言葉とは「あや・文」が変化して来たものですが、現在は心のあやが乱れたので 皆の魂しいが変に成っているのです。
言葉を本来の処に戻さないと 智恵も受け継ぐ事が出来ないのです。
マントラとは「言葉が 考える器」の 意味ですが 其れは日本語の「ことたま・言霊」の意味に通じるものです。
言葉は 魂しいの元なのです。
そして言葉は 36億年の「いのち」の年輪を刻んでいるのです。
其れは 40億年前 岩を溶かして 存在を始めたのです。
其の命は 現在も私達の胃の細胞として生き続けているもので、其れが「謂」の漢字の意味なのです。
2017/4/17
人間社会の年輪
29・4・17
昨日は、畑で堆肥の切り替え作業を長く行ったので、肉体が非常に疲れて、22時30分に床に就いた。
すると、私が29歳頃から覚えたマージャンを、医師と、レストランの経営者と、喫茶店のマスターの四人で、始める場面が映し出されて来て、私がお茶の用意をしている間に、其の三人がゲームを始めたので、私が「未だ牌を取っていないので やり直してくれ」と謂うと、「出来ない。チョンボだから点数を払え。」と謂うので、私は、其の皆の態度に嫌気が差したので、其の場から退散する事にした。
其処で、照明を点けて時計を見ると、時刻は1時1分であった。
そして、再び眠ると、今度は、私が総理大臣の執務室を訪ねる場面が映し出されて来て、総理大臣に、奥さんからの伝言を傳えた後で、「早く 人間社会の悔い改めをしなければ 世の中が終わってしまう」と言う事を、謂っていた。
何故か、其の総理大臣は、現在の安倍晋三総理大臣の姿ではなく、故「二階堂進」の姿であった。
其処で照明を点けて時計を見ると、時刻は2時34分であった。
私は其の儘、眠れなく成ったので、起きて台所に行き、お茶を飲みながら考えると、マージャンの場面は29歳頃の場面であり、今朝の映像で、総理大臣の役に付いて居た衆議院議員「二階堂進」の鹿屋市の自宅を訪ねて、直接面会したのは39歳の時であるので、自分の人生の在り様が示されて来ている事を感じた。
其れから、PCを立ち上げると、核ミサイルに関する北朝鮮とアメリカとの関係のニュースが載っており、其の関連で、世界の核弾頭数などが報道されているページが出て来た。
私は其れ等の記事を見て、私は自分の意識と謂うか、世界の様子が、1984年6月4日に此の世界に入った時と、同じ状況に成っている事を感じた。
【ストックホルム研究所、世界の核弾頭数を発表】
イルナー通信によりますと、このスウェーデンの研究所は、「2016年1月末までに、アメリカは7000発の核弾頭を保有し、これは前年より260発少ない」としました。この報告によりますと、ロシアは7290発の核弾頭を保有し、昨年より210発減ったということです。
また、この報告では、NPT核兵器不拡散条約に加盟している国の中で、フランスは300発、中国とイギリスはそれぞれ260発、215発の核弾頭を保有していることが予想されるとされています。
NPT非加盟の国では、パキスタンが110から130発、インドが100から120発の核弾頭を保有していると見られています。この2カ国は昨年に比べて核弾頭の数を10発増加させています。
この研究所の報告ではさらに、シオニスト政権イスラエルは少なくとも80発の核弾頭を保有していると見られるとされています。また、北朝鮮が核弾頭10発を製造する可能性を有していることについても触れられています。
http://parstoday.com/ja/news/world-i10426
其れ等の事を考えながら、再び床に就くと、年輪が黒くハッキリとしている、大木の切り株の切り口が一面映し出されて来た。
そして、其の大きな切り株の年輪は、人間社会の年輪(カルマ・業)を意味している事が理解されて来た。
次に、大きな「虻・蝱・あぶ」の死骸が映し出されて来た。
そして、次に、中型の虻の死骸が映し出されて来て、更に小型の虻の死骸が映し出されて来た。
今朝のメッセージは、人間社会の有り様と謂うか、文化・文明の流れが樹木の年輪として映し出されて来ており、私個人の人生の在り方も、其の一部である理・ことが示されて来ている様である。
其れに、今朝の映像に映し出されて来た、大・中・小の虻(あぶ)の存在から、私は「虻蜂取らず」の言葉を思ったので、調べると次の様に載っている。
虻蜂(あぶはち)取らず の意味
二つのものを同時に取ろうとして両方とも得られないこと。欲を出しすぎると失敗することのたとえ。 出典:デジタル大辞泉
其れに、虻の漢字は、「虫+亡」の組み合わせであるので、核戦争が起きれば人間だけではなく、大中小の虫までが死亡してしまうと言う理・ことが、示されて来ているのかも知れない。
其れに、私が今朝起こされた時間が、1時1分と、2時34分であったのは、其の数字が「1・1234」の続き番号に成るので、樹木の年輪である「芯・1・2・3・4の輪」に通じ、時間・時・節目を示唆しているのかも知れない。
「蝱・虻・あぶ」【解字】形声。「虫虫+亡」音符の亡は、あぶの羽音の擬声語。
【字義】@あぶ。はえより大きく、人畜の血を吸う。A草の名。ばいも(貝母)。ははくり。あみがさゆり。B伝説上の鳥の名。一足一翼一目で、二匹が助け合って飛ぶという。
キー「核戦争」
2006/6/3・・私は其の日から、無庵師匠の下で、玄米自然食のマクロビオティックの世界に入ったのである。其の結果として、丁度三ヶ月後の6月4日に、神の世界に突入した。
そして、見せられたビジョンは核爆弾に因る「第三次世界大戦」の様子であった。其の核戦争で、私は自分の息子が、放射能被曝を受けて死に、其の死骸を抱いて、葬式をしている映像を見せられたのである。
其の悲しい世界を、ビジョンの中で体験して居ると、神が「だが こんな別の世界が有る。」と云って、別の世界が映し出されて来た。
其の世界は、映画の「サウンド・オブ・ミュージック」の様な雰囲気で、若い女性教師が、子供達を引率して、花が咲き乱れる野辺の道を、歌を唄いながら歩いて行く映像であった。
神は、其の両方の映像を見せて、私が、どちらの世界を選択・チョイスするかを、求めて来たのである。
しかし、選択を迫ったと言っても、息子が死んで、悲しみにくれながら葬式をする自分と、子供達が、美しい花畑を楽しく、歌を唄いながら歩いている場面の、どちらかを選べと言われても、其れは選ぶ意志などが、当て嵌る世界ではない。つまり、99%選ぶ必要の無い状況を、私に押し付けて来て、其れでも「自分で選べ」と迫って来るのである。
其れは、其処に進むしか、他に道は無いとの事なのである。・・・
「神との約束」http://star.ap.teacup.com/170606/923.html
今朝のメッセージの映像で、私が総理大臣に会う場面は、現実としては本物の安倍晋三総理大臣であれば、何の問題も無い、時節に符合した内容である。
其れが何故、31年前に鹿屋市の実家で会った、故「二階堂進」でなければ成らないのであろうか。
キー「二階堂進」
2008/3/27・・本日3月27日は、22年前(1986年)衆議院議員「二階堂進氏」の鹿屋の自宅を訪ね、次の総理大臣に付いて話をした日であり、25日には皇居に手製のロケット弾が三発打ち込まれ、28日は大阪府警本部に火炎弾が三発打ち込まれてもいる。
そして、其の日に知った事は、本来の天皇家の菊の紋は、9つの花びらの菊花が、3つ三菱のマークの様に組み合わされた物であると言う事だった。
其れは「3×9=27」で、今日の日付の「3・(3×9)27」と、数霊として因縁が有りそうである。
何故、其の様な事が、今朝、気に成るかと言うと、今朝のメッセージが「政治・まつりごと」に付いての、助言の様な事ばかりだからである。・・・
「政(まつりごと)の助言」http://green.ap.teacup.com/20060818/686.html
2009/9/16・・今日は、日本国の「政・まつりごと」が、55年間続いて来た自民党政権から、民主党の鳩山内閣に替る日である。
其れに、明治維新でドイツの「ビスマルク」に学び、官僚指導型政治を続けて来た政治の仕組みも、123年振りに事務次官会議が廃止される事に成った。其の123年の数字は、岡本天命に告げられた「日月神示」の別の呼び名である「123・ひふみ神示」とも共通している。
此の「八島・八洲(やしま)」の言葉と、今日から始まる、新しい「日本国・大八洲国」の「政・まつりごと」を考えると、今朝のメッセージの映像も意味が繋がって来る。
私は、23年前の1986年3月27日に、当時衆議院議員であった「二階堂進氏」の鹿屋市の自宅を訪ね、次の総理大臣に付いて話をした事が有る。
しかし、其の時二階堂進氏に話が通じないので、高知に住んで居た「井上佳子」を伴って、出雲の日御碕神社に参詣し、近くに有る国民宿舎に宿泊したら、佳子に神のお告げが有り、「もう 現在の自民党では駄目だから 駄目な人間を 役職に嵌め込んで 潰す事にする。其れが 消毒の方法だ。」と知らされたのである。・・・
