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第2話 逆転ブレンド(174)
成歩堂はかぶりを振ったあと、口を開いた。
「どうやら、この証拠品は証人の犯行を決定づける証拠品にはなり得ないようです」
「そのようですな」
裁判官も頷いた。鏡二による犯行の可能性を示すことは出来る。しかし、多くの他の可能性を否定する材料にはならない。そこで、成歩堂は大博打に出る決心をしていた。
「しかし、やはりこの自転車の存在が真犯人を指し示しています。この自転車のためにアリバイが崩れる人物がいます。それは……ミラさんです!」
御剣もこの一件暴挙と言える選択を待っていたらしい。不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。
「……うム。どうやらそのようだな。自転車は公園のそばで発見された。彼女が公園に行ったことも明らか。確かに結びつけるのはたやすい」
「な、なんだって……」
鏡二は顔を引きつらせた。成歩堂はさらに畳みかける。
「証人とミラさんの証言は食い違っています。どちらかがもう一方をかばっているのは明らかだ!」
「そして、そのために嘘をついているのがこの証人だと考えるわけですな?」
裁判官は考え込んでいるようだ。
「証人・須潟美羅は既に犯行を全面的に認めている。ゆえにその考え方は自然と言えるだろう。須潟証人はギルティを出て、店の裏で被害者を襲撃した。その直後に自転車で出発すれば、証人との合流に間に合う。写メールはいくらでも撮影時刻を偽装できるので考慮する必要はない」
御剣は冷静に言う。その一方で話を聞いていた鏡二は冷静さを失いつつあった。
「そ、そんなバカなことはありませんよ!一体何で自転車が現場の近くにあったって言うんですか!そんな証拠があるんですか!」
成歩堂が口を挟む。
「入れ替わり計画……。証人、あなたの証言によると本当の入れ替わり計画は、被害者が証人を出し抜いて店に一人取り残し、再びミラさんと合流するつもりのようでしたね。先に行ったミラさんを被害者が追いかけるために自転車を用意していたのでしょう」
「弁護人。その入れ替わり計画が須潟美羅を庇うための嘘だったとしたらどうなる?」
御剣の問いに答える成歩堂。
「それならばミラさんの自白を採択するまでです。その自転車は被害者が無銭飲食後、ミラさんに追いつくために用意していた。理由は違っても、目的は同じです。証人が現場に行っていないなら、被害者が窓から出ようとする理由は無銭飲食以外にありませんからね」
「確かに、被害者の自転車を被害者が用意した……疑う余地はないようだ」
「想定外の場所から自転車が出てきたため、証人はミラさんを庇うために自ら自転車に乗ったと証言した……。説明がつきます」
「待ってください!なんで兄貴が用意した自転車を美羅が使うんだ!どうやってその存在を知ったって言うんですか!」
「弁護側としては不本意ですが……。被告人が共犯であったと考えれば、店の近くに置かれた不審な自転車について、ミラさんに情報を流した可能性が高いでしょう」
「そう。彼女の自白の通り、だ……」
危険な掛けだ。鏡二がこの考えを認めてしまえば、ゴドーが幇助犯として有罪になってしまうだろう。だが、その可能性は限りなく低かった。
「違います!自転車は俺が乗ったんだ!公園に行くために!」
「それならば、なぜ自転車に証人の指紋が残っていないんですか!こんな当たり障りのない理由のために、証人は指紋を拭き取ったと言うんですか!」
弁護人が自分の関与した可能性をちらつかせ始めているというのに、動揺するそぶりすら見せなかったゴドーが、相変わらずの落ち着いた様子でにこやかに口を挟んできた。
「クッ……言い争いは不毛だぜ。彼女本人に聞いてみればいいのさ。あんた……ギルティから公園まで自転車を使ったのかい?ってな」
「あなたを庇うために全ての罪を認めた彼女です。我々が納得できる答えを用意して問い質せば、その答えを受け入れるでしょうね」
成歩堂もまた、勝利を確信した顔で鏡二に追い打ちをかけた。鏡二は険しい顔で目を瞑り考え込んでいたが、不意に口元に笑みを浮かべた。
「……どうやら、俺の負けみたいですね」
成歩堂は、改めて問う。
「証人。加賀美鏡一を殺害したのはあなたですか?」
「どうやら、そのようです」
鏡二は静かに答えた。裁判官は身を乗り出す。
「証人!罪を認めるのですか!」
「もう、認めるしかないみたいですから」
加賀美鏡二は、一つ溜息をついた。そして、一瞬だけ、憑き物が落ちたような穏やかな表情を見せた。しかし、それは一瞬だけのこと。今まで以上に冷淡な表情になり、口を開く……。
つづく

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