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第3話 あるまじき逆転(70)
王泥喜が気になっていたのは、現場にあったはずなのに片付けられていたという機材の山のことだ。
「昨日、座員のポランさんに話を聞いて、現場の様子で気になる点があると言われました。それは現場である舞台裏がやけに片付いているということでした」
「え。そ、それは気付かなかったなあ。周りの状況なんて見てる余裕なかったし」
露骨に怪しい態度を見せるチャラン。涼しい顔をしているが、これ見よがしに汗まみれになっている。何か隠している……?
この情報は隠し球だ。まだぶつけてしまうには早いかもしれない。しかし、向こうも何かを隠しているならこちらも思い切った手段に出るべきか。
「ポランさんの話では、練習が終わったときにはまだマジックの機材がいくつも置かれていたそうですね。しかし、事件後の現場からはそれらが消えていた!」
「それは初めて聞く話だね。でも……その機材は確かにそこにあったのかな?」
牙琉も口を挟んできた。
「機材は翌日に行われるはずだったショーで使われるものです。普通なら片付けたりするはずがありません」
「……機材はあった。そう考えるのが自然みたいだね」
王泥喜はさらに畳みかける。
「ポランさんの考えでは、犯人が片付けたのだろうと……。事件は衝動的なものだった。よりにもよって、マジックのタネが詰まった舞台裏で事件を起こしてしまった!事件が発覚し、現場を調べられればマジックの秘密まで知られてしまうことになる。焦った犯人は、マジックの機材を隠した……。一座のメンバーにとってマジックのタネを知られることは、事件が発覚するより恐ろしかったのだとポランさんは言っていました」
元々落ち着いてなどいないが、ここにきてますます落ち着きをなくしてきているチャランが言う。
「へ、へえ。そこまでまずいことなのかねえ。まあ、おいらもそんな気はするかもな」
やりとりを聞いていた牙琉が涼しい顔で口を挟む。
「どうやら、一座には志の低いメンバーもいたようだね。でも、オデコ君の指摘は一座の誰にでも言えることさ。もちろん、座長の娘なんて言う立場の被告人にもね。被告人による犯行の可能性を否定する材料にはならないよね」
「確かに、片付けられていたという事実だけでは。しかし、そうなるとおかしな点がでてきます。こんなあからさまな現場の変化について、目撃者の二人は全く証言していないようですね」
王泥喜の意見に裁判長は深く頷く。
「確かに、その通りです!」
まるで犯人でも見るかのような視線が視線がチャランに集中した。
「う。だ、だって。おいら特に何とも思わなかったし」
何とも思ってない割には動揺丸見えのリアクションをとりながら言い訳するチャラン。
「意識の低い座員のようだしね。いっぽう、もう一人の目撃者である副座長・或真敷バランにしてみれば、調べられたくない機材が被告人によって片付けられていたことは願ったり叶ったりだったんだろうね。だから黙っていた……困った人たちさ」
一応、これでもフォローのようだ。そして。
(あれ。いつの間にか被告が片付けたってことでまとめられてる……?)
王泥喜がそれに気付いたときには手遅れだった。裁判長は言う。
「まったく困った人たちですな。弁護人、証人が死体を発見したときのことでほかに証人に聞いておきたいことはありますか?」
(おいおい。本当に今の話終わっちまったぞ!)
「うう。それじゃあ……」
王泥喜は仕方なく、他のことについて聞いてみることにした。
つづく

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