夜は、布団に入って目を閉じていると、植物が生い茂る自然の風景が映し出されて来て、其の映像を見て居ると、突然右側から、丸い透明なガラスの大きな器が現れて、其の器の中には、様々な美しい色の小さな丸い球が、1000個以上も入っており、日の光を浴びて美しく光り輝いていた。
そして、眠ってからは、眠る前の映像の続きの様に、地面一杯に様々な樹木の枯れ葉が落ちており、私は、その落ち葉の様々な形が面白いので、四角な枠毎に順番にカメラに収めていた。
「物の形と統合部」http://green.ap.teacup.com/20060818/3599.html
2014/8/21・・次の、大きな窓ガラスの内側に、白いマジックペンで、方程式か数式の様な物が書かれていて、白い手袋をした細目の右手が、其れを祓う様に動いたのは、西洋の相対的価値観である考えだけでは、女神の存在は浮かび上がって来ないので、学問の世界は消す事はしないが、科学一辺倒の男性意識は、一度祓う必要があるとの理・ことを、示唆して来ているのであろう。
其れを考えると、やはり私達人間は、外向きにだけ一生を過ごすのではなく、時々は、瞑想や禊ぎ祓いを行って、自分の内側の世界を見詰めると言うか、内面の世界も、確立しなければ成らないと言う事に成る。
其れが「自分」との言葉や「反省」、其れに「悔い改める」や「告白」の行為の意味する処なのであろう。・・・
「緑の風」http://green.ap.teacup.com/20060818/3170.html
2009/7/9「登龍・トウリュウ」http://green.ap.teacup.com/20060818/1201.html
2015/11/2「有楽座」http://green.ap.teacup.com/20060818/3645.html
2009/8/31「介護する側の辛さ」http://green.ap.teacup.com/20060818/1257.html
2014/12/8「救世主は故郷を忘れなければ」http://green.ap.teacup.com/20060818/3290.html
これ等の、以前の文章に目を通すと、今朝のメッセージとの関係性が見えて来た。
其れは、「供神物」との言葉は、「艶歌加入・11月3日」と「物の形と統合部」に関係が有り、私が日吉眞夫氏を癒して居たのは「介護する側の辛さ」と関係が有り、「屋久島の翁」は人間の完成に付いての内容である。
其れに、「一番大事な理・こと」に登場する観音菩薩の姿は、昨日の観自在菩薩の存在と関係が有り、男性の存在や文化に付いては「般若波羅蜜」の世界に関係がある。
今朝は、2008年11月27日の「集合無意識を立て直す」の文章に記されている「艶歌加入」の言葉に付いて、解釈が為されていないので、「艶・エン」と「歌・カ・うた」の漢字を調べると、次の様に載っている。
「艶・エン」【解字】形声。「豊+色」。もと、豊+コウ。音符のコウは、おおうの意味。かおかたちがゆたかで、みちたりているの意味から、みめよい・いろつやの意味を表す。のち豊+色の会意文字となり、省略して常用漢字の形となる。
【字義】@あでやか。つやっぽくうつくしい。ふっくらとしてうつくしい。Aつや。いろ。光彩。Bしたう。うらやむ。ほしがる。
「歌・カ・うた」【解字】形声。「欠+哥」音符の哥は、歌の原字で、うたうの意味。欠は口をあけるの意味。人が口をあけて大きな声でうたうの意味を表す。
【字義】@うたう。㋐歌をうたう。声にふしをつけてうたう。また、音楽に合わせてうたう。㋑歌に作る。㋒鳥がさえずる。Aうた。音楽に合わせて、うたうように作った韻文。B詩の一体。古歌の一種。
国語 うた。やまとうた。和歌。
漢語林より
此の説明に有る「音符のコウは、おおうの意味。かおかたちがゆたかで、みちたりているの意味から、みめよい・いろつやの意味を表す。」との艶の意味からすると、新しい文化とは「豊かな色・シキの世界」である理・ことが示されて来ており、是から創造される新時代は、人類の意識が開花する御世である理・ことが、知らせて来ているのではないだろうか。
そして、其の為には、誰かが「口をあけて 大きな声で歌う」必要があると言う事である。
