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第1話 逆転新世代(31)
尋問中
「
そこからの俺は必死だった。犯人を捕まえる、それだけを考えてたな」
(この証言……強くゆさぶってみようか?)
「目の前で殺人が行われていて、恐怖はなかったんですか?」
「見てのとおり、犯人はあまり強そうじゃなかったからな」
マッチョの言う犯人……もちろん、黒田のことだ。小柄で、確かに強そうには見えない。
「あいつにこの言葉を送ってやりたいです!『山椒は小粒でもぴりりと辛い』!」
(……やっぱり、あまり強そうには思えない……)
「証人……、大きなナリだけど、証言はきっと甘いッス!」
マコの言葉に、王泥喜も頷いた。そうであることを祈りたい。そして、ささやかな指摘をマッチョ・ストロングに送る。
「でも、近くにナイフも落ちていたんですよ?」
「全然気付かなかったぜ。それに気が付いたのは捕まえてからだよ」
確かに、細かいところまで気を配れる状態ではない。見落としていて気付かなかった……特に、問題はなさそうだ。
「証人は犯人を捕まえようと飛びかかった……。その時のことは覚えてますか?」
裁判長が問いかける。
「……飛びかかるとき、植え込みに足を引っかけて転びそうになって、でかい声を出しちまったな」
「証人。先程、静かに忍び寄ったと証言しませんでしたっけ?」
裁判官が王泥喜を差し置いて証言にいちゃもんを付けた。
「近くまで忍び寄って、飛びかかろうとしたときに植え込みに引っ掛かったんだよ」
「植え込み?」
「上面図にも描かれています。ベンチを取り囲むように、鈎の手にある植え込みが……」
「ああ、現場写真にも写りこんでますね。被害者の足の方に……」
「まだ人が来てた頃の公園じゃ、夜中にはこの植え込みに囲まれたベンチでカップルがいちゃついてたもんだ……。今じゃ、殺人事件のせいで随分寂れちまったけどな」
「……それって……マコさんが巻き込まれたって言う、あの事件ですよね?」
隣にいるマコに聞いてみた。
「多分、そうだと思うッス。あの町尾さんが殺された痛ましい事件……!」
(今、目の前にいる証人も、一応町尾さんなんだよな……)
「今から10年近く前ッス。……あっ。年がバレちゃう!今のは忘れて欲しいッス!」
歳と言えば、一つ引っかかることがある。
「10年前……10代も半ばだった証人は、夜中の公園でカップルがいちゃつくのを見ていた……間違いないですね!」
よく分からないが、王泥喜は思わず指を突きつけながら言っていた。
「うぐっ……ほ、ほっとけ!」
マッチョ・ストロングはそっぽを向いてしまった。亜内も言う。
「異議あり!今はそのことについて議論しているわけではありません!」
「異議を認めます!誰もが通る、青春時代の思い出にケチをつけないように!」
(この反応……裁判長も同じような思い出があるんじゃ……)
とりあえず、事件に関係ないのは間違いない。
「
周りを見る余裕もなく、ただ犯人だけを捕まえたんだ!」
(この証言……強くゆさぶってみようか?)
「それが被告人……と言うことですね」
「そういうこった。こんな分かりやすいことを説明するのにどんだけ時間をかけさせる気だ?」
挑発的な態度で言い放つマッチョ。王泥喜はマッチョを睨み付け、心の中で呟く。
(こんな分かりやすいことを説明するために、矛盾だらけの証言をしているのは証人だ……!)
王泥喜は言う。
「念のために確認します。その時、現場には他の人物はいなかったんですね?」
「当然だ!」
「証人はさっき、周りに気を配っている余裕はないと……」
王泥喜の言葉に、亜内が反応した。さっきから微妙に影が薄い。そう言えば。どことなく髪も……。
「異議あり!証人は、犯人を捕らえてから落ち着いて周りを見たとも証言しているのですよ」
「異議を認めます。犯人を捕らえた後周りを見渡し、その時誰も見当たらなかった。何の問題もないでしょう」
確かにその通りだ。証人は、被告を取り押さえたあと、手持ち無沙汰になり辺りを見回し、ナイフなどを見つけたと証言している。
裁判長が問う。
「弁護人。いくつか話が出ましたが、どれか証言に付け加えるものはありますか?」
「そうですね……」
俺の答えを示すんだ!
「
公園に入ってすぐの所で、誰かの声が聞こえた」
「
池の側で被害者が首を絞められていた!」
「
犯人に飛びかかるとき、植え込みにつまずいて大声を出しちまった」
「
そこにいたのは俺と被告人、そして被害者の死体だけだ」

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