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第3話 あるまじき逆転(319)
聞き込み中
・幕引き
最後に被害者・或真敷天斎は二人の弟子を呼び寄せて、その人生の幕を引かせようとした。二人ので死にだした手紙からはそうとしか思えないが、ザックはその当然の事実に疑問を抱いているようだ。詳しく聞いてみることにした。
「私はね。師匠はあの手紙で我々二人に殺されようとしていたわけじゃないんじゃないかと思っているよ」
「それはなぜ……?」
「君が裁判で言ったとおり、あの手紙にはピエロの人形という逃げ道があった。そして、バランはあんな感じだ。幕引きに使うものが銃である限り、うまくやれたとは思えない」
銃恐怖症。バランが或真敷天斎の命令を成し遂げるには、その如何ともし難い障壁を乗り越えねばならない。
「確かに。……それじゃあ、天斎さんはザックさんがピエロを撃ち、バランさんは撃てずに終わるという結末を最初から予期していた……?」
「そう思うね。もちろん、私がピエロに気付かなかったり、バランが銃を撃てたという可能性はあったが、その時はそれでよかったんだろう。私がこの仕掛けに気付かない程度なら、引き継がれなかった興業権は宙に浮くから能なし同士で勝手に奪い合えばいい。バランが銃のトラウマを乗り越えて引き金を引いたなら、それだけの覚悟と憎しみを持っていたという事だ。撃たれて本望だったろう」
「そして、シナリオ通りに進んだ時には、確実にしとめてくれる第三の人物が用意されていた……そんなところですかね。もしかして、或真敷ザック・バランの他に弟子がいたりしませんか。たとえば……或真敷チャラン・ポランとか」
何気なく、思いついたことを軽い気持ちで口にする成歩堂。
「……おもしろいことを言うね。私が弟子をとったときはその名前を使わせてもらうよ」
本気なのか冗談なのか、読み切れない顔でザックは言う。
(……まだ見ぬ弟子たちに、悪いことをしてしまったようだ)
「もちろん、君の権利は尊重するさ。チーム名は『成歩堂龍一プレゼンツ・或真敷チャラン&ポラン』になることだろう」
そう言い、ザックは成歩堂の目を見た。冗談を言っている目には見えない。成歩堂は恐怖する。
「お気遣い無用です、絶対に」
共犯者として名を残す気はない。
「幕引きを委ねる相手か……。そんな無茶な頼みが出来るような相手には心当たりがないな。師匠を殺したがる人間なら、何人もいるだろうがね」
「しかし、夜中の病院に入り込んで、二人の時間外の見舞い客が帰ったところで現場にたまたまあった銃で射殺なんて、部外者には出来ませんよ。少なくとも呼び出しのことを知らないと」
「すると……残るのは自殺の線か」
ザックの言葉に成歩堂はかぶりを振った。
「それも難しいですね……。それならば銃に天斎さんの指紋が残ります。それに、自分を撃った後銃を台の上になんて置けません。偽装工作をしたバランさんが銃の指紋を拭いて銃を台の上に置いたとして、それだけじゃクリアできない問題もあります」
「ほう、なんだいそれは」
「銃創の位置です。銃で自分の頭を撃つとしたら、普通はこめかみを撃ちます。額は撃たないでしょう」
「ふむ。確かに……やりにくいな」
「それに、それなら額の傷に焼け焦げの痕ができるはずです。そんな話は出ていませんからね。……やっぱり、天斎さんは誰かに撃たれたんだと思いますよ。自分で撃ったわけじゃない」
ザックはふうっと溜息をついた。
「……やれやれ。私には刑事や探偵は向いてなさそうだな。やっぱりプロに任せるよ」
(取り調べは向いてそうだけどな……。する方も、される方も)
そんな心の中での呟きはともかく、ザックから聞ける話はこんなものか。あとは……先ほど受け取ったものを返しておこう。
つづく

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