「艶歌加入・11月3日」との言葉は、未来社会の文化創造には「集合無意識を立て直す」必要があり、其の為には「色(物の世界)を豊かにする為の歌を 加え入れる条件が欠かせない。」と言う事なのではないだろうか。
其れは、般若心経の「色即是空・空即是色」の言葉の世界が、良い意味として開花し、人類の華やかな未来が「神への最高の供養物」であると言う事に成るのではないだろうか。
其の様に考えると、昨日のメッセージの映像に映し出されて来た、事務所・活動本部で、何が始められるのかも、イメージされて来ると言えよう。
昨日のメッセージと、今朝のメッセージは、「空」を悟った人々が、「豊かな色(現実世界)の世界・文化」を創造する為に、活動を始める事が示されて来ているのかも知れない。
其れが「般若波羅蜜多・パーラミター」の世界なのではないだろうか。
平成28年4月10日
礒邉自適
2016/4/6
修・シュウ
28・4・6
今朝のメッセージの映像には、修学・修行の「修・シュウ」の漢字が映し出されて来て、其のコースである「A/C(AのCコース)」との意味合いが示されて来た。
其れは、私が是まで歩いて来た道と言うか、体験・修行の世界と関係が有り、私自身は、其の全コースが終了した事が示されており、其れ等の世界を具体的に整理して、テキスト化しなければ成らない様子が示されて来た。
其れから、春の入学式か卒業式に写した、女性の写真が四段階・四枚映し出されて来た。
其れは、一人の女性が、子供から大人に成る迄の四段階毎の写真であり、真面目な学校の様子を示す、紺色の学生服の姿であった。
いま「修・シュウ・シュ・おさめる」で検索すると、私の文章である「最強の武器」が一番上に出て来た。
2015/10/11・・今朝のメッセージの映像は、先ず未明に、私が打った文章らしき、横書きの文章が、日付つきで次々に映し出されて来た。
だが、其の文章は、私の三次元的な現実世界・顕在意識で書いた物ではなく、神霊界からのメッセージを、書き留めた文章でもないのである。
其れは、別の空間に書き留められている、文章の様であった。
そして、其の文章の意味を考えていると、「最強の武器」との言葉が告げられて来て、増々判らなく成った。
すると明け方に、再び、日付つきの横書きの文章が、次々映し出されて来て、最初の文章は、1984年2月8日の日付が記されており、其れは、私が此の世界に入る前の文章である事が判った。
其の日付で、私は、今朝映し出されて来た文章は、自分自身が書いた物ではなく、私の行動を何者かが、書き留めている物である事が判った。
と言う事は、私が此の世界に入る前から、私の存在を、何者かが見ていた事になり、其の者は、私を管理していた事になる。
其の文章の内容は、私の行動を記録している物であるから、親の様な存在が、私の毎日の行動を、日記の様に書き留めていた事に成るのである。
其の事と、「最強の武器」との言葉の関係を考えると、私の強みは、様々な体験を三次元世界の現場で積み上げて来た事にあり、机上の空論や、他人から受けた教育・情報で、自分の意識を組み上げて来たモノではない事が判る。
其れは、イエスキリストが旧約聖書の情報を土台にして行動している事や、孔子が過去の文献を参考にして、理論を組み上げた事とは異なり、私は自分自身で、自分の意識を組み上げて来ている事に成るのである。
そして、其の背景に、私の観察者が存在する事と、今朝示された2月8日の日付の事を考えると、「2×8=16」の数字が、日本の神名である「陰陽×八段階=16」の数字と同じであり、天皇家の家紋やシュメール文化の「十六菊花紋」の数字と同じである事になり、私は天神(てんのはたらき)に拠って、此処まで育て上げられて来た事に成るとの理・ことなのかも知れない。
其の様に考えると、「修行」との言葉の意味が、理解できる様な気がする。
「修・シュウ・シュ・おさめる・おさまる」【解字】形声。彡+攸。彡は、あやの意味。音符の攸は、洗い清めるの意味。清めてかざるの意味から、おさめるの意味を表す。また、攸に長いすじとなって流れる水の意味があり、通じて、ながいの意味をも表す。
【字義】@おさめる。㋐ただしくする。ただしくととのえる。「修養」「修己」㋑学ぶ。習う。「必修」「自修」㋒かざる。模様をつける。「修飾」「修辞」㋓つくろう。なおす。「改修」「修正」㋔行う。儀式を行う。「修法」㋕書物を編む。「修史」「監修」Aおさまる。㋐正しくなる。ととのう。りっぱになる。備わる。㋑ゆきとどく。B長い。=脩。「修竹」Cよい。すぐれている。
