取説 はじめから この章の始めから この前のシーンから
第1話 逆転新世代(24)
7月16日 午前11時16分 被告人第一控え室
今頃、検察側はあのマスクマンと共に証言の調整を行っている頃だ。
こちらとしても、新たに判明したことを元に、被告からもう少し話を聞かなくてはならない。
その時、控え室の扉が開いた。入ってきたのは先程の証人だった。
「あ。糸鋸刑事」
「コラ!アンタ!」
声をかけるなり返ってきたかなり怒気を孕んだ声に、思わず王泥喜はたじろぐ。
「うわっ。な、な、なんですか!」
つかみかからんばかりの勢いで詰め寄ってくる糸鋸刑事。
「あの覆面レスラーが自分の十円をネコババしたってのは、本当ッスか!」
糸鋸刑事はかなり熱くなっているようだ。とりあえず、糸鋸刑事の怒りが自分に向いていないことを知りほっとする王泥喜。
「いや、だからあの証人が警察に連れて行かれたあとでしょ、糸鋸刑事が十円玉を落としたのは……」
王泥喜がそう言うと、糸鋸は考え込む。
「……そう言えばそーだったッス。残念ながら、無罪ッスね……で。黒田君の方は無罪になりそうッスか」
「そのためにも、情報をもっと集めないと。黒田さん。話してくれますね」
王泥喜はお茶を濁した。
「はい!なんでも聞いてください!」
黒田は力強く言った。が、頼りない雰囲気がバリバリ出ている。王泥喜とは似たもの同士だ。
「じゃあ、まずは審理で出てきた携帯電話のことです。一体、どんな話をしていたんですか?」
「瀬高さん、俺を食事に誘ってくれたんです。自分の家の近くにうまいカツ丼が食える店があるからって」
(刑事にカツ丼を勧められるのは……ちょっと抵抗があるなぁ)
「アイツ。……死んだ奴のことを言いたくはないッスが……嫌味な奴ッス」
糸鋸刑事はボソッと言った。
「何かあったんですか?」
「アイツは自分よりも後に刑事になったッス。それなのに……!アイツは部下にカツ丼をおごるほどの余裕!自分は落とした十円に泣く始末!不公平ッス!」
エキサイトする糸鋸に聞こえないように黒田が小声で耳打ちしてきた。
「糸鋸さん、日頃失敗ばかりしてるから給料がウナギ下がりなんです」
(ただの僻みじゃないか……)
そもそも、ウナギは登るものだと思う王泥喜。そして、ボソッと言う。
「動機……黒田さんより糸鋸刑事の方がありそうな気がしてきましたね」
「な、な、なんて事言うッスか!……そりゃあ、自分はアイツにも給料で追い抜かれた負け犬ッス。でも、そんなことで殺意を抱いていたら、所轄から刑事が一人もいなくなるッス!」
王泥喜の言葉に激昂する糸鋸刑事。つまり、所轄には糸鋸刑事より給料の安い刑事はいないと言うことだろうか。
黒田は言う。
「瀬高さんとは、日勤が終わったあとにあの公園で待ち合わせしていたんです。ただ……。俺、公園の場所とか知らなくて。署の近くなんですけど、俺もまだ署に配属されたばかりで、その周りの道とか詳しくないんです。だから、署からの道順を聞いたんです」
「瀬高さんの家、現場から近かったようですね」
「そうみたいですね」
黒田はそれほどよくは知らないらしい。むしろ。
「あの公園から出て、本当に目の前にあるアパートッス。自分の住んでいる所よりも小綺麗で、家賃も高そうで、住み心地も良さそうなアパートッス」
糸鋸の方が詳しそうだ。そして、また糸鋸の僻みが始まりそうだ。
(証人……マッチョ・ストロングもその近所に住んでたみたいだな……)
糸鋸の愚痴は続いていた。
「アイツ……。刑事になる前は所轄署で少年課に配備されていたッス。その頃は、自分の方が給料が高かったッス……思えば、アンタの所の先生が出てきた頃から自分の給料がだだ下がりになったッス!」
「えっ。そうなんですか」
「……そッス。あれは思えば、あの弁護士が出てくる4年前……」
「ずっと前の話じゃないですか!」
糸鋸の話はあまり関係ないようだ。いや。被害者の過去の話だけ、心に刻みつけておくことにした。
被害者・瀬高のデータを書き換えました。
つづく

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