「大八島の禊祓い」http://green.ap.teacup.com/20060818/1273.html
2007/3/27・・今朝のメッセージを、私なりに解釈すると、いま人類社会は新しい体制に変わろうとしていて、其の構想は、私が23年前に、神に告げられた未来世界の内容が、人間社会に認識される時節・トキに至ったとの事ではないだろうか。
其の内容とは、二本の縦軸となる芯柱である。
其れは、人間の社会には「精神面」と「物質面」の両方の世界が必要であり、どちらか一方が欠けてもバランスを失い、うまく調和しない理・ことを示して来ている。
経済の経は「糸+ケイ」の組み合わせで、「ケイ」は、織物を織る織機の形で、織機に縦糸だけが通されている象形である。
其れに、横糸を通す意味が、緯度(=経度)の「緯」の漢字で、「韋」は、別々の方向に足が進むの意味で、織物の横糸を意味し、図柄が描かれる為の違う色合いを意味している。
だから、経済とは「経世済民」の略で、「国を治め 人民の救済の為に縦糸・方針を通す」の意味である。本来の政府の仕事は、人民の為に、未来に向かって縦糸を通す・方針を示すことである。
その事が、現在成されていないのである。有るとしても、既に未来の為には、役に立たないと言うことであろう。
だから、神は23年前に、其の2本の縦糸を私に示して来たのである。其の2本の縦糸とは、「四次元プログラム公社」と「水素原子管理公社」の2つの組織である。
其れを、昨日HPを一新し、左右に働きを分離したからであろう。一つは「みいつの君」のHP「四次元プログラム(魂の創造)」で、もう一つは「森の木」のHP「水素原子管理公社(物の管理)」である。・・・
「菜箸の様な物」http://green.ap.teacup.com/20060818/235.html
2016/3/27「王魂」http://green.ap.teacup.com/20060818/3799.html
今朝の未明のマージャンの場面は、同じ卓を囲む人間は、同じ「場・時間・行為・趣味・習慣・等々」に存在する事に成り、自分自身の「場・時間・行為・趣味・習慣・精神状態・アイデンティティ」を失う事に成るので、私に「自分自身の歩みを決して失うな」と謂う理・ことが、示されて来ているのかも知れない。
其れは、人間社会・世間で生きて行く事は「世間に同調する」事であり、仲間と一緒に行動する事は「自分の本質を歪める」事に繋がるからである。
キー「年輪」
2013/9/26・・今朝のメッセージは、其の事と関係が有るのか、森林や果樹園などの管理の仕方が映像にて映し出されて来た。
今朝の映像は最初に、輪切りにされた東西南北のバランスが良い、丸い樹木の年輪が、一面だけ目の前に映し出されて来た。
そして、何故、木の年輪が現れたのかを考えていると、今度は木々が生い茂る山の斜面が現れて来た。其の斜面の中央部には、手入れが為されないので、半分以上が蔓に覆われている檜・ひのきの人工林が有った。・・・
「木々との付き合い方」http://green.ap.teacup.com/20060818/2821.html
2007/12/28・・真っ直ぐに、上に伸びて行く幹を輪切りにすると、大きな輪の年輪が有る。そして、其の幹には、四方八方に枝が伸びている。
其の枝を輪切りにすると、枝の方にも、其の枝の太さに見合う、丸い年輪が有る。
其の理・ことを、人間社会の人間の在り様に当て嵌めると、人間社会の意識構造が見えて来る。
其れは、どんな人間でも、自分自身の年輪を、刻んでいると言う理・ことである。
其の、一本の木の構造を思い浮かべると、36億年の時間を掛けて進化して来た、地球生命の系統である「生命樹」の構造も理解されて来る。
永い時間を掛けて、大きく育った木に着いている枝は、多くの枝の中から生き残って来た枝である。
其の生き残っている枝が、現在・いま生きている地球生物の遺伝子の分岐を表わしている事に成る。
そして、途中で、日光が当らなく成って枯れて行った枝が、過去に滅びて行った生物種である。
しかし、中心である幹は、寿命がある間は、中心の年輪を保ちながら、周りに着いている枝を支えて行くのである。
其の様に考えれば、人類の生命樹は、いま650万年の年輪を刻みながら、未だ未来に向かって伸びて行っている事になる。
其の幹の梢に成る者が、スメラノミコトなのである。
そして、其のスメラノミコトは、永遠に梢に存在するのではなく、一年間を掛けて上に伸びたら、春に、自分の頭の上に次なるスメラノミコトを立てて、其の生命を支えて行くのである。
其れが、生き物全体のシステムなのである。・・・
「自分の視覚意識が戻る」http://green.ap.teacup.com/20060818/590.html
2017/1/13「季節と食べ物の関係」http://moon.ap.teacup.com/20061108/648.html
2002/8/14「創造の木」http://wave.ap.teacup.com/20060106/103.html
・・マントラとは「言葉が 考える器」の 意味ですが 其れは日本語の「ことたま・言霊」の意味に通じるものです。 言葉は 魂しいの元なのです。 そして言葉は 38億年の「いのち」の年輪を刻んでいるのです。 其れは 40億年前 岩を溶かして 存在を始めたのです。 其の命は 現在も私達の胃の細胞として生き続けているもので、其れが「謂」の漢字の意味なのです。
ブログ「言葉の智慧袋」 http://wave.ap.teacup.com/20060106/
此のブログ「言葉の智慧袋」の表題の意味からすると、今朝のメッセージの映像で、私が総理大臣に「奥さん」からの伝言を傳えた後で、「早く 人間社会の悔い改めをしなければ 世の中が終わってしまう」と言う事を謂っていたのは、其の「謂・胃・い」の言葉の世界と関係が有り、奥さんとは「女神」の存在を示唆しており、「飲食(食生活)」の世界を正さなければ「生命・いのちの年輪」を順調に刻めないと言う理・ことが示されて来ているのではないだろうか。
其の様に考えると、今朝のメッセージは、ゲーム事に時間を費やしている余裕などは無く、緊急に「食国政事・おすくにのまつりごと」を復活する必要がある事が告げられて来ているのであろう。
2015/6/28「食国政り事」http://green.ap.teacup.com/20060818/3512.html
2004/12/28・・植物は、外向きに根を出しているが、動物は内向きに根を出しているのである。
これらの理・ことから、人間の身体で、一番古い働きを行っているのは、胃袋の細胞だと言う事が出来る。
漢字の「言う」は、本来は「謂う」なので、「人間の意識は 胃に有る」と、古代の人々は考えていた様である。
「謂」の漢字は、「言+胃」の組み合わせで、「胃」は「田+月(肉)」の組み合わせで、田は「口+米」の組み合わせであり、胃の意味は、胃袋の中に入っている穀物との意味である。
胃・イ【解字】会意。「田+月(肉)」田(米)は、胃の中に入った穀物の象形。肉を付し、いぶくろの意味を表す。
【字義】@イ。いぶくろ。いのふ。内臓の一つ。Aこころ。「心胃」B星の名。
漢語林より
昔の人達は、胃袋に入れた食物の情報が、人の意識に影響を与える理を知っていたのである。
だから、熊野神社や、伊勢の外宮の神は、食物であり、天皇家の神は、「御饌殿・みけどの」と言って台所の食物であり、その名は「神祖熊野大神櫛御氣の命・かむろぎくまのおおかみくしみけぬのみこと」で、神の源に通じるのは、食物の大神であると言い伝えている。
太古の人々は、自分の胃袋の細胞が、宇宙の情報を、汲み取る事を知っていたのである。
その理・ことを、現代まで伝えているのが、天皇家や、物部神社の新嘗祭の儀式である。・・・
「一番古い身体の細胞」 http://moon.ap.teacup.com/20061108/428.html
2004/11/13「漢字の始まり」http://moon.ap.teacup.com/20061108/510.html?rev=1
2016/1/2「體=胃=食べ物」http://green.ap.teacup.com/20060818/3712.html
2016/12/27「二分化」http://green.ap.teacup.com/20060818/4097.html
2012/6/18「日常・日々の暮らし」http://green.ap.teacup.com/20060818/2345.html
2015/5/24「衣食住」http://green.ap.teacup.com/20060818/3474.html
2012/10/27「賢所・かしこどころ」http://green.ap.teacup.com/20060818/2482.html
2017/3/14「魂魄のルーツ」http://green.ap.teacup.com/20060818/4175.html
平成29年4月17日
礒邉自適