漢語林
そして、スメミマの条件として、三次元の現場を体験・修行していなければ、天神(てんのはたらき)とのコミュニケーションを図る為の、現場映像画面が少ないと言う事であり、文字や言葉の世界も、実質的ではないと言う事なのであろう。
今朝のメッセージの内容から、私は自分の存在に、少し自信を持てる気持ちが湧いて来ている。其れは、私の意識が、私自身のモノではなく、目に見えない総合的な神(はたらき)で生み出されている現象であり、私自身には、大きな責任や義務が無いのだから、自分はもっと自由な気持ちで、起きて来る物事に対して、対処して行けば良いと思われるからである。
其の様に考えると、やはり「自適」の名前を持って、此の世に遣って来た私と言う人間は、土肥無庵が私に謂った様な役割を、担っている様な気がする。
若しかしたら、「最強の武器」とは、天神(てんのはたらき)にとって、私の存在が、新しい御世創りの最大の武器に成るとの事なのかも知れない。
「最強の武器」http://green.ap.teacup.com/20060818/3622.html
今朝示されて来た「A/C(AのCコース)」とは、「A・1」の「C・3」のコースと言う事に成るのであろう。
其れは、私が1997年に、出雲の安部忠宏氏と共に「出雲学びの家」を始めた時に、「1の3室」とかの、学びの過程の分類が示されて来ていた事と関係が有り、其の学習の世界が再び示されて来た事に成る様である。
2001/3/30・・今朝の夢では、是までに見た事の無い事務所が出て来て、其の事務所は「2の3室」であると言う事が伝わって来た。
其の事務所の中は、上の図の様な配置に机が並んでいた。
私の意識は、右端の自分の椅子から立ち上がって、手前の上空から、その場を見ていた。左端には、この事務所の代表が居て、頭の後ろで手を組み、上を向いて、途方に暮れている様子であった。
部下は皆、外に出て行って、代表が一人だけ部屋の中に残っているのである。部屋の中の机の配置は、両端が向い合わせに一卓ずつで、その間に、向き合って四卓、あるいは六卓であったかも知れないが、並んでいた。
そして、部下は、全て男性である様だった。
私は、其の代表の悩みが気になって、自分の意識が、其の代表の悩みの解決へと向かって行った。そして、映って来たのは、鮮やかな色の布である。
是は、その悩みが、物の世界(三次元)の悩みであり、色が関係している理・ことの、示しのようである。
仏教で、「色即是空、空即是色」と謂われる様に、色は、相対的な物質の世界を表現している。
私に、夢が告げている内容は、物の管理が、行き詰まっているとの事のようである。
そして、この部屋の番号が「2−3」である事は、先に「一」の段階が有って、この部屋が、その次の段階である「二」段階の「三番目」を表している、部屋と言う事になる。
今朝の夢の中では、「一」の段階とは、絶対的な世界で、「1−1」とは、時間の絶対的タイミングを、意味していると想われる。
この宇宙は、絶対時間の中で、空間が広がって発生している。
この空間の中で、物の管理をする部分に、人間社会が位置しているのである。
現在の人間界で、いったい誰が、この物質世界の管理を、引き受ける事が出来るであろうか。
本来なら、王・大君が選ばれて、その任に当たっていた筈である。
現在では、民主主義社会となって、絶対的管理者はもはや存在しない。
民衆の中には、この事を理解する者は無く、さらに王・大君の存在も認めない。
民衆は、自分の事しか考えない、利己主義的存在である。「2−3」室の人々は、手の打ち様が無いのである。・・・
「2−3室」http://star.ap.teacup.com/170606/456.html
其れに、今朝の映像では女性が子供から大人に成る迄の成長過程が、四段階「小・中・高・大」の学生服の姿で示されて来たので、男性の世界だけではなく、女性の世界も考えろとの事であろう。
其れは、私が1994年3月22日に「風 麦東 陶・ふうれんとう」との言葉を告げられて来た事と関係が有り、男性だけではなく、女性の存在を含めた何等かの「修養・修学・修行・修業・修徳・修身」の世界を、考えなければ成らないと言う事なのであろう。
