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第2話 逆転ブレンド(110)
「ゴミバケツにそのような仕掛けを施すということは、ゴミバケツが移動されたその意図を理解していたという事にほかならない。無銭飲食……その企てを阻むための仕掛けだったのだよ」
それはつまり、無銭飲食の可能性に気付いたゴドーが仕掛けたと言うことを示唆している。検察側の主張はそう言うことのようだ。ところで。
「そんなの、ゴミバケツを夜のうちに元に戻せばいいだけじゃないか……」
少なくとも、成歩堂ならこっそりゴミバケツを元の位置に戻すか、あるいはいっそ隠してしまうだろう。
「フッ……、再犯防止について考えることのない弁護人には理解できないかもしれないな」
御剣はいやな笑みを浮かべて言う。さらに、ゴドーまで口を挟んできた。
「アンタ……、無銭飲食をする人間の気持ちになって考えてみるんだな。窓から出ようとしたら踏み台にするつもりのゴミバケツがなかった。今回は諦めよう……。その後……さ。今度はもっとうまくやって、成功させてみようとは思わないかい?」
「そう……思うもんですかね?」
成歩堂も諦めは悪い方だ。だが、ダメなものはダメと割り切るドライさも持ち合わせてはいる。その度、立ち止まるなと尻を叩かれて前に進んできた。だが、こういうダメならそれに越したことがないことについては諦めそうな気がする。
「ねえ話でもねえさ。だが、ここでちょっと怖い思いをさせられたらどうだい?それでちっとは懲りるかもしれねえ」
「まあ……そうですよね」
ゴドーの言うことももっともではある。
「奴は窓から宙吊りになった……。そうでなきゃ壁に足跡なんか残らねえのさ。そこまで来て、そのまま路地に降りずにわざわざ店の中に戻るからには、下に降りられねえ理由があったはずだぜ」
ゴドーの発言を瞑目して聞いていた御剣は、ぼそりと言う。
「下に降りると危険な状況……か。下にまきびしでも撒かれていたか……?」
「まきびしって……。御剣……お前、最近忍者ナンジャに乗り換えてきてないか……?」
成歩堂はどうでもいいところにつっこむ。
「うムッ!?何を言うか弁護人!これはその……そう言うアレではないッ!可能性の話だッ!」
「今の社会でまきびしが使われる可能性がどれほどのものなのか考えるべきですッ!」
言いながら成歩堂はふと思う。なぜ、こんな議論になってしまったのだろうか。
「うム。確かに、まきびしが使われる可能性は低いかも知れない。それでは……」
御剣は考え直そうとした。その時、ゴドーが言う。
「うちの店にある踏んだら危なそうな物なんて、画鋲と割れたカップの破片くらいだぜ……!」
「……それで十分だ。そのような物がばらまいてあれば飛び降りるのをためらうだろう」
「時間があったってんなら、釘の飛び出した板くらいは用意できただろうしな」
「あの……ゴドーさん。検察側と一緒になって自分に不利な推理するの、やめてもらえませんかね」
成歩堂のツッコミに、ゴドーは無言でカップの中のコーヒーを飲む。
「コーヒーは熱いかどうか飲んでみないと分からねえ。熱そうに見えたら、少しでも熱さを和らげるために息を吹きかける。……そう言うことさ」
「……あの。どういうことでしょう」
いつものように、よく分からない。
「アンタ……完全無罪を狙っているのは分かるが、失敗すれば俺の単独犯行になっちまうのは分かってるかい?飲まされるかも知れねえ煮え湯……、飲まずに済むと思っても、冷ましたくなるのが心情なのさ。こいつは卑劣な罪人の保険……万が一の時に、証言台に立つコネコちゃんに毒の染みたヌレギヌを着せるための推理……だぜ。これが真実じゃないことを証明することは……アンタらの仕事さ」
裁判官は言う。
「濡れ衣を着せるという言い方はどうかと思いますが、証人の主張には合理性が認められます。どうやら、自白には信憑性があると考えていいようですな。証人は……濡れ衣を着る気満々のようです!どうやら、このまま判決を出してしまうのが多くの人が望む通りの形になるのではないか。そんな気がしてきました!」
今までの話をまとめれば、殺害に関する一切合切を行ったのはミラであり、ゴドーはただ単に無銭飲食を阻止するためにちょっとした意地悪をしただけだ。これで判決が出れば、殺害に関与していないゴドーは無罪だろう。だが。
(ぼくたちはまだ真相に近づいてはいない……!こんな勝ち方……悔いが残るに決まってる!ゴドーさんがゴミバケツを移動して被害者を引き返させた……?そんなはずない!矛盾からそれを証明できるはずだ!推理と矛盾する事実……突きつけてやろう!)
成歩堂は机を叩いて言い放つ。
「異議あり!被告人がゴミバケツを移動したはずがない!ゴミバケツを移動するタイミング……それはほんの一瞬のチャンスです。被害者が窓から身を乗り出す前に移動しては被害者は窓から出ようとしません。一方、ゴミバケツを踏み台にして降りてしまったあとでは遅すぎる!タイミングを合わせるには被害者の行動を見張らないといけないんです。しかし……。被告人にはそれができなかった。被害者がトイレに行っている間、この人物と話をしていた!」
ぼくの答えを示そう
つづく

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