2017/4/13
月讀神の眼
29・4・13
今朝のメッセージの映像には、三兄弟だと言う、強力なパワーを有する男性三人の存在が登場して、其の三人が、私の働きを補佐する為に、人間社会で戦う場面が映し出されて来た。
そして、「劉備」との言葉が告げられて来た。
私は、其の「劉備」との言葉で、「劉備玄徳」の事を思い、三兄弟とは、三国誌に登場する桃園の三義兄弟「劉備・関羽・張飛」であると思った。
其処で、暗い世界に、左の一眼だけが、此方を見詰めている場面が、映し出されて来た。
其処で、照明を点けて時計を見ると、時刻は5時44分であったので、私は其の数字を「544・ごしし・語獅子」と記憶した。
本日4月13日は、私の長男「海生」の38歳の誕生日である。
私が此の世界に入った切っ掛けの一つに、其の息子が4歳の時の夏頃に、夜中に「みず みず」と謂って、母親の美代子が起きないので、私が階下に降りてコップに水を汲んで来て、息子を抱き起こして水を飲ませた時に、息子と目が合い、其の息子の眼を覗いた時に、私の意識がクラクラとして、様子が変に成った。
そして、コップを手にして階下に降りて、洗面所の鏡で自分の顔を見ると、其の顔が死人の顔に見えたのである。
私は、其の顔を見て、自分に死が近付いていると思い、外に出て安房川の辺りを彷徨った事が有り、其れで自分の人生の向き・生き方が変化したのである。
2015/4/13・・本日4月13日は、飯塚市に存在する虚空蔵菩薩蔵堂」の大祭日で、私の長男「海生・かいせい」の36歳の誕生日である。
今朝のメッセージの映像は、昨日のメッセージの続きの様であり、男性の「義人」の存在が、次々に映し出されて来た。
そして、私の意識の中を、文字に拠る情報が一晩中流れ下って行った。
其れから、風水に適った土地の、左右の山の峰が映し出されて来て、私は、其の左右の峰に水道のパイプを配管して、左右の峰のパイプの位置の高さを調整していた。そして、左右の水の高さを調整してから、本格的に、町の中に水を送ると、パイプの中に溜まっていた汚水が、全て排出された後に、清水が勢い良く噴き出していた。・・・
「虚空蔵菩薩の日」http://green.ap.teacup.com/20060818/3426.html
どうやら、昨日のメッセージの映像で、泉の中に飼われていた生き物の存在は、水の「神(はたらき)」に関係が有り、私が33年前に此の世界に入った事の原因が、「土肥無庵」の存在よりも、水神の世界に有って、土肥無庵の存在は、其の事の為の補佐役・導入役であったと言う事に、成るのではないだろうか。
其の事を考えると、4月10日の文章に書いた、9日に「12月12日」の日付と「瀬織津比売・せおりつひめ」の名前が告げられて来た事の意味が、理解されて来る。
其れは、12月12日が海生の母親である「名越美代子」の誕生日であり、私が瀬織津比売の名前を認識する事に成ったのが、浜松市の老舗蕎麦屋「五十鈴」で12時12分に手にカモ・(神の電気信号)の現象が起きて、12月12日に開催された瀬織津比売のセミナーに参加する事に成った事と、深い関係が有る。
2010/9/30・・昨日は、石垣雅設さん夫妻と浜松に出掛け、用事を済ませた帰りに、そば屋「鈴川屋(浜松市中区新津町)」で蕎麦が出て来るのを待って居ると、左手の親指の指紋の真ん中に、強いカモ・(神の電気信号)が来た。
時計を見ると12時12分なので、何だろうかと三人で話したが、其の時は原因が判らなかった。
帰って来て、PCを開いて見るとメールが来ており、12月12日に埼玉県で『瀬織津姫』の著者である「山水治夫氏」と、娘さんとのジョイントの催しが有り・・
何故、私が其の様な話に成ったかと云うと、私が、石垣雅設氏が経営する野草広場の建物の二階に宿泊して、石垣雅設氏と神様の話をしている時に「瀬織津姫・せおりつひめ」の話と成って、石垣雅設氏が「山水治夫氏」の著書である「瀬織津姫物語」を出して来たので、寝る前に読んでいたからである。・・・
「か弱き物が内側に」http://green.ap.teacup.com/20060818/1682.html
2014/12/12「鬼人と桃の実」http://green.ap.teacup.com/20060818/3294.html
其れに、昨日のメッセージの映像で、私が「少彦名神」を抱きかかえて送って行った停留所が「麦生・むぎお」であったのは、其の停留所が「大山祇神・おおやまづみかみ」の祠を祭祈する故「大山邦博」の自宅前である事と関係が有り、其の山中に祀られている祠の前で、私は「撞賢木厳之御魂天疎向津媛命・つきさかき いづのみたま あまさかる むかつひめのみこと」の名前を告げられている。
日本書紀・神功皇后条には次の様に記されている。「先の日に天皇に教えたまひしは誰(いず)れの神ぞ。願はくは其の名(みな)を知りたてまつらむと欲(おも)ふ。神風の伊勢国の百伝ふ渡逢県(わたらいあがた)の、拆鈴(さくすず)の五十鈴宮に居る神、名は撞賢木厳之御魂天疎向津媛命。」と有り、其の名前の解釈には、次の様に記している方の文章が存在する。「つく」 とは憑依することであり「さかき」は「榊」・・神棚に飾るものです。つくさかき は神の依りつく樹木を指します。「そう」・・「御阿礼木(みあれぎ)」のこと。「いつのみたま」とは尊い霊魂のこと。「あまさかる」は天からはるか遠くにきた。「むかつ」は津に向かってくるという意味。津とは五十鈴川のほとりの事でしょう。
整理すれば、天から「山」に降りてきて、みあれ木に依りついて、五十鈴川の辺に運ばれ、川の中で「御生れ」したカミのこと。 引用終了
「不必要な善意」
わが庭の 宮居に祭る 神々に 世の平らぎを いのる朝々 (昭和天皇)
http://theangerheart1182.blog.fc2.com/
何と、此のブログは、昨日の日付の「4月12日」で終了している。
今朝告げられて来た「劉備」との漢字を、漢語林で調べると次の様に載っている。
「劉・リュウ・ル」【解字】形声。「金+刀+卯」音符のリュウは、二つにひきさくの意味。刀でひきさく、ころすの意味を表す。
【字義】@ころす(殺)。A刃物。刀。まさかり。Bかつ(勝)。Cめぐる(回)。D葉が落ちてまばらなこと。また、その木。
「備・ビ・そなえる・そなわる」【解字】形声。「人+ヒ」音符のヒは、えびらをそなえるの意味。人が箙・えびらを背に負うさまから、一般に、そなえるの意味を表す。
【字義】@そなえる。㋐ととのえる。しつらえる。「整備」㋑もうける。前もって用意しておく。「準備」㋒加える。数に入れる。Aそなわる。あ欠けたところがない。㋑十分にととのって足りる。㋒準備ができている。㋓地位にいる。Bそなえ。㋐用意。したく。㋑道具。㋒警戒。防備。Cつぶさに。みな。ことごとく。すべて。 漢語林より
此の「劉備」の意味からすると、今朝のメッセージは、「言葉(ことのは)がバラバラに成っているので、人間社会の崩壊に備えよ」との理・ことが示されて来ており、其の為には三国誌に記載されている、桃園で契りを交わした「劉備・関羽・張飛」の義兄弟の様に、誠実な仲間作りが欠かせないと言う理・ことが、示されて来ているのではないだろうか。
其れを考えると、今朝私が起こされた時間が5時44分であり、私が其の数字を「544・ごしし・語獅子」と記憶したのは、男性の言葉の世界である「獅子吼・ししく」と関係が有り、「劉備玄徳」の名前の意味の「玄の徳」の世界が、蘇りはしないと言う事かも知れない。
【獅子吼】( 名 ) スル 〔伝灯録〕 @ 獅子がほえること。 A 釈迦の説法・教説。獅子がほえて、百獣を恐れさせる威力にたとえていう。 B 熱弁をふるって真理・正義を説くこと。
大辞林 第三版
2017/2/13・・此の漢字の意味からすると、「備敏行」との名前は「備えを敏速に整えろ」との意味に成り、行の漢字は「ととのった列の意味を表す」とも有るので、今朝の映像で、私が「クラスメイト・同窓生・同級生」を集めて居た事と関係が有り、同じ「クラス・級・レベル」の人々で、早急に岩戸開きの準備を、整えなければ成らないと言う事に成りそうである。
「備え」http://wave.ap.teacup.com/20060106/720.html?rev=1
2009/11/9・・この「備」の漢字の象形は、「箙・えびら」と言う上着の事であり、今朝の映像に現れた服と、同じである事に成る。
其れに「備敏行」との名前は、「備えを敏速に整えろ」との意味に成る。
一方の「カモシカ」は、高い山岳に住んでおり、あまり里の方には下りて来ない動物である。
其れに、今朝の夢に現れたカモシカは、未だ、子供だが凛とした雄の様であった。其の意味は、「すめみま」の育つ環境と言うか、存在のイメージを示しているのではないだろうか。
其の姿は、神の化身の様であり、人間の神霊や仙人のイメージを、伺う事ができるモノ・姿である。
其れは、人間の本来の精神は、カモシカの様に、高潔で在らなければ成らないとの理・ことではないだろうか。