今朝のメッセージの内容から、私が感じ取った事は、明後日が釈迦牟尼佛の誕生日である事と関係が有り、今朝の「修・シュウ・シュ・おさめる・おさまる」の漢字の意味は、仏教の様な「宗教」の世界で、修行・修学に励むのではなく、至極一般的な日常生活・暮らし向きの中で、修身を行っていくと言う事である。
其れは、現在の学校教育が、知識偏重のカリキュラムに成っている事と関係があり、其れは知識が増えても、精神が育っていない事と関係があり、人間としての基本的な心構えと言うか、心情・情緒を取り戻さなければ成らない理・ことが示されて来ているのであろう。
現在の学校教育や、社会環境の中での学びは、知識の多さだけが優先され、人間らしさの徳質が蔑ろにされており、人々の意識は不安定に成って、社会全体から安らぎが消えてしまって来ている。
其れ等の事が原因と成って、子供達の登校拒否や自殺、其れに大人の引き籠りが増えて来ている。
其れは、老子謂う「賢しら」が、世の中に蔓延った事が原因であり、釈迦牟尼佛の訓えに有る、無明から脱出する為の十二縁起の教えとも関係が有るだろう。
2014/12/27・・第三章「小賢しさと欲望は 自己を見失わせる」
賢を尚(たっと)ばざれば、 民をして争わざらしむ。
得難きの貨を貴ばざれば、民をして盗をなさざらしむ。
欲すべきを見(しめ)さざれば、民の心をして乱れざらしむ。
ここを以って聖人の治は、其の心を虚しくし、其の腹を実(み)たし、其の志を弱くし、其の骨を強くす。
常に民をして無知無欲ならしめ、かの知者をして敢えて為さざらしむ。
無為を為せば、治まらざるなし。
徳間書店 中国の思想 老子
其れは、現在の社会情勢を見れば、最大の問題である事が顕かであり、国家の行く末を決める国会議員でさえ、国家の事を論じるのではなく、票を集める為に、大衆のご機嫌取りを行っている始末である。
其れは、民放放送だけではなく、国の予算を使いながら公共放送を為すべきHNK放送までが、視聴率を上げる為に低俗化している事も、同様であり、実に甚だしく悲しい出来事である。
其の様な事柄を、網羅して考えると、人間の御魂の成長レベルに関して、何時どの様な知識を、どの様にして与えれば良いかが、最大の課題・テーマと成ってくる。
其れは、昨日のメッセージの映像に登場した、小学生の男子生徒の存在にも、関係が有るのだろう。
其れを、どの様にして行けば良いのかは、他人の姿を見ているだけでは判らないので、自分自身の人生を振り返って見て、判断しなければ成らないのであろう。
「智慧を授かる者」http://green.ap.teacup.com/20060818/3309.html
「さかしら・賢しら」http://star.ap.teacup.com/170606/196.html
「法華経の12因縁起」http://wave.ap.teacup.com/20060106/
時節は桜花が満開で、卒業式が終り、入学式や始業式、其れに入社式等が行われている。
今朝のメッセージの映像に映し出されて来た、制服を着た女性の四枚の写真は、正に、今の季節に合っていると言うか、人間社会の現況と符合している。
其れを考えると、確かに、此れから、現実世界である此の現象世界に、新たな変革が起きて来るのではないだろうか。
平成28年4月6日
礒邉自適
2016/4/4
ゲンコツ
28・4・4
今朝のメッセージの映像には、黒人の40歳代の男女が運営している、NPO法人か財団の様な組織の存在が示されて来て、其の組織の名前が「ゲンコツ」である事が示されて来た。
次に、山奥に滝が流れ落ちる湖が存在して、其れを眺める位置に、老女が営む農園付きの民宿の様な施設が有り、湖から流れ出す小川の側には、冬眠から目覚めた蛙が一匹棲んで居る池が有った。
私は其の施設に宿泊して居り、夏に訪れた時には、湖を泳ぎ渡って、流れ落ちる滝にまで行って見たいと意っていた。
そして、上空で何かの音・気配がするので、空を見上げると、トンボの羽根の様に、機体が透き通っている小型のジェット機の様な、飛行物体が湖の上に飛んで来て、其の飛行物体の上には、やはり透き通った宇宙服の様な物を着ている人物が、騎手の様な姿で運転しているのが見えた。
