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第3話 あるまじき逆転(276)
「ところで、そのDVDをわざわざ会場にまで持って行ったのはなぜですか?」
この行動だけは解せない。すぐ近くの自分の部屋に置いてくればいいだけではないのか。
「いろいろ事情があるのです。私はご存じの通りみんなの或真敷バラン。私の部屋はいつでもみんなに開かれているのです」
いつも通り分かりにくいバランの説明にみぬきがフォローを入れる。
「部屋の鍵が壊れてるんですよね。だから誰もわざわざ入ったりしないバランさんの部屋になってるんですよ」
「誰が入ってくるかわからないのに部屋の中に無造作に置いてはおけませんからな」
みぬきとバラン、二人の意見は食い違った。結局、その入り放題のバランの部屋に人は来るのだろうか。
「でも、いくら入り放題でも引き出しやクローゼットを開けたりまではしないでしょう。そう言うところにしまっておけるんじゃ……」」
「どこかにしまうとそのことを忘れてそのまま寝てしまうかもしれない。肌身離さず持ち歩くのが何よりだと踏んだのです。それに、メールを打つのは時間との戦い……物を隠しながらなど、この奇跡の男バランにすら不可能ッ!」
「バランさん、メール打つの遅いですもんね」
「遅いのに無駄に長いんですか」
それでも絵文字を使わないだけ、いくらかマシなのだろう。
「あえて簡潔にして何かを悟られるわけにもいきません。だからこそ、急ぎのメールでもいつも通りの調子で歩きながら打ったのです。歩きながらメールを打つ……奇跡の男だからこそできる技でしょう」
街角はなんと奇跡で溢れていることだろうか。とにかく、湯上がりにチャランに声を掛けてからの宿舎でのバランの行動は本人にしか分からないことは確かだ。
「宿舎と会場の間にはポランさんが居てバランさんの姿が目撃されていましたね。バランさんはポランさんに気付きましたか?」
「いいや。私の目は携帯電話の画面に釘付けでしたから前も後ろも足元も、何一つ見えていませんでしたぞ」
「おかげでオレの明日も見えてこないんですケド。もちろん、会場に着いてから誰かを見かけたりなんかはしてませんよね」
そんなことがあれば、みぬきよりもその人物に罪を着せようとしていたに決まっている。期待はできない。
「現場に着いたこのバランが目撃したのは血の海に浮かび息絶えた我が相棒の無惨な姿……。しかしさすがはザック。往生際の悪さは見上げたものです。まさかあの時点で生きていたとは。おかげで刺された正確な時間もうやむやですぞ。どうせ生きているなら意識もあれば一も二もなく救急車を呼んだのですがね。それならこのバランにあらぬ疑いがかかることもなかったでしょう。まったく、とんだ相棒だ」
死んだザックも草葉の陰で同じ事を思っていることだろう。
「意識がなくても普通は一も二もなく救急車を呼びます。アリバイはないし、被害者の最後の行動はバランさんを電話で呼び出すことでしたし、現場でのバランさんの行動が行動ですし。むしろ犯人じゃないと信じる根拠がほしいですね」
もはや、手詰まりだ。バランが無実だという根拠について、本人から聞き出すしかない。
聞き込み項目追加
・無実の根拠
つづく

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