そして、「備・箙・えびら」の意味は、人間が、何を羽織って生きて行けば良いのかを、意味しているのではないだろうか。・・・
「新しい方向性」http://green.ap.teacup.com/20060818/1333.html
其れに、昨日のメッセージに登場した「ガラッパ・河童」に付いて、旧約聖書に次の様な記載が有る。
旧約聖書 ヤコブと河童の相撲ペヌエルでの格闘 (創世記32:23〜33)23:その夜、ヤコブは起きて、二人の妻と二人の側女、それに十一人の子供を連れてヤボクの渡しを渡った。
24:皆を導いて川を渡らせ、持ち物も渡してしまうと、ヤコブは独り後に残った。そのとき、何者かが夜明けまでヤコブと格闘した。ところが、その人はヤコブに勝てないとみて、ヤコブの腿の関節を打ったので、格闘をしているうちに腿の関節がはずれた。27:「もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから」とその人は言ったが、ヤコブは答えた。「いいえ、祝福してくださるまでは離しません。」28:「お前の名は何というのか」とその人が尋ね、「ヤコブです」と答えると、その人は言った。「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」 (日本聖書協会「新共同訳」)
此の聖書の言葉からすると、今朝の映像で人間と戦って居た男性の存在は、其のイスラエル「ヤコブ」の存在と関係が有るのかも知れない。
其の様に考えると、今朝の映像に様子を眺めている「左眼」が映し出されて来たのは、イスラエルの神である「エホバ・ヤハウェ」の意思・存在が示されて来た事に成るのではないだろうか。
そして、其の眼がエジプトでは「ウジャトの眼」とされているのではないだろうか。
2017/1/21「ラーの眼」http://green.ap.teacup.com/20060818/4122.html
今朝のメッセージの内容からすると、私が「豊受けの神」が祭神である伊勢の外宮の奥宮である「多賀宮」に2010年4月28日に参拝し、2日後の30日に其の元宮である多賀大社に向かうと、其の元宮の社「御饌都神」が存在せず、激しい頭痛に見舞われた事が有り、其の症状は瀬織津比売が祭神と成っている「河桁御河辺神社」に参拝する(納める)事で、落ち着いた事が有る。
2014/2/4・・私は、伊勢の外宮の奥に有る「多賀宮」に2010年4月28日に参拝し、其の祭神が、「元宮に帰りたい」との意志が示されて来たので、元宮である滋賀県の多賀大社に30日に向かった。処が、元宮である多賀大社の方には、食べ物の神である「御饌都神・みけつかみ」の社が無いのである。
其の事で、御饌都神が居所を失った所為か、私は、耳鳴りが烈しく成って頭痛に見舞われる事に成った。
そして、其の納まり所を捜して、6月20日に「河桁御河辺神社」を捜し出して、一応其の祭神を河辺神社に納まって貰う事にしたのである。
何故、其の河辺神社で「御饌都神」が納まる事を了承したかを調べると、其の神社の祭神が「瀬織津姫・せおりつひめ」である事が判り、瀬織津姫には、霊魂の鎮魂ができる事が判ったのである。
其の出来事を考えると、今朝のメッセージの映像は、神霊界の全ての「鎮魂・斎(ゆまわ)り」が終了した事を意味し、「御饌都神・みけつかみ」や「宇迦之御魂神・うかのみたまのかみ」の働きも、治まった事を示唆しているのではないだろうか。・・・
「天を拝す」http://green.ap.teacup.com/20060818/2954.html
2010/4/30・・一昨日、伊勢に行った時から、耳鳴りが烈しく成って、頭痛がしていたのだが、昨日午後から、左後頭部の頭痛が烈しく成り、21時過ぎに布団に入って眠った。そして、夜中に、救急車を呼ぼうかと思う程ひどく成った。
しかし、今朝は何とか、落ち着いている。・・・
「126代」http://green.ap.teacup.com/20060818/1522.html
2010/6/21・・4月30日に山岡康人氏と滋賀県の「多賀神社」に参詣した折に、高速道路を多賀に向けて走って居る時、八日市市辺りで強いカモ・(神の電気信号)の反応が有ったので、6月20日に山岡康人氏と10時頃大津市の「けんこう舎」を出発し、其の辺りの神社の「カモ・(神の電気信号)」発信地を探し回った。
そして、10箇所ほどの神社を巡って、発信地の神社を確認した。其の神社は、「河桁御河辺神社・かわけたみかわべじんじゃ」で、祭神が「瀬織津姫・せおりつひめ」である。
私は霊夢の中では、何回か其の瀬織津姫の姿を見せられているが、「瀬織津姫」が祭神として祭られている神社に参詣したのは、初めてである。・・・
「遷都の必要性」http://green.ap.teacup.com/20060818/1582.html
「河桁御河辺神社」http://moon.ap.teacup.com/20051112/385.html
2006/9/3・・私は、「何故だろう」と原因を考えると、其の男性が話そうとしたのは、過去の人類の、思考全体である事が解った。
其の事が解ったので、先ほどの建物や、集まって居た人達の方を振り返ると、もう跡形も無く、消えてしまっているのである。
どうやら、其のシャレコウベの中に、人類の過去の「歴史」や「文化」の世界が、回収されてしまったらしいのである。
私と、先に来て居た「お婆さん」だけが、其の世界に残された事に成ったので、私は、其のお婆さんの後に、付いて行く事にした。
其のお婆さんは、海の方に行き、堤防の上に立った。
すると、海面は白く泡立ちながら、海水が満ちて、海面が上昇して来た。
海水は、堤防の上にまで達し、足元を浚(さら)う様にしながら、陸地を埋めて行った。其の海面を見ていると、人間の顔の面・おもてが一個、海面に浮かびながら、目の前を流れて行った。其の面も、般若の面である事が理解できた。
私は、其の人面が見えなく成ったので、お婆さんの方を振り向くと、其のお婆さんの姿は、既に消えていた。
どうやら、其のお婆さんは、昨日の映像で山から崖を下りて来た、小柄なお婆さんと同一人物の様である。
今朝のメッセージの意味を考えると、初めに現れた人達は、過去の宗教者達が考え出した、「カルマ・業」に振り回されている人達である事が解かった。・・・
「般若波羅蜜」http://star.ap.teacup.com/170606/1029.html
2006/9/2・・今朝の映像は、私が、険しい山の崖の下に一人で居ると、小柄な「お婆さん」が、其の崖の斜面を、籠を手にして下りて来た。
其れは、山に慣れ親しんだ私でも、登り口が判らない程の急な崖である。
私は、其のお婆さんが下りてから、其の道筋をよじ登って行った。
そして、無事に崖の上に上がり、緩やかな傾斜の森の中に、辿り着いた。
すると、其処には、直径40p程のパイプが、10本程乗せられた木馬が、誰かの手で、山の上の方から、崖の上まで運ばれて来ている。
そんな重い物を、誰が運んで来たのだろうかと意うと、パソコンを手伝ってくれている「上光君」の名前が、伝えられて来た。
そして、場面が変わり、パソコンの画面が現れ、沢山のHPに、多くの情報が、次々に書き込まれているのが映った。
今朝のメッセージの意味は、お婆さんが、崖の上の方で、何かの栽培をしているらしい事と、其れに関して、山上に在る光・エネルギーが、発電所の太い水パイプの様に、崖の上を経由して、崖の下に、流し込まれるとの意味であるようだ。
其の、パイプの中を流れる物が、上からの情報であり、其の情報が人間界のパソコンの中に、取り込まれるとの事である。
其の、上からの光とは、石英のガラス管(光ファィバー)の中を流れる、磁気信号の情報の事であろう。・・・
「山の上に準備されたパイプ」http://green.ap.teacup.com/20060818/515.html
本日4月13日は虚空蔵菩薩の大祭日でもある。
其の事を考えると、今朝の映像に映し出されて来た、此の世界を見詰める眼は虚空蔵菩薩の働きに関係が有り、「エホバ・ヤハウェ」と虚空菩薩には、共通の働きが有るのかも知れない。
『そうではなく 貴方自身の御魂が 其の段階に至ったのである』
此の、いま告げられて来た言葉から考えると、「神・宇宙意識」とは、人間と共に進化していると言う事であり、神を自分の中に感じる者は、外側に神の存在を求める必要は無いと言う事であり、其れは成仏に成功したゴータマ・シッダッタが、「私は 過去・現在・未来の三世に存在し 衆生一切わが子」と謂っている事と同じであると言う事に成るのであろう。
だからこそ、無宗教で禱りの対象を持たなかった私が、此の様な体験をする事に成ったのであろう。
平成29年4月13日
礒邉自適
2017/4/6
生きる命
29・4・6
昨夜は眠る為に目を閉じて居ると、瞼に、地面に生えて来ている数々の植物の姿が映し出されて来た。
そして、眠ってからの映像には、植物・作物の生えている土地・園を、見詰めて居る、感じの良い人々の顔が幾つか映し出されて来て、私も其の中に加わる為に、着替えをして居た。
