久遠の青春 スピンオフ 路傍の雛罌粟のように
04.ダブルス・デート(5)
「じゃあ、よろしくお願いしますよコーチ」
冗談めかして言う吉田に対し、少し照れたように長沢さんは返す。
「うーん。教えるのって、あんまり自信ないのよね」
「でも、そっちのテニス部じゃ当然他の部員に教える側でしょ」
俺の言葉に長沢さんは小さく頷いた。やっぱりそうか。うちの学校にもこのくらい素敵なコーチがいてくれれば俺だって今頃は。でもこれからは。
「そうね。でも……こんなこと言っちゃうのもなんだけど、教えてもあんまりうまくなってないような」
長沢さんにこんな顔をさせるなんてとんでもない連中だ。その怒りも込めて言ってやった。
「君は悪くないよ。彼らの教わり方が下手なんだよ」
でもなんというか。あの四天王とか自称している連中も言うほど下手じゃないよな。雰囲気はへっぽこ感を惜しげも無く醸し出してはいるものの、少なくとも俺たちよりはうまいし。
「そうね。きっとそうだわ」
でもそういうことになってしまったようだ。もしかして、俺たちもちゃんと上達できないと教わり方が下手だったという事になってしまうんじゃないだろうか。ハードルを自分で上げてしまった気がする。頑張らないと。
緊張感が増した気がする練習を始める前に、吉田がどう組分けするかを改めて確認する。
「やっぱり男女ペアっすかね。一番へっぽこの樹里亜が長沢さんと組むってのもバランス的には悪くないんすけど」
「へっぽこなの?」
聞きにくいことだが言われちゃったんだし、と言った感じで本人に直接尋ねる長沢さん。竹川さんにとっても隠すほどの事ではないようだ。
「ええ。基本を知ってるってくらいですよー」
「なにぶんコーチが長くやっててもただの素人の俺っすからね」
なぜ胸を張る、吉田。そして実質吉田がコーチなのは俺も同じだ。今の話でパワーバランスは把握したらしく、長沢さんは頷いた。
「今の時点では何もバランスにこだわる必要はないわ。いつか実力がついたらそれでやってみましょ」
「そうですね。せっかくのデートだし」
竹川さんがさらっと言った。
「で。……デ?」
さらっとは受け流せず真っ赤になりつつ硬直する長沢さん。そういえば、今日のことはすっかりデートと言う認識だったものの、今に至るまで長沢さんの前ではデートと言う言葉は一度も使ってない気がする。さすがに、気恥ずかしかったし。そのせいで長沢さんも今日の事はあくまでも練習と言う認識だったらしい。だからこそ、竹川さんを呼んだり、おまけに吉田までついてきた。まあ、そのおかげでダブルデートになったんだけど。
「ん?俺たち、普通にダブルデートっていう認識でしたけど。なんか違いました?」
無表情で言う吉田。分かってて言ってるなこいつ。
「最初は長沢さんと三沢君の二人だけだったんだもんね。でもダブルスの方が二人の距離が近いからって私たちが誘われて……」
竹川さんは言った。こっちは吉田の意図はよくわかってなさそう。ダブルスありきで誘いをかけてきたことまでバラされて長沢さんが慌てた。それは内緒のつもりだったようだ。まあ、竹川さんが誘いをかけられたことを吉田に伝える時点で既にそこまで話してあったみたいだし、吉田も隠す気は無かったからすでに俺も知ってるんだけど。
とりあえず、さっさと練習に入った方が余計なことを考えなくて済むだろう。そう思い、長沢さんに声をかけた。
「さあ、せっかくの機会なんだから練習練習!手取り足取り教えてくれるんだよね?」
ポンと肩を叩く。
「テトラシトリっ!?」
とどめにしかならなかったらしく、謎の単語を口走りながら飛び上がるる長沢さんだった。

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