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第3話 あるまじき逆転(13)
同日 某時刻 県立国際ひのまるコロシアム
王泥喜が宿舎を探して広場に出ると、にわかにあたりが騒がしくなった。
「きゃあああああ!」
甲高い女性の声がする。しかも一人や二人ではない。その声は怒号となって無数に渦巻く。
何か事件でも起きたのか。いや、この騒ぎの感じ……。これはむしろ、スターがそこに現れたときの騒ぎ方。悲鳴ではなく、黄色い歓声だ。
見れば、確かに女性たちが必死に前に出ようとし、手を伸ばしたり足を伸ばしたりしている。よく見ると鼻の下も伸ばしているようだ。
「入っちゃだめでありますっ!まだ会場を開場する準備ができていないようでありますからしてコレえっ」
拡声器を持った警備員が必死に押し寄せる人々を押し返そうとしている。押し返しきれず、踏みつぶされる警備員。警備員の代わりに拡声器のハウリングが断末魔の悲鳴を上げた。
そんな修羅場を背に、一人の男が会場に近づいてきた。見たことのない、知らない人物だ。だが、その顔を一目見ただけで王泥喜は悟った。彼が、牙琉検事なのだと。
王泥喜の知る牙琉という人物と比べると歳も若く、顔も雰囲気も違う。明らかに別人だった。だが、面立ちはどこか似ている。
彼は王泥喜を気にも留めず、服からぶら下げた何本もの鎖をジャラジャラ言わせながら会場に入っていった。やはり、検事なのだろうか。
王泥喜がその人物を追いかけて話を聞いてみようとしたとき、背後から声をかけられた。
「あーっ!オドロキ君発見ッス!身柄確保ッス!」
糸鋸刑事ではない。女性の声。振り返ってみると、案の定いつかのウェイトレス・須々木マコだった。
「あ、マコさんコンチワ!……今日はお店の方はいいんですか?」
「……まさかキミの口からそんなすっとぼけた言葉が聞けるとは思わなかったッス。……うちのマスターを連れ去ったのはどこの誰ッスか!」
そういえば、マコの店のマスターは成歩堂がどこかに連れて行ってしまった。
「マスター不在のお店は帰ってくるまで夏休みッス。従業員のアタシも夏休みッス。そんな暇を持て余したアタシをイトノコ先輩が余ったチケットで誘ってくれたッス!……それなのにこんなことになってしまって……」
「ツいてないですねー」
「まったくッス。スズキの人生はまさに不運と敗北と大番狂わせの見本市ッス。生後6ヶ月の時、マンションの9階から落っこちたのを皮切りに、一通りの乗り物には轢かれ、一通りの食べ物にはあたり、大体の試験には落第して、ほとんどの災害をも経験して、マジックショーを見に来ればカードやコインより先にショーそのものがきれいさっぱり消え失せる始末!……でも。今回の殺人事件には巻き込まれてない分、確実に運は向いてきてるッス。アタシに降り懸かるはずだった不幸を関係ない人に見事に押しつけた感じッスね」
にこやかに言うマコに対し、王泥喜は心の中でつっこむ。
(それって……いわゆる疫病神ってヤツなんじゃ……)
「それで……オレに何か用ですか?」
「ショーも中止、先輩はソーサッスから……アタシ、する事がないッス。だから、キミのソーサのお手伝いしてあげようかなって。それで、何か有力な情報を手に入れたら先輩に垂れ流すッス」
「……それ、お手伝いじゃなくてスパイじゃ……」
「そんなことないと思うッス!さあ、行くッス!ソーサッス!」
「オレの場合チョーサですけどね」
その前に、王泥喜は一つ気になっていることを聞いてみた。
「あの。なぜウェイトレスの制服でショーを見に来たんですか?」
「コレッスか?先輩、今日はデカダマシイと男のロマンと血の汗の染み着いた一張羅を着込んでくるって気合い入ってたッスからね。アタシも負けてられねッス!ウェイトレスダマシイと女の色香とコーヒーの染み着いた制服で対抗したッス!」
(張り合う意味はあるのか……?)
真実を知れば謎が解ける……とは、一概には言い切れない。真実が新たな謎を呼ぶことがある。王泥喜はそれを身をもって知った。
つづく

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