其れは、季節に合わせて服を着る場面であり、私が夏なので下着の上に袖の短い上着を着てから、肩口を見ると、上着から下着がはみ出しており、其のはみ出した下着にはフリルが付いているので、私は女性用の下着を着ている事が判った。
其れは、下着が「中身」を意味し、私の意識が女性性である事を、示唆している様な感じであった。
今朝は起きて、PCを立ち上げると「ゆっくりしなさい」との女神の声が聴こえて来たので、女神のブログを開くと、続きの言葉が告げられて来た。
「ゆっくり しなさい
貴方は 他人に 何かを頼まれても
其の解決に 真剣に取り組む必要は有りません
何故なら 其の様な段階は
既に 通り越しているからです
貴方に 必要な事は 未来社会を
どの様に築けば良いかを 模索する事です
其の事の他に 貴方の役割は 無いのです
ですから ゆっくりと
暮らして居れば 良いのですよ
そうする事で 貴方の能力が 高まって来るのです
其れが 大君の立場であると 言えるでしょう
「ゆっくりしなさい」http://moon.ap.teacup.com/20060103/823.html
此の女神の言葉は、昨日11時18分に、前田氏から、今回購入した屋久島の1・8ヘクタールの神社の土地の登記が、3月27日に無事に完了したとの事で、「3月27日の日付には 何も意味が無いだろう。」と謂うので、私は1986年3月27日に、衆議院議員であった故「二階堂進氏」の鹿屋の自宅を訪ねた事を思い出し、其の時に別の人の家を訪ね、本来の天皇家の家紋が「3×9=27」である事を知った事などを話した。
そして、是からの動きに付いて、任せられる人材が居ないとの事なので、私は「私が50歳ぐらいであれば 引き受けてやるのだが 70歳に成ってしまったので其れが出来ない」との事を謂うと、前田氏が「何を謂って居るのですか 自適さんは仙人なのだから 伝家の宝刀が有るでしょう」と謂った。
「二人からの電話」 http://wave.ap.teacup.com/894019/3667.html
其の「伝家の宝刀」に付いて考えて居て、私の家と言うか、家系には其の様な物は、何も無いと思った。
でんかのほうとう【伝家の宝刀】
@代々家に伝わっている名刀。
Aいざという時以外は使わない思い切った手段。とっておきの切り札。「いよいよ−を抜く時だ」 国語辞典
其れで、何とか屋久島の薬草園の運営や、今回新たに購入した土地の利用方法に付いて考えて居て、其の企画立案の相手の成る人材の事に付いて記憶を辿ってみたが、私が30年前に付き合いが有った、コンサル関係の人々は、既に80歳を超えている人々なので消息も判らない状態であり、若い人材の心当たりも無い事を自覚した。
其れで、今朝、江藤敬介氏に連絡を執って、企画書を立案する為の相手に成る人物を知らないかと訊ねると、江藤氏が「2007年2月17日に 自適さんが佐賀で初めて会って 貴方は神武天皇だと謂って 涙を流しながら抱きしめた小野寺睦氏が 博報堂を止めた人だ」との事である。
其れで、ブログ「自適の今日」で其の日の日記を見ると、私が小野寺睦氏と確かに抱き合って居る写真がアップしてあり、其の日記には、最初に「和暦」の暦を載せてある。
其れに、其の日は旧暦の大晦日であり、小野寺睦氏の名前の「睦」は「睦月 陰暦正月の別名。」でもある。
2007/2/17「背振山 小野寺宅へ」http://wave.ap.teacup.com/894019/278.html
「小野寺 睦さん(養鶏家・「旅をする木」代表)」
C-revo#3 https://www.youtube.com/watch?v=VMPW9bro7x4
「睦・ボク・モク」【解字】形声。「目+坴」音符の坴・ボクは、穆・ぼくに通じ、やわらぐの意味。目がおだやかの意味から転じて、むつまじいの意味を表す。【字義】むつぶ。むつむ。親しくする。仲よくする。Bいやうやしい。つつしむ。Cあつい。手厚い。 名乗 あつし。まこと。
「睦月」陰暦正月の別名。
「睦親・ぼくしん」@むつみ親しむ。親睦。A親しい身うち。仲のいい親族。
其れで、江藤敬介氏に教えて貰った小野寺睦氏が講演している映像を観ると、前田氏が謂った「伝家の宝刀」が何であるかが理解されて来た。
其れは、小野寺睦氏が博報堂を止めた切っ掛けが、畑で鍬を使っている腰の曲がったお婆さんの姿を一目見て、此のお婆さんが、自分が長年探していた「グル・師匠」であると感じたからであるとの事だからである。
其の「鍬・くわ・すき」は、「文化」を英語で「カルチャー・culture」と言い、其れは土を耕す鍬の意味である。其れなら、私の家は代々百姓であるので、鍬・鋤の道具が我が家の「伝家の宝刀」であると言う事に成るのである。
2000/11/1・・「カルチャー(culture)」とは、教養や文化の意味の英語ですが、カルチ(cultivator)カルチ-ベーターの耕運機と同義語の様です。
カルチャーは「心を耕す」の意味で使われています。カルチャー・ショックとは、「異文化と 自文化の 大きな違いを体験して受ける 精神的な打撃」の意味ですので、自分の心を耕されたショックと言えるでしょう。・・・
「ム(カルチャー)」 http://moon.ap.teacup.com/20061108/423.html
2015/10/2・・そして「ぃで」との一字は、「出・いで」に関係が有り、新しい「cultureカルチャー・文化が、出るとの理・ことを示して来ているのであろう。
そして、其の新しいカルチャー・文化の内容が、今朝映し出されて来た、難しい(ハイレベル)な数学(科学方程式)や、言葉(概念)等であるのだろう。
そして、今朝一人現れた女性・女神が、私に「自適さんは 何時も 最初に会うわね」と云ったのは、私の御魂は今回だけではなく、節目的に繰り返されて来ている人間意識の進化の場面には、何時も参加している事を示唆している。
其れは、仏教で言う処の輪廻転生と関係があり、イエスキリストの謂う「永遠の命」の世界や、老子や釈迦が謂っている、御魂の積み重ねの世界・階梯と関係が有る。・・・
「カルチャー・文化の始まり」http://green.ap.teacup.com/20060818/3613.html
其れ等の事柄を考える、2008年11月27日の霊夢で、私が前田氏を屋久島空港に向かえに行くと、死んだはずの故「日吉眞夫」も迎に来ており、私に「文化を頼む」と告げて来た事の意味も理解できる。
2008/11/27・・今日のメッセージの映像には、一週間前に亡く成った、屋久島で「生命の島」の雑誌を発行していた、日吉眞夫氏の姿が現れた。
其の場面は、前田氏が空港に到着すると、日吉眞夫氏が向かえに来て居るので、私は「アレ 生きて居たのですか」と尋ねた。すると、日吉眞夫氏が「自適さんは 和田病院に電話を掛けたでしょう」と云い、私の情報確認の取り方が外れていた事を示唆した。
其れから、前田氏を伴って町の方に向うと、いま現実世界に生きている人達の、善人と悪人が皆、協力する為に集まって来るのである。
そして、「艶歌加入・11月3日」との言葉が告げられて来た。
「11月3日」は文化の日である。其の文化の日に「艶歌加入」とは、何を意味しているのであろうか。・・・
「集合無意識を立て直す」http://green.ap.teacup.com/20060818/965.html
2014/1/18「文化を頼む」 http://green.ap.teacup.com/20060818/2936.html
2016/4/10「供神物の有り様」http://wave.ap.teacup.com/20060106/648.html
其れに江藤敬介氏が、其の事に関連して、聖書の記されている内容の事も教えてくれた。
「我は真の葡萄の樹、わが父は農夫なり。おおよそ我にありて果を結ばぬ枝は、父これを除き、果を結ぶものは、いよいよ果を結ばせん為に之を潔めたまう。」
ヨハネ傳十五章一節
私が、其の小野寺睦氏に10年前に出会った時の事に付いては、次の様に書いてある。
2007/2/18・・本日は旧暦の元旦で、昨日から、其れに関してシンクロ現象が起きている。
昨日、佐賀県の背振山に向けて出掛ける時に、1月22日に初めて東京で会った「小坂さん」より、旧暦元旦の年賀状が届いた。
そして、背振山の「小野寺氏」の自宅に着くと、行き成り「今日は 旧暦の元旦です。」と云って、小野寺氏が大きな和紙で出来た、一枚刷りの暦を出して来た。
其れは「和暦」と書いてあり、製作者は山形県の「芳賀透氏」で、昨日17日に人数が集まれば、福岡に来る事に成っていたらしいのである。
其の事を聞いて、夕方浮羽に帰りHPに其の暦の写真をアップしたら、小坂さんより「芳賀氏」は知り合いだとのメールが届いた。
小坂さんは、丁度私に芳賀透氏を紹介しようと意って居た、矢先だったらしい。
私は10年前より、「新しき暦を創る会」の名刺を作り、全国で、正しい暦を使る運動を起こそうと、人々に話し続けて来ていた。