今朝のメッセージには、黒人の男女が運営する組織の存在が示されて来たので、アフリカ民族の言葉の「アコイ」を思ったので、「Akoy(アコイ)・システム」で検索すると、次の様な文章が有った。
2012/3/5・「Akoy(アコイ)・システム」
此れは、2008年9月19日のメッセージで「あこい」と告げられて来たもので、ITで検索すると次の様に載っていた。
「アコイ・Akoy」ハウサ語
ハム諸語のうちのチャド諸語に属する重要な言語。ナイジェリアを中心に、ニジェール,ベナン,トーゴなど西アフリカの広い地域で話されている。使用文字は、アラビア文字が一般的であったが、現在ではラテン文字を用いる。
1.Akoy kyao アコイキャオ 良い、きれい(見た目がよい)
2.Akoy dadi アコイダーディ 良い、おいしい、気持ち良い(感触が)
との言葉が有り「アコイ・Akoy」とは「良い」との意味である事に成る。
現代社会には、「ヤフー」「楽天」「グーグル」など、多くのIT組織が存在するが、其れ等は殆どが、商売が主な目的であって、真の人類の幸福を願うものではない。其れ等とは違う、新しい価値観に拠って、世界のネットワークを創り上げる必要がある。・・・
「未来に付いて」http://moon.ap.teacup.com/20061108/580.html
2010/11/29・・今朝のメッセージの映像には、此れから、新しい世の中を創造する為の、会議が開かれ様としている場面と、私の意識が、全ての「いのち・生命」の存在から、人として、分離をする段階の様子が映し出されて来た。
今朝のメッセージの映像は、人間が、人間として存在する事が、全く反対の方向から、示されて来たモノの様である。
人類は、人間として生きて行く為には、集団を形成しなければ成らない。
そして、集団生活を営む為には、共同作業の方法や、集団防衛体制などを整えなければ成らない。
其れに、会議を開き、村の運営や、法律なども決めなければ成らない。
其れ等は、貨幣制度や、経済の仕組みが出来る遥か以前から、人間の暮らしに取って、必要な条件である。
今朝のメッセージの映像には、新しい人間の生活様式と言うか、新しい社会を組み立てる為に、第一回目の会議が、開かれ様としている場面が、映し出されて来た。
だが、今朝のメッセージの映像は、其れとは違う世界を、考える為の、会議の様であったので、新しい男性の戦い方を、考えろとの理・ことではないだろうか。
男性・雄の本能は、自分の遺伝子を広げる事に有るので、女性・雌を獲得する戦いは、永遠に続けられるのである。
其れは、動物だけではなく植物も含め、地球の全生命の宿命であるので、どうする事も出来ない。
何故なら、其のシステムが無くなれば、生命遺伝子が滅んでしまうからである。
しかし、其の為に、武器が発達し、いざ戦争が始まれば、男性だけではなく、女性や子供達までが、巻き添えに成り、本来の生命保存の為のシステムが、崩壊してしまうのである。
だから、今朝のメッセージの映像の意味は、武器を持った戦争の戦いではなく、文化的な戦いの道を、開けとの理・ことではないだろうか。
そして、今朝の映像に、会議の場面が映し出されて来たのは、其の事の準備が整った事を、示唆しているのではないだろうか。
其の要因が、昨日アップした「Akoy(アコイ)・システム」のチラシに関係が有り、其のシステム開発の為に、会議を招集しろとの事なのかも知れない。・・・
「有と無であること」http://green.ap.teacup.com/20060818/1747.html
2014/5/21・・今朝のメッセージの映像は、先ず、荷物を片付けた中山の事務所の部屋を、ぐるりと見回す目線の存在が現れて、綺麗に片付いている事を確認した。すると、「蛍の光」のメロディーが流れて来た。
次の映像には、新しい木造家屋の建築の現場が映し出されて来て、私の意識は、棟木を組む位置の場所に在った。
そして、下で作業している50歳位の責任者らしき男性が、私の居る屋根の棟を見上げる場面が映し出されて来た。
次の映像は、薄紫の服を着た快活な装いの若い女性が、左側から右側へ駆ける姿が載っている、大きなポスターが映し出されて来た。
