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第3話 あるまじき逆転(178)
・前任弁護士
成歩堂はここに来た本来の用件を切り出す。
「或真敷ザックの事件ですけど。ついさっき、被告人の事情で弁護士が急に交代になったんですよ。それはいいんですが、引き継ぎに関して問い合わせたいので前任の弁護士が誰なのか知らないかと思いまして」
「交代だって……?これはまた面白い冗談だね」
そう言い、にこやかに笑う。成歩堂もまたにこやかに言った。
「冗談を言いにこんな入りにくいところにまで来ませんけどね」
それもそうだと思ったのか、牙琉検事は真顔になる。
「……交代って、本当なのかい?」
「本当です。なんなら被告人に直接確認してくれて構いませんよ」
「やれやれ、本当みたいだね。明日の法廷は楽しみにしてたのに。何せ……ぼくの兄貴との初対決になるはずだったんだからね」
「兄貴?」
どうやら、その“兄貴”が成歩堂の前任と言うことになるようだ。
「そうさ。あんたも弁護士なら、牙琉霧人の名を知ってるはずさ」
「ええと。たまにテレビで聞くかも知れませんね」
「その牙琉霧人こそ、ぼくの兄貴にして明日のぼくの対決相手……だった弁護士さ」
「牙琉霧人……」
有名な弁護士だ。事務所も調べればすぐに分かるだろう。早速行ってみることにしよう。
だが、その前に明日対決することになるだろう彼自身のことも少し聞いておきたい。
・ガリューウェーブ
「それにしても、バンドと検事を両立なんて……。公務員の副業は禁止じゃありませんでしたっけ」
牙琉検事と、ガリューウェーブのボーカル。この二つの顔は矛盾している。成歩堂はこの事実を突きつけてみた。牙琉検事は髪をかき上げながら苦笑いを浮かべた。
「やれやれ、こんなところにまでぼくに会いに来る熱心なファンかと思ったら、何も知らないんだね」
「ファンじゃないと散々言ってますけどね」
「いいさ、教えてあげるよ、ぼくのこと。……正直、男相手にはあまり気が進まないんだけどさ」
「それなら別にいいですよ。あまり興味ないですし」
「そう言われると、なんとしてでも興味を持って欲しいと思っちゃうなぁ……。出来れば女の子がいいんだけどね」
よほど女の子に自分のことを知ってもらいたいようだ。それなら、成歩堂にも落とし所がないわけでもない。
「じゃあ、聞いたことはぼくの知ってる女の子にでもひけらかしておきますね。ぼく、女の子の知り合いならなぜかむやみやたらといますし」
その言葉に真顔になって成歩堂を睨み付ける牙琉検事。
「……なんだろう、この敗北感……。ま、いいさ。僕たちガリューウェーブはね、検事のぼくを筆頭に、警察官などで構成されているんだ」
すぐに笑顔に戻って説明を始めた。
「……いいんですか、それ……」
「元々は趣味のようなモノだったんだけどさ。人気が出たことで欲の深い上役が目をつけてきてね。検察や警察のイメージアップのために利用しようと躍起になってるんだ。言ってみれば、僕らは警察や検察の広報担当みたいなものだね。市民に愛される警察・検察になるために必死さ。……おっと、今のは内緒だよ。あくまでも、表向き葉ぼくの趣味でやってるバンドだからね。実際、勤務時間外のバンド活動は趣味と言うことになってるし」
趣味を仕事にできている反面、実質勤務時間外も趣味という名目で仕事をやらされているようなものか。いいような、悪いような。
「はぁ。警察や検察も大変ですね」
「言ってみれば、僕らはマスコットみたいなものさ」
警察のマスコットと言えば。
「ああ、タイホ君みたいなものですね」
そう言った途端、牙琉検事の顔が曇った。
「一緒にしないでもらえるかな」
「あれ、タイホ君、嫌いですか」
「最近のタイホ君はいいんじゃないかな。でも……昔のあいつは嫌いさ。この間もバンドーランドでライブがあったんだけどね。そのリハーサルの時、誰もいないはずの薄暗い客席に……プロトタイホ君っていうの?あの着ぐるみがいつの間にかぽつんと座ってたんだ。それに気付いた時、びっくりして演奏をとちっちゃったよ。見てくれ、その時のことを思い出しただけでこの鳥肌!」
確かに、スゴい鳥肌だ。それにしても、自分はなんでこんなことを愚痴られているのだろうと心の中で呟く成歩堂。事件にも裁判にも、まったく関係ないではないか。
つづく

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