現代社会は、1千万分の1秒も狂わない電子時計を使っているのに、使用されている太陽暦は、冬至から一週間も外れている。
其れは、古代人よりも、不正確な日付認識で、現代人が暮らしている事に成る。
其れは、人間は季節認識が、他の動植物や虫達よりも、退化していると云える状況である。
人類も、地球上に生活する生き物として、自然の季節運行と切り離れて、過ごす分けには行かないのである。其の為には、季節に合ったカレンダーを使用し、生体リズムを正しく認識する必要があるのだ。
そうしなければ、老子の謂う「タオ・道」や、釈迦の謂う「ダルマ・法」から分離してしまい、心の安定を失い、魂しいも痩せ細って行くのである。
今朝のメッセージは、其れ等に関係有りそうな映像が映って来た。
先ず、油絵で描かれている様な、白くて大きな客船の絵が、ポスターの様に現われて、其の中身には、私の文章が、記録されている意味が伝えられて来た。
次に、私が日本建築の和室の部屋に座って居て、日本の文化に付いて取材を受けている場面が現われた。
そして、其の二つの場面は「つくよみ」に関係が有ると伝えられて来た。
「つくよみ」とは「月読界」の事で、「伊邪那岐命・いざなぎのみこと」の禊ぎから生まれた三貴神の「天照神・月讀尊・須佐之男尊」の中の、月讀尊の事であろう。
月讀尊は「調読み」で、宇宙のリズム・調べを司る働きを意味している。
今朝のメッセージは、人間の文化や、記録や、暦・カレンダーは、月讀界に関係すると知らせて来たのではないだろうか。
其れは、昨年の12月23日(冬至)前後の、私の文章の太陽に関する物とは、確かに違う内容である。
12月23日「太陽の印」http://green.ap.teacup.com/20060818/135.html
古事記に拠ると、伊邪那岐命の禊ぎからは、「太陽の働き(あまてらす)」「調読みの働き(つきよみ)」「水の働き(すさのお)」の三つの働きが、生まれた事に成っている。
今朝のメッセージによれば、私達が「文化」と呼んでいる世界は、どうやら「つきよみ」の働きの領域に含まれるらしい。
今朝メッセージから受け取られる事は、私の役割が「調読み」の方向に定まりつつある事を、知らせて来たものではないだろうか。
私は、祭り事(政治)の表に立つのは、好まないと言うか、苦手である。
私は、どちらかと言えば、昨日の様に子供達と一緒に、インデアンごっこでもして居た方が楽しいし、人々に安らぎを与えられる様な気がする。
私は、不自由な権力者の椅子に座るより、自由な立場に居て、子供達と戯れたりしながら、気侭に残りの人生を送りたいのである。
其の方が、自然のリズムや、宇宙の運行に、敏感に反応する事が出来るであろう。
其れが、日本語のヒジリ(聖・日知り・霊知り)の意味だと想われる。
其れはまた、屋久島の大自然の中で、自由に37年間生活した私にしか、出来ない事なのかも知れないのである。
ようやく、両親が「私が 自分で持って来た」と言う名前の、「自適」の意味に適う暮らしが、出来る時節が来たのではないだろうか。
そうであれば、私は天命を、全うする事が出来ると言う事に成るのだろう。
今朝は、他にも、色々な場面が現われたが、もう色々書く事も、面倒臭く成って来ている。
私の他にも、同じ様な事を、感じる人々が増えて来ているので、私は此処らで一休みしても良いのではないだろうか。旧暦元旦
平成19年2月18日12:00ジャスト
「月読界」 http://green.ap.teacup.com/20060818/194.html
*1月22日に初めて東京で会った「小坂さん」より旧暦元旦の年賀状」
2007/1/22・・富士吉田駅前から、タクシーに乗って、昨夜降った雪化粧の中を「浅間神社」に参詣すると、「是で 屋久島が動く」とのお告げが来た。
其れが、何故かと考えると、昨年6月11日に屋久島で行った、「大山祇神の祠建立100周年の祭り」に、関係が有ると思われて来た。
浅間神社のご祭神は「木花之佐久夜毘売命・このはなさくやひめ」で、「大山祇神」の娘である。
其の娘が「屋久島が動き出す」と、私に伝えて来たと言うことは、日本のシンボルである富士山と、屋久島の山々が繋がっている事を、教えるものであろう。
今朝の音韻は、どんな小さな水溜りにも、人間が意識を向けさえすれば、水の霊と繋がれる理・ことを、伝えて来たのではないだろうか。
浅間神社の境内には、大きな「龍の像」がお手水に取り付けられ、其の龍神の口から、清水が吐き出されていた。
神と、人間の間には、清水が欠かせない物と成っている。其の清水こそ、豊かな自然の恵みの基礎であり、其の水は、山岳から齎される物である。
日本の国土は、自然豊かで美しい国である。
其の日本から、新しい愛の世界が創造され、人類の未来が楽しいものに成るのは、当然の事と言えるのかも知れない。
岡本天命氏の日月神事には「富士は晴たり 日本晴れ・・・日本から 神一厘の仕組みが始まる・・・」と有る。
其の神のメッセージが、漸く本番と成る「紀・トキ」を向かえたのではないだろうか。・・・
「ラブ・リー 愛再」http://green.ap.teacup.com/20060818/170.html
これ等の事柄を考えると、昨日の前田氏の電話で言って来た「3月27」の日付と、「伝家の宝刀」の言葉には重要な意味が有り、私が初めて会った小野寺睦氏を、涙を浮かべながら「貴方は神武天皇だ」と謂って抱き締めた事が、非常に大事であると言う事に成りそうである。
そして、今朝理解出来て来た事は「和暦」の存在や陰暦正月の別名「睦月」の言葉と、大晦日に小野寺睦氏に出会った事などと絡み、是から企画立案すべき柱は、「文化・カリチャー」に関係が有り、其の中心に未だ存在しない、惑星運行に正しく合った世界暦・新しい暦の創造であり、各地域に合った「歳時記」のシステムを立ち上げる事である。
本来「宗教」とは、地球上で生活する人間が、部族・一族毎に、自分が暮らしている環境の中で、先祖霊の供養や天神地祇を祭祈する文化・風習・慣習であり、其れに暦・カレンダーが付随しているモノであるから、正しい暮らしの情報システムが立ち上がれば、宗教は必要ではなく成るはずである。
歳時記@ 中国や日本で、一年中の行事やおりおりの風物などを、四季もしくは月順に列挙し解説を加えた書。「荊楚歳時記」「日本歳時記」など。 A 俳諧で、季語を分類して解説や例句を示した書。俳諧歳時記。俳句歳時記。季寄せ。
大辞林 第三版
其れこそが、冬至の生まれれである奈良の矢追日聖法主が創設した「大倭あじさい邑」で、終戦の年から12月23日を元旦として元旦祭を続けている事と関係が有り、私が、新しい世界暦を創らなければ成らないと、22年間謂い続けている事と関係が有ると言う事に成るであろう。
1995/5/17・・20年8月15日、日本は天皇陛下の玉音放送と共に敗戦を迎え、無条件降伏と成った。
其の日、奈良市の登見に有る民族祖廟大倭神宮にて、一人の大和男子が、涙して地面に平伏して居た。其の大和男子とは「矢追日聖」の事である。
矢追日聖とは、明治44年(1911)12月23日に、大倭神宮の神域で誕生した者である。
其の地は、神武天皇東征の時、空が黄金に輝き出して、其の空から金の鳶・トビが降りて来たとの伝承の地「登見(鳥見)」である。
そして昭和20年8月15日、此の瑞祥の地で、矢追日聖に神意が示されたのである。
其の神意とは、「日聖よ泣くな これは神の計画である」と告げられ、次に地球儀が映り、其の地球儀には世界中に日の丸が立っていて、「日聖よ 日本から 新しい精神革命が起き 人類救済をする為に 今回の戦争は 必要であったのだ」と、示されたのである。
其の、新しい精神革命・新しい価値観とは、
1)太陽運動の冬至を元旦とした暦に拠る生活。
2)あじさいの花の様な仕組みの価値観と ネットワーク社会。
・ネットワークは コンピュータと衛星通信網に因って可能に成った。
・現代の西洋暦は 冬至より一週間遅れており 本来の太陽暦とは言えない。
現在の暦では、冬至は12月23日前後なので、西洋暦の元旦は、其れより一週間遅れていて正確な太陽暦ではない。
だから、是を一週間前に進めて、太陽の動きに正確に合わせ、其れに、月齢と他の惑星の動きもインターネットに拠り、何時でも把握出来る様にする。
其れに拠って、人類の意識が宇宙に向かい、體のリズムや農耕・漁業まで、古代の人達の様に、人間と宇宙の関係を実感体験できる様になる。・・・
「新しい暦を考える会」 http://star.ap.teacup.com/2007313/422.html
2003/4/7「正傳矢追日聖」 http://star.ap.teacup.com/170606/210.html
2005/4/8「暦と出来事」 http://moon.ap.teacup.com/20061108/332.html
2014/12/28「日本から世界に拡げる物」http://green.ap.teacup.com/20060818/3310.html