次の映像には、壁に開いた細い窓から、眼鏡を掛けた男性の両目が、私の方を見て居る場面が現れて、「スーパーネットワーク図」との言葉が告げられて来た。
今朝のメッセージの映像で、私が、新しい建物の建築現場に居て、建物の棟の所に意識が在ったのは、「棟梁・とうりょう」の立場と言うか、役割である事を示して来ているのではないだろうか。
【棟梁】@建物の棟(むね)と梁(はり)。 A《棟と梁は家を支える重要な部分であるところから》 一族・一門の統率者。集団のかしら。頭領。また、一国を支える重職。 仏法を守り広める重要な地位。また、その人。 大工の親方。
デジタル大辞泉
其れと、薄紫の服を着た若い女性が、駆け出す姿のポスターが映し出されて来たのは、「弁財天・サラスヴァティー」が動き出す事を、示して来ているのではないだろうか。
其れから、壁の隙間から、眼鏡を掛けた男性の両目が、此方の空間を覗いて居て、「スーパーネットワーク図」との言葉が告げられて来たのは、此方側である三次元世界でスーパーネットワーク図が出来れば、其れに合せて、四次元世界である神霊界の御魂が動き出すとの事ではないだろうか。
「スーパーネットワーク」の事に付いては、2009年2月9日に「40万人の会員・仲間を集めろ」との、神の指示が降っていたので、其の事を本格的に始める為の、「企画図」が必要であるとの事ではないだろうか。・・・
「スーパーネットワーク図」http://green.ap.teacup.com/20060818/3075.html
2010/12/4・・今朝のメッセージの映像は、世界中の神事が繋がって現われて来ている。
其れは、今回の「精神革命・アセンション・次元上昇」が、世界規模で同時に起きる理・ことを意味しているのではないだろうか。
其の様に考えると、神・宇宙の計画は、順調に動き出したと言う事に成るのかも知れない。
今日は、此れから、浮羽市に向かって出発する事にする。
考えて見れば、「Akoy(アコイ)・システム」発足の事務所が、「浮羽・うきは」の地名であるのも、偶然ではないのかも知れない。
其の様に考えると、「World‐Fly・ワールド‐フライ」との言葉も、意味を持って来るのではないだろうか。・・・
「天空の大車輪」http://green.ap.teacup.com/20060818/1754.html
今朝のメッセージでは、黒人が運営する組織の名が「ゲンコツ」であったのは、「拳骨」ではなく、「元骨・源骨」の様な意味合いであり、旧約聖書に記されている、「神は アダムの肋骨からエバ(イヴ)を創造した。」との記述との事と関係が有り、動物の骨・骨組みの事を、考えなければ成らないのではないだろうか。
2002/1/26・・古い「ことわざ」の書物が「旧約聖書」である。
その大事なところに、最初の人間「アダム」は、神に似せて粘土で創られたと書かれている。粘土は、アルミとケイ素の化合物である。
聖書のことわざを、最初に語り始めた語り部は、私と同じ意識の世界に、旅をした事が有った者ではないのだろうか。
「神」自体は、お喋りをする事は無い。
言葉を創り出すのは、人間の脳味噌である。誰の脳味噌が、創造した言葉を、諺として伝えて行くのか、それが一番の人類の課題であると言えるだろう。
人間の意識が、自分の誕生地を探すとき、その故郷は粘土の海だろう。
なぜなら、その「海」が「産み」であり、無機質から、有機質が産み出された源だからである。
最初に立ち現れたアダムの対象として、肋骨(カルシウム)から「イヴ」が創造されている。
蛋白質の元であるアミドが、カルシウムの構造を作り上げ、生命の元を固定したのであれば、旧約聖書の語り部も、良い処に、意識が位置して居たと言えるだろう。・・・
「アミノ酸結合」http://star.ap.teacup.com/170606/388.html
2000/5/10「松果体」http://moon.ap.teacup.com/20061108/35.html
其れに、「元骨・源骨」の言葉からイメージされるのは「恐竜」の化石であり、其れから連想されるのは、恐竜時代の生き残りである「鳥類」や「蜥蜴・蛇」の背骨の存在である。
其の鳥と蛇の存在は、ヘルメースの持物である「ケーリュケイオン・杖」に巻き着く二匹の蛇と、把手の鳥の姿の組み合わせと同じ物であり、有名なツタンカーメンの仮面の額に着いている、鳥(隼)と蛇(コブラ)の組み合わせとも同じ物である。
