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第2話 逆転ブレンド(85)
尋問中
成歩堂は不敵な笑みを浮かべながら言う。
「証拠が提示できるなら提示しています。……しかし、提示することはできない。なぜなら、『それ』が消えてしまっていることが証拠だからです!」
「……どういう事ですかな?」
「おじさん……昨日の目撃者の証言では、被害者はバッグを持ってトイレに入ったはずです!しかし、トイレから出たとき、バッグは消えていた!」
「……確かに、そんな話が出ましたな。しかし、それが一体何を示しているのですか?」
「トイレに持ち込まれたはずのバッグは、何者かによって店から遠く離れた場所に持ち去られた……。つまり!道は塞がってなんかいなかったんです!」
道は繋がった。路地から、通りに。袋小路から真相に……。そう思った矢先。
「異議あり!……どうやら、また一つ明らかになったようだ。被告人の行動が……な」
御剣が気取ったポーズをとりながら言った。
「ど、どういうことです!」
何故被告人が関わるのか。成歩堂は御剣を問いつめる。
「被告人は被害者の逃げ場を奪うために道を塞いだ。そして、被害者は道を塞がれ、店内に戻った。だが、既に荷物は外に出した後だったのだ。荷物を持って店内に戻ることは出来なかった……。荷物は外に置きっ放しになったのだよ」
「しかし、荷物は見つかっていない!」
成歩堂は机を叩き、強く反論する。だが、御剣はこれっぽっちも動じた様子がない。
「その通り。そして、その原因となった道が塞がれた様子も、警察が駆けつけた時点では既になかった。……つまり、その障害物とともに、荷物も片付けられたのだ!」
「え。ええええええええ!……ど、どこに片付けたというんですか!」
ひとしきりのけ反った後、せめてもの抵抗とばかりに指を突きつけながら反論する成歩堂。その苦し紛れの反論に、御剣の方ものけ反る。まさに、窮鼠猫を咬むだ。
「うムっ……!そ、そのくらい自分で考えたらどうだ弁護人!」
御剣も焦りを隠せない。そこまでは思いつかなかったようだ。そこに、ゴドーが口を挟んできた。
「なあ、こんなのはどうだい?大通りの方まで荷物を持って行くのさ。そして、人通りの多そうな道端にでも放置する……。そうすりゃ、どこの誰の物かわからねえ忘れ物か落とし物として、通りがかった誰かがどこかに届ける。……わざわざ警察に届けるような暇なお人よしはそんなにいねえだろう。近くの店に届けるだろうさ。タチの悪い奴なら、さも自分の物と言わんばかりに持ち帰っちまうかもしれねえ」
その言葉を聞き、裁判官はかぶりを振る。
「なるほど。そうやってあなたは被害者の荷物を始末したんですね」
「クッ……!俺はやっちゃいねえさ。……だが、俺ならこうするって言う考えを述べたまでだぜ……!」
涼しい顔でコーヒーの香りを楽しむゴドー。なぜこの状況でコーヒーを楽しんでいられるのか。そもそも、なぜ被告人席でコーヒーを楽しむ被告人に誰も何も言わないのか。いや。そんなことはどうでもいいのだ。
「あの。そういうのは検察に任せて黙っててください!」
一番余裕がないのは成歩堂だった。そんな成歩堂にゴドーは言い放つ。
「悲しいサガ……だぜ。あんたの悪あがきを聞いてると、反論したくなっちゃうのさ!」
「その気持ち……私にも分かりますぞ!弁護人の無駄な悪あがき……叩き潰したくなります!その……こう、コツンと!」
コツンと木槌を鳴らす裁判官。
(なんだよなんだよみんなして!……いじめられっ子の気分だ……!)
「ともあれ、今は被害者の行動について考えているところです。被告人の行動については改めて議論しましょう」
裁判官は話を元に戻した。ちょっとだけほっとする成歩堂。だが。
(ううん。今の議論、無かったことになっちまった……)
反撃したつもりがドツボに追い込まれていた議論だ。無かったことになるならそれに越したことはない。成歩堂は裁判官の様子を見ることにした。
「そして、被害者はその後、何と言ったのですか?」
「
“高くて降りられないから手伝ってくれ”と」
「待った!あの窓……降りられないほど高いのですか?」
成歩堂の質問には、データを持っている御剣が答えた。
「トイレの窓は、中からは目の高さだ。だが、店の床自体が少し高めになっているので、外から見ると2メートルほどの高さになっている。とは言え、度胸があれば訳もないだろう。……もちろん、下に障害物が何もなければ、だが」
「障害物……?そんなもの、あったのですか?」
成歩堂は顎に手を当てて考えながら言う。
「警察が駆けつけた時点では存在しなかった。しかし、蓋を開けたゴミバケツやガラスビンなど、簡単に移動できる小物を下に置いておくだけで、窓から飛び降りるのを躊躇させるくらいはできるだろう。もちろん、そのようなものなら撤去するのも簡単だ」
つまり、窓からの脱出を予想したゴドーが、先手を打ってそれを封じに出たという考えだ。成歩堂は反論する。
「しかし、証拠はない!」
「被告人の指紋が付着したゴミバケツなどが店の裏手で発見されている。もちろん、日常的によく触れていたものだから指紋が付着したのだろうが、それを窓の下に移動した可能性は否定できない」
「つまり、そのようなことも十分可能だった。そう言うことですな」
(クソッ、さすが御剣だ……!ゆさぶればゆさぶるほど、ゴドーさんの疑いが深まっていくなぁ……。とっとと問題のある証言を見つけて、突破口を開かないと……!)
追いつめられていく成歩堂とは逆に、御剣は余裕たっぷりに証人に話しかける。
「証人。その電話を受けて、君はどうしたのだ?」
つづく

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