其れに、今朝「睦」の漢字を調べると、上隣りに監督の「督」が載っている。
「督・トク」【解字】形声。「目+叔」音符の叔は、いたむの意味。目がいたむの意味を表す。また、叔は中に通じ、中正な目でとりしまるの意味をも表す。また、とりしまるべき位置にあるかしら、長子の意味をも表す。
【字義】@みる。よく見る。調べる。Aただす。㋐取りしまる。「監督」㋑いましめる。㋒責める。とがめる。Bうながす。すすめる。「督促」Cかしら。おさ。多くの人を統率する。E長子。家をつぐ者。「家督」 漢語林より
此の「督」の漢字の意味からも、其れが出来る人材を、早急に準備する必要が有ると言う事に成りそうである。
今朝の文章の題は、此処のところ顕在意識のままで、映し出されて来る植物の姿から、「生命・セイメイ・いのち」の単語が改めて気に成るので、大和言葉の「生きる命・いきるいのち」とした。
2014/3/19・・生・セイ【解字】象形。草木が地上に生じてきたさまにかたどり、はえる・いきるの意味を表す。」
【字義】「@いきる。いかす。命がある。命を保つ。Aいきながら。いきたままで。Bいのち。生命。Cいきもの。あらゆる生物。また、人民。「生意」@いきいきとしたおもむき。生気。命がある。命をたもつ。A万物生々の意義。「生育」@生まれそだつ。そだつ。生育する。A生みそだてる。生んで養育する。・・・
「彼岸の入り」 http://green.ap.teacup.com/20060818/2999.html
2014/11/29「生命・いのちの素」http://star.ap.teacup.com/2006413/324.html?rev=1
生命のダルマ・法にに付いて説いた、仏陀釈迦の誕生日まで残り2日である。
平成29年4月6日
礒邉自適
2017/4/3
忄 章・しんしょう
29・4・3
本日4月3日は、神武天皇の誕生日と言う事に成っており、神道の世界の関係者の間では、其れに関する大祭が行なわれる日である。
今朝のメッセージの映像は、先ず、私の実家の大掃除が行なわれる場面が映し出されて来て、押入れの棚から、私達家族を撮影した、カラー写真が澤山出て来た。
次に、私が自分の衣装ケースを開けて、中の衣服を全て取り出すと、其のケース・箱の底に、私が是まで関わりを持って来た世界が、カラーで撮影されている写真が澤山出て来た。
其の両方の写真は、全てピントがハッキリしており、プロフェッショナルな人物が撮影した物である事が、理解されて来た。
次に、優秀な人々のグループの存在が示されて来て、其の人達は、単独で自分自身のテーマに取り組んで居り、夫々が、自分でレポートと言うか、論文を提出する立場に在った。
私自身も、其の仲間として活動をして居り、夕方、数名が本部事務所に集まると、私は朝食か昼食か判らない食事を、軽く一回食べただけである事に気付き、夕食に何を注文しようかと考えて居ると、皆が同じ状態で働いている事が判り、皆が寝食を忘れて、其の事に取り組んで居る事が理解されて来た。
其れ等の事に付いて、考えて居ると「忄 章」との文字が映し出されて来た後に、「ポニーテール」との言葉が告げられて来た。
其処で、照明を点けて時計を見ると「6時36分・636」であった。
今朝は、起きてPCを立ち上げると、「愈々よ」との女神の声が聴こえて来たので、女神のブログを開くと、続きの言葉が告げられて来た。
「愈々よ
貴方に 様々な事を お願いして
此処まで やって来ましたが
愈々 是から 本番の事が始まります
其れは 貴方の 意識の準備が 整ったからです
是までは 貴方自身の 意識の立替と言うか
本心を 定める必要があったので
其の為に 長い期間が 必要だったのです
其れは 貴方の意識確立の為の
準備期間であったと 言えるでしょう
是で 貴方の意識・本心と
此方の 意いの 疎通が
ずれる事なく 図れる事に成ります
ですから 貴方は 是までの
34年間の出来事を 全て 心から外して
新しい気持ちで 事に 当たらなければ成りません
其れだけが いまの貴方には 必要です
其れ以外の事は 何も 考える必要は有りませんよ
全ては 是からです
其処に 貴方の実力が 発揮できるでしょう
1984年6月4日・旧暦5月5日の
前の貴方に 立ち返りなさい
其処から 貴方自身の 本番が始まります
良いですか 心・意識を 澄ませて措くのですよ
其れが ポニーテールの 言葉の意味なのです 」
「愈々よ」http://moon.ap.teacup.com/20060103/821.html
「ポニーテール」を調べると、「女性の髪形の一。髪を後頭部に高く束ね、ポニーのしっぽのように垂らすもの。」と載っており、其れは、私が此の神の世界に入ってから、床屋に行くのを止めて、長く成った髪を、ゴム輪で縛る様に成ってから、30年程に成る事と関係が有る様である。
其れに、示されて来た「忄 章」の文字は、合わせると「慞・ショウ」の漢字に成るが、何故か漢語林には載ってはいない。
其れに、PCで慞の文字を検索しても、出て来ないのである。
其れで、今朝どうして「慞」ではなく、「忄 章」と二文字が離れて映し出されて来たのかが、理解されて来た。
そして、其の事が「ポニーテール」として示されて来たのは、文字か言葉の世界の後ろ髪を、堅く縛れ・結べとの理・ことが示されて来ている事が理解されて来た。
「忄 章」を漢語林で調べると次に様に載っている。
【忄】部首解説 りっしんべん(立心偏)。心が偏になるときの形。→心。
と、漢語林には載っており、立心偏の漢字は、184文字が載っている。
「章・ショウ」【解字】象形。金文は、黒だまりのついた大きな入れ墨用の針の象形で、あや・しるしの意味を表す。『説文』では、「音+十」の会意として、音楽のまとまりの意味と説く。章を音符に含む形声文字に嶂・彰・璋などがある。
【字義】@あや。美しい模様。かざり。色どり。Aしるし。「記章」Bはん。はんこ。「印章」Cあきらか。明らかにする。=影。「表章」Dあらわれる。また、あらわす。E楽曲の一節。首尾の完結した一段落。「楽章」F詩文の一節。首尾がそろい意義のまとまっている文章のひとくぎり。Gふみ。文書。文章。Hくぎり。ほど。きりめ。わかち。区別。Iのり。てほん。法律。法式。
漢語林より
此の説明に有る、「音+十」の会意として、「音楽のまとまりの意味と説く。」との説明からすると、「忄 章」との文字の意味は、心の音韻・音色を纏めろとの事が、示されて来ている事にも成る。
其の様に考えると、今朝のメッセージの映像に、大掃除の場面が映し出されて来て、私の実家・家族の写真と、自分の人生の経過が、写真で残されていた事が関係が有り、私が此処まで育って来た事の背景には、ピントの合った目線・視線で、私の人生を見詰め通して来た何物かの存在が有ると言う事に成る。
そして、今朝の女神のメッセージの言葉からすると、過去の自分個人の事は全て大掃除(消去・忘失)して、新しい「慞・忄+章」を行なえ・始めろと言う事が、示されて来ているのであろう。
其れに、今朝の今日の愉伽さんのビジョンは、実家に居て、最も信頼を寄せていた恩師が、17時に訪ねて来るとの事で、家の大掃除をしており、自分の掃除は済んだので、妹に残りの掃除をするように、指示していたとのことである。
其の愉伽さんの大掃除のビジョンは、今朝の私のメッセージと連携しており、新しい次元に旅立つ為には、何がどうあれ、自分自身の大掃除を済まさなければ、何事も始まらないと言う事なのであろう。
其の様に考えると、本日4月3日が、日本の国史の始まりと成っている神武天皇の誕生日である事と関係が有り、新しい世界史が、開始されると言う事なのではないだろうか。
そして、其の事の為に、今朝のメッセージの映像に映し出されて来た、優秀な人々が集える本部か、ITの窓口が必要であると言う事ではないだろうか。
其れに、其の活動の中心に私の意識の存在が有ったのは、私に2001年5月3日にグリーンクラブの印章が映し出されて来た事と関係が有り、其の印章の写真が、私のポニーテールの横顔であった事と、関係が有るのだろう。
2001年5月3日木曜日 曇り 憲法記念日
今朝のメッセージ
・緑色の名刺・黒色の文字・左向きの横顔シルエット
「引き受けてくれるか」 地球憲法 人類皆
息子 嵩靖 13歳誕生日
愛媛県大洲市 大洲神社 春期大祭
祭神 恵比須様「事代主命」
30年振りに神輿復活 11時より写真・ビデオ撮影
直会・なおらいで 宮司を囲んで5名で飲む
『善き世の中を 創り護る 人々の紹介』
【グリン・クラブ503】http://star.ap.teacup.com/0503/
2015/1/10・・本日1月10日は、「十日戎・とうかえびす」の日であるが、近江神宮で「天智天皇祭」が行われる日でもある。
「ヱビス」とは、鯛を抱いて釣竿を担いでいる大国主命の長男「事代主命・ことしろぬしのみこと」の事にされているが、神戸の「西宮神社」の祭神「蛭子・えびす」は、「伊邪那岐命・いざなぎのみこと」と「伊邪那美命・いざなみのみこと」の間に最初に生まれて、海に捨てられた、手足の無い蛭(ヒル)の様な子供の事である。