2015/10/21・・そして、其れがミネラルと関係が有ると言うのは、動物が海から陸に上がる時に、ミネラルを骨に蓄える構造で上陸した理・ことと関係があり、陸に上がって3億6000万年が経過しても、ミネラルの存在が人間の體に最も重要である理を、示して来ているのであろう。
・4億2000年万前 - 植物の上陸。
・4億年前 - 節足動物の上陸 アンモナイトが現れる。
・3億6000万年前 - 脊椎動物(両生類)の上陸。
ウィキペディアフリー百科辞典 現在記載
体の漢字は略字であり、元字は「體(骨+豊)」であり、「骨が 豊・密度が高い」である事が字義・概念である。・・・
「ミネラルがまこと」http://green.ap.teacup.com/20060818/3633.html
2015/6/13「たちもとおる」http://green.ap.teacup.com/20060818/3497.html
上記した「Akoyシステム」文章「スーパーネットワーク図」には、・・薄紫の服を着た若い女性が、駆け出す姿のポスターが映し出されて来たのは、「弁財天・サラスヴァティー」が動き出す事を、示して来ているのではないだろうか。・・と書いて有り、「天空の大車輪」には「Akoyシステム」発足の事務所が、「浮羽・うきは」の地名であるのも、偶然ではないのかも知れない。其の様に考えると、「World‐Fly・ワールド‐フライ」との言葉も、意味を持って来るのではないだろうか。・・・と書いてある。
其れは、今朝のメッセージの映像で、滝が流れ落ちる湖の上に、トンボの羽根の様に透き通る飛行物体が飛んで来た事と関係が有り、地上の神(はたらき)である「弁財天・サラスヴァティー」と、天空の神(はたらき)が共同で今朝のメッセージの映像を送り込んで来た事に、成るのではないだろうか。
其れに、湖から流れ出る小川の側の池に、冬眠から覚めた「蛙・かえる」が一匹棲んで居るのが、目の前に映し出されて来た場面は、人類の意識の「水元還る・源かえり(目覚め・帰命・ナーム)」を、示唆しているのではないだろうか。
2008/9/21・・今朝のビジョンには言葉の世界の源が現れて来た。
其れは、アステカ文化の暦である岩に刻まれている「鏡」の、「真北・0時・12時」の所に有る「ケイン・葦の芽・葦北」に関係が有り、日本を「豊葦原瑞穂の国」と呼ぶ事と、「スメラのみこと・皇命」が国を「スメル・総める」とのシュメール文化の概念である事と、パスカルの「人間は考える葦である」とのイメージに、繋がる世界である。
其れは、湖や池の「葦原・よしはら」に、人間の記憶が繋がっている理・ことを示唆している。
其処には、全ての動物の記憶の源が、潜んでいるのだ。
其の記憶は、「蛇」に成る前の「蜥蜴・とかげ・戸陰」の元である「井守・イモリ・泉守」の記憶である。
其の記憶とは、葦が、水中の汚染の浄化を図る事に関係が有り、其の浄化システムは、人間の腎臓のシステムと関係が有るのだ。
私は24年前、此の世界に入った時に、夏の間、水ばかりを飲んで、心拍が停止し、呼吸が止まる寸前まで断食を続けて、宇宙の始まりの次元まで、意識が「祷った・還った」事が有る。
其の記憶は、138億年以上前の記憶だが、途中に、水辺に生活する小型恐竜の記憶が挟まっていた。
其れは、人類が、類人猿から分離する650万年前より古い記憶であり、言葉を使い、大脳を発達させて来た現代人からすると、一番遠い時代の記憶であると謂えるだろう。・・
「肝腎要・かんじんかなめ」との諺が有る様に、人間の体にとって肝臓と腎臓は大事な役割を担っているのである。
「肝臓」は、身体の毒素を分離する働きを行っており、「腎臓」は身体に不必要な物を、対外に排出する働きを行っている。
だから、其の肝臓と腎臓が健全に働いていないと、肉体に毒素が溜まり、肉体どころか意識も混濁して来るのである。
特に、腎臓は、体内毒素を排出する為に、一日にドラムカン約一本分(160〜170リットル)の水が必要であり、人体は、水無しでは維持出来ないのである。
其のリトルブレインの働きが、何時の時代・次元から始まったのかを考えると、数億年前に、葦の生える湿地で、他の生き物の餌と成って居た時代に、身を潜める行動から生まれたものではないのだろうか。
