久遠の青春 スピンオフ 路傍の雛罌粟のように
05.永遠の0(ラブ)(4)
気を取り直し、また打ち合いが始まったその時。
「ん?ちょっと待って」
吉田が何かに気が付いた。その視線を辿ると俺の目も校庭の隅をこそこそしながらも堂々と突っ切る不審な関係者の姿を捉える。テニス部二年生男子・鴨田先輩だ。私服姿にノートパソコンのバッグを持ち、その場所に合わない格好のせいかやたらと周りを気にしながら歩いている姿は、いかにもオタクっぽい眼鏡も相まってとても変質者っぽい。
「誰?」
初見の長沢さんは素直にそう聞いてきた。
「うちの先輩」
「親しみやすそうな人ね。声かけてみても大丈夫?変な人じゃない?」
答えに苦しむ質問だ。長沢さんの想定している変な人ではないだろう。だが、変な人だ。でもまあ。
「声は掛けて大丈夫だよ。危ない人じゃない」
いや、やっぱりアブないか。ある意味。
鴨田先輩はこちらに気が付くと逃げるどころか全力で駆け寄ってきた。敵地を敗走中の兵士が味方の旗を見つけたような反応だ。歩み寄った吉田とフェンス越しに会話を始める。
「お、おい吉田。楽しそうだな。楽しいか」
「ええまあ、楽しんでますよ。で、なんか用すか。ナガミーでも眺めに来ましたか」
自分の名前に吸い寄せられるようにそちらに歩み寄る長沢さん。
「いやその、そんなことは……おうっ」
休日に私服で学校敷地内をうろつくという不審者モードゆえに背後はやたらと気にしていた鴨田先輩だが、フェンス内は警戒していなかったらしい。視界にいきなり長沢さんが現れたことでのけぞる。ましてただでさえ超絶美少女なのに今は化粧で超超絶美少女になっている。非モテ男子では直視しただけで精神的にダメージを受けるレベルだ。
そして、長沢さんも手持ちぶさただったから近付いただけらしく、別段鴨田先輩に用は無かった。気まずくするだけして無言で立っている。鴨田先輩は気にしないことにして、気にしないように、どうしてもやっぱり気になりつつ吉田との会話に戻る。
鴨田先輩は根室先輩に呼び出されたようだ。鴨田先輩は根室先輩にちょっと性的な弱みを握られていて、近頃はいいようにこき使われている。まったく、合宿にエロゲーなんか持ってくるから。
呼び出された場所は女子部室。男子禁制の聖域である。まあ、今は先客いるけど鴨田先輩はそれを知らない。とても行きにくいだろう。それに加えて、何か言いたげに佇む長沢さん。だがその長沢さんが。
「女の子を待たせるものじゃないわよ」
「ははっ!」
などと背中を押した、いやむしろケツを叩いたものだからここから離れることを許されたとばかりに脱兎のごとくこの場を離れたのだった。……部室のだいぶ手前で止まったが。
「中には連城もいると思うんで、安心して入ってください」
「そうなのか」
吉田の言葉を信じて扉に手を掛けた。なんて無謀な。今日はたまたま本当だが、こいつの言うことって結構な割合で嘘っぱちじゃないか。
「カモだ」
「カモ来たよ」
「カモーおいでおいで」
普通に名字を略しただけの呼び名だが、吉田の言葉にホイホイ乗ってしまうのを見た直後だと本当にいいカモに見えてしまう。
いいカモの目の前にキャバクラよろしく化粧の濃い女たちが現れてのけぞったところで俺たちもいい加減練習に戻ることにした。
えーと、試合形式でやってたけどどこまで行ってたっけ。
……どこにも行っていない。0-0のままだった。

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