今朝のメッセージの映像は、日本の「蛭子神」に関係が有るのか、未明から朝に掛けて、生命が長い時間を掛けて、幾何学的な物の形から、体系を組み上げて来た事が、映像にて映し出されて来た。
其れ等の事は、時間・空間的に、現代社会の人間模様と言うか、有り様を示している。
だが、今朝のメッセージは、地球生命が是まで38億年のトキを掛けて、どの様に「体・からだ・骨格・殻」を組み上げて来たかが、基本の処から、長い時間を掛けて映像にて示されて来た。
其れは、我々人間が旧約聖書や、古事記の物語などで、神話的に言葉にするモノ・世界ではなく、純粋な、物の形の変化・進化の形態として、映し出されて来た物である。
其の世界こそが、純粋な科学の世界であり、其れが一昨日の紫微垣(しびえん)の壁の「窪み・盆」の中から、物の形が次々に現れた事と関係が有り、昨日のメッセージの「ユークリッドの研究」との言葉に、繋がる物なのであろう。
其れ等の事が、人間に正しく解明・認識されてくれば、古事記の「蛭子・ひるこ」の話や、旧約聖書の「神が自分に似せて 粘土で最初の人間を創った」などの話しは、消えて無くなる事は、明らかである。
其れに、今朝の映像で、私を集会所・公民館まで送ってくれた女性は、紫色系統の洋服を着ており、私が弟に連絡する為に、其の女性の持ち物である電子機器を借りて、スイッチを入れると、目の前に大きな縦型の画面が、映し出されて来た。
其の画面には、上部に画面表示の文字が有るだけで、画面には何も映し出されてはいないし、私は、其の操作方法が判らないので、慌てながらスイッチを切って、テレビのリモコンの様な器具のカバーを閉じて、女性に返した。
其の女性の存在が、エジプトの「太陽の船」に乗る頭に鏡を着けた「イシス女神」の存在を意味しているのであれば、目の前に現れた電子機器の画面は、其の鏡を意味しており、私は太陽の船に乗せられて居た事に成る。
其の様に考えると、其の映像が映し出されて来た時刻が、日の出の時間であった事と重なって来る。
昨日の文章には、書いていないが、昨日のメッセージの映像には、私の自宅の庭の入口の、門壁に取付けられている郵便ポストの前に、郵便配達の自転車が停まっており、其の向こう側には宅配のトラックが停車していた。
そして、其の郵便配達の自転車は赤色ではなく、宅配のトラックと同じ「モスグリーン(若葉色)」であった。・・・
「生命は物の形に在る」http://green.ap.teacup.com/20060818/3325.html
2015/1/11「晴るかす」http://green.ap.teacup.com/20060818/3326.html
『能く考えて見ろ。お前一人に何が出来るか。だから、神(はたらき)が必要なのだ。お前は、自分の意識を無にして、惟神道(かんながらみち)をまっしぐらに前進しなければ成らないのだ。』
此の今告げられて来た言葉は、私の父親の口調(慞)でもないし、土肥無庵の口調でも無い。
其れを考えると、上記した文章が三つ共、出雲の国造りを行なった大国主命の長男である「事代主神・戎様」に関係があり、渡来系の天津神である「饒速日命・にぎはやひのみこと」に譲った国を、本来の「政・まつりごと」に返せと言う事であるのではないだろうか。
其の様に考えると、本日が誕生日である神武天皇の曽祖父が饒速日命の弟である「天津彦彦火 瓊瓊杵尊・あまつひこひこほのににぎのみこと」である事と関係が有り、日本の「政・まつりごと」を、元の姿形に返して欲しいと言う事が示されて来ている事に成る。
其れは、大国主命の6代前の「須佐之男尊・すさのおのみこと」や、其の息子の「五十猛神・いそたけるのかみ」の時代まで「慞(忄+章)」を返す事である。
其の様に考えると、私に何故2001年5月3日の憲法記念日に、グリーンクラブの名詞・印章が映し出されて来たのかの譯が理解できる。
其れは、日本国の帝である天皇陛下が、毎年、植樹祭で木の苗をお手植えする事と関係が有り、其の事は、須佐之男尊が子供達と一緒に、全国に植樹をして廻った事に由来するのである。
2011/12/23・・何故、須佐之男尊が田の畔を壊し、馬の皮を剥いで「天照神」が作業をしている機織り部屋に投げ込み、儀式に糞を撒いたのか。
其れは、川を堰き止める事に反対し、山の木を伐って牧場にする事に、反対だったからである。
そして、其の様な暮らし向きをする民族の儀式を、止め様としたのである。
だから、須佐之男尊は暴力神ではなく、人類初の環境保護者なのである。
其の証拠に、須佐之男尊は自分の次男である「五十猛神・イソタケル」や、娘二人「大屋津姫命・おおやつひめ」「都麻津姫命・つまつひめ」と、日本中に植林をして回っているのである。
其の須佐之男尊の意志にそう為には、ダムを壊して、川の水の流れを元に戻し、山の牧場に植樹をして、牛肉を食べる事を止めなければ成らない。
そして、水田を元に戻して、米の消費を増やし、海藻や魚貝類の繁殖を、増やさなければならないのだ。
其れと反対の事が、是まで「経済発展」の名に於いて、戦後、此の日本列島で行われて来たのである。
其れは、日本だけではなく、現在南米のアマゾンの森林破壊や、アフリカの人口増加で、砂漠化が進んでいる事で顕著である。
其れ等を食い止めて、地球環境の安定化を進めるのが、此の日本の役割なのである。
其の為には、「千年の森」計画を長く進めている愛媛大学の「鶴見武道教授」の存在は、須佐之男尊の再来とも言えるであろう。・・・
「見えて来た神一厘の仕組み」http://green.ap.teacup.com/20060818/2160.html
2007/7/18「五十猛命」http://green.ap.teacup.com/20060818/3276.html
2013/2/11「お天道様の働き」http://green.ap.teacup.com/20060818/2591.html
2016/9/11「傲り高ぶりを止める」http://wave.ap.teacup.com/20060106/691.html
2012/11/11「黄色いシャツ」http://green.ap.teacup.com/20060818/2497.html
2013/3/13「516」http://green.ap.teacup.com/20060818/2621.html
2011/8/8「いのちの祭り」http://green.ap.teacup.com/20060818/2017.html
今朝のメッセージから、私が感じ取った事は、「慞(忄+章)」の漢字の意味が、「文章・文化」の単語に使用する「文・ブン・ふみ・あや」の文字の「人が自分の胸に 自分の意いを刺青している象形文字」と、同じであると言う事である。
其れは、今朝のメッセージに映し出されて来た「章」の文字の意味、「@あや。美しい模様。かざり。色どり。Aしるし。記章」と「文・ブン・ふみ・あや」が共通しているので、自分の心を章にする為の文章・理論を、組み立てなければ成らないと言う事である。
其の様に考えると、今朝の映像で、優秀な人々が夫々のテーマ・課題に付いて書いた文章を、持ち寄る本部事務所の存在が映し出されて来た事の意味も、理解されて来る。
何故、今朝の映像に映し出されて来た「慞(忄+章)」の漢字が、漢語林に無く、ITで検索しても出て来ないのかが不思議である。
だが、PCの「IME-パット」には有るので、日本の文化関係者が手抜きをしている事に成る。
其の事の背景にも、今朝のメッセージの映像で、是までの私の人生物語にピントをピタリと合わせて写真を撮っているモノの存在が関係しており、本日の為に「慞(忄+章)」を表に出さない様に、図っていたのではないだろうか。
其の様に考えると、今朝男性の声で、『能く考えて見ろ。お前一人に何が出来るか。だから、神(はたらき)が必要なのだ。お前は、自分の意識を無にして、惟神道(かんながらみち)をまっしぐらに前進しなければ成らないのだ。』と告げて来た物の正体が、何者なのかが気に成って来る。
いま、気に成ったので、隣の部屋に行き国語辞典「言泉」を調べると「慞」の文字に付いては無く、大漢語林で調べて見ると「慞」の漢字が有り、次の様に説明されている。
「慞・ショウ・シャウ」【解字】形声「忄(心)+章」
【字義】@おそれる(恐)。A慞惶・ショウコウは、あわただしい・あわてる。
此の意味からすると、私に何事が起きても、「恐れるな。慞惶するな。」と言う理・ことを伝える為に、慞を「忄 章」と離して示して来たのかも知れない。
其れとも、「慞」の漢字が「おそれる。あわてる。」との意味であるのは、「自分の心を章かにされるのを 人は恐れる」との意味合いであり、神が、人間の心を章かにする事を迫る時節が、到来した理・ことが示されて来ているのであろうか。
平成29年4月3日
礒邉自適
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