「アコイ」は、山梨県の甲州地方の方言では、「踵・かかと」の意味であるらしい。
熊本県葦北郡の「葦北・あしきた・足北」の地名の意味は、言葉の意味は「進む」である。・・・
「一番古い記憶」http://green.ap.teacup.com/20060818/889.html
此の「一番古い記憶」の文章からも、今朝映し出されて来た黒人の男女が運営するNPO法人か財団の様な組織の存在は、人類が650万年前にアフリカ大陸で誕生した事と関係があり、是までの人類史を根本・源から考え直す事と、新しい価値観の基として、未来社会を構築しなければ成らない事が、示されて来ているのであろう。
今朝のメッセージの映像で、湖の上に飛来して来た飛行物体は、2010年6月8日の未明の映像で、御稜威ラインの石碑建立を確かめに訪れた、天空の使者と関係があり、マヤ・アステカ文化の時間の操縦士とも関係があり、漸く「事象の特異点」が定まって来たと言う事になり、其れが今朝登場した一匹の「蛙・かえる」に象徴されているのではないだろうか。
2010/6/8・・次の映像は、空中飛行をするスクーターに乗って、一人の男性が遣って来て、今日除幕式が行われる石碑を確認して帰って行った。
其れは、私達が地球上で行動している事や、物を扱う事を宇宙意識が絶えず監視していると言うか、見守っている理・ことを示して来ているのではないだろうか。・・・
「みいつライン石碑建立」http://green.ap.teacup.com/20060818/1569.html
2015/12/24「大きな世界地図」http://green.ap.teacup.com/20060818/3699.html
其れに、其の御稜威ラインでの出来事では、葦北・足北で「4時3分」に強いカモ・(神の電気信号)の反応が起きた事が有り、昨日の神武天皇祭にも関係が有ったのである。
2010/3/18・・昨日は、午前11時に、中古車センターで車のキーと、カーナビのデスクを受け取って、谷山町から吹上町を通って佐賀の唐津に向かって走り、7時に目的地である中村家に着いた。
途中、葦北で、国道3号線から高速道路に向かう為に、東経130度30分の御稜威ラインの線上を横切ると、左手の人差し指にカモ・(神の電気信号)が来た。私が、其の時間を時計で確認すると「4時3分」であった。「4・3」は、神武天皇祭の4月3日の日付と同じ数字である。・・・
「切り替え時の整理」http://green.ap.teacup.com/20060818/1474.html
2015/2/14「御稜威ライン開始」http://green.ap.teacup.com/20060818/3361.html
試に「拳骨」の漢字を調べて見ると、次の様に載っている。
「拳・ケン・ゲン」【解字】形声。「手+失(来廾)」音符の(来廾)ケンは、まきこむの意味。指をまきこみ、こぶしをにぎるの意味を表す。
【字義】@こぶし。にぎりこぶし。げんこ。「鉄拳」Aにぎる。こぶしをにぎる。B力。勇気。気力。C遊戯・武芸などの一種。拳法など。Dささげ持つさま。Eかがむ。まがる=巻。
「骨・コツ・ほね」【解字】会意。「冎+月(肉)」冎は、ほねの象形。肉体の核となっている、ほねの意味を表す。
【字義】 @ほね。動物の体内にあって、からだをささえ、内臓を保護しているもの。㋑ほねぐみ。からだつき。「骨相」㋒死者のほね。火葬した人骨。おこつ。「遺骨」㋓からだ。「老骨」「病骨」㋔物事の中心となって、それをささえるもの。芯。要点。「骨子」Aひとがら。なり。ふり。「気骨」Bするどい。とがる。書体のするどく力強いこと。
漢語林
此の「拳・骨」の意味からすると、私に「全てを手中に巻き込んで、物事の中心となって其れを支えろ。」との意味合いが、有る事にも成って来る。
其れを考えると、「拳を振り上げて 人前で力強く 演説する人物」の姿が想い浮かぶが、私は其の様な振る舞いは苦手なので、昨日のメッセージの映像に有った、盆栽を管理する人物の方を選びたいと意う。
平成28年4月4日
礒邉自適
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