前回の話に付け加えまして、色々とご質問などがありましたので、その自分なりの返答を先にさせていただきたいと思います。
オーケストラにて、演奏前の調律の規準音を出す楽器はオーボエ(二枚の葦の茎を加工した薄い板を息にて振動させ奏する木管楽器。その音色は葉笛を美しく奏するものに似ており、音色の世界中での人気は全ての楽器の中でもトップクラスでありますが、演奏が非常に難しいことで有名。葦笛とも。)であります。この楽器のAの音をコンサートマスターと呼ばれる、演奏者代表として、演奏の責任全てを取るバイオリン奏者が受け取り、管楽器、弦楽器が各々に調律し始める…というのが一般的なオーケストラの調律なのですが、疑問として挙げられたのが、『何故管楽器代表はオーボエなのか』というものでした。
返答としましては、『オーボエが一番融通が利かない楽器であるから』というように思います。
どのような点で融通がきかないかと申しますと、楽器自体のピッチを変化させにくい、という点で、と言えるでしょう。
管楽器は気温と湿度に左右されやすく、暑いとピッチは高く、寒いとそれは低くなります。
これは管の中の空気の振動の頻度が関係しており、暑いと空気の分子レベルの運動エネルギーが高まり、結果として振動数が増える。つまり音は若干高くなる。そして、寒いとその逆の事がおこり、低くなる、というわけです。
たいていどんな楽器ににもその、温度により狂わされたピッチを直す機構が仕掛けられているのですが、オーボエは、非常に複雑な楽器であるため、楽器の構造上、その機構を持ってしても修正がしにくいのです。
ですから、その融通の利かない楽器に合わせる、という行程にオーボエが選ばれたのです。
まぁ他にもそれらしい理由はあります。
『オーボエの音はとても印象に残るため、皆が一斉に音を出す調律の際にもその音を聞き分けられるから』だとか、
『座る場所が楽団の中でほぼ真ん中だから』や、
『オーボエのAの音が、オーケストラの楽器で出すことの出来る音域の中でもっとも中庸だと言えるので』などとも言われています。
以上が『調律はオーボエに合わせる』理由と自分が考えるものです。
次に指摘のありましたものが…『私の団ではオーボエではなくクラリネットが調律の規準の音を出し、しかもその音はA(ピアノのラ)ではなく、B♭(ピアノのシ♭)です。これは誤りなのでしょうか?』というものです。
恐らく同じような疑問を抱く方はみな、吹奏楽団に所属しておられる方なのでしょう。
その場合、これは誤りなどではない、と、はっきり断言することが出来ます。
先ず、AではなくB♭で合わせる理由ですが、これは簡単。吹奏楽にはB♭を規準とする楽器が管弦楽にくらべ、非常に多く存在するためです。
クラリネットにトランペット、トロンボーンにユーフォニアム(ホルンの進化過程で枝分かれして生まれた楽器、小型のチューバを想像すると分かりやすい?特定の音域では、ホルン以上の豊かな音色を奏でる)、そして、一部のサキソフォン、チューバ、ホルン。
これらの楽器は全てB♭基準としたものであるのです。
他にも、吹奏楽では管弦楽よりも遥かに出番の多く、同じく重要な音を任されるトロンボーンの基準音がそれなので、ほかの一部の楽器の犠牲を省みずに基準音を変更した、という説もあります。
これで一番困る楽器が、コントラバス(吹奏楽にも、常にポストのある唯一の弦楽器。重厚なベースの響きにより楽曲の厚さを出すためと言われているが…?)。
この楽器にとって、B♭での調律とは、ほとんど全くの無意味。調律は本来、開放弦(指で押さえることをしていない弦)で行うものであるのですが、このコントラバスという楽器。開放弦でB♭の音は出さないのです。
そのため吹奏楽のコントラバス奏者は、皆が調律をするまえに、一人別の場所でさみしくチューナーで管弦楽同様Aの音を合わせておき、皆が必死でクラリネットの音を聞いて調律している際には、ただひたすら弦を押さえてB♭を鳴らす…そして時々無知な指揮者に
『コントラバスの調律が甘い!もう一度コントラバスだけで!』と言われ、調律を正す仕種だけ、をして、音を出す…ということが特に中高生のなかでよく起こるそうです。
その対策として、調律の際、B♭の前にAの音を出し、コントラバスだけ調律を済まさせる、という楽団も少なからず存在します。
…どうか全ての楽団がそうなってほしいものですが…。
そして最後に『何故オーボエではなくクラリネットが基準音を出すか』という質問ですが、これは、クラリネットが吹奏楽の中でもっとも数を必要とする楽器であり、その多く存在する楽器が調律が狂っていては話にならないため、でしょう。
クラリネットの特徴として、その多種な音色の他に、管楽器の中では他に追随を許さないほどの機能性を持っていることが挙げられます。
早いパッセージも、他楽器では高度なテクニックを要する音も、難無くこなすことの出来る楽器の性能は、この楽器を、『吹奏楽におけるバイオリン的重要性』を持つ楽器として吹奏楽に君臨たらしめているのです。
管弦楽で、一番始めにバイオリンがオーボエから音を受け取っていることも併せると、この事柄の答えが導き出されるのではないでしょうか。
しかし、前述のオーボエのくだりも見逃せないので、基準となるべきクラリネットの音をオーボエが出す、という楽団も、これまた少なからず存在します。
個人的に非常にいい傾向だと思われますので、皆様の団でも試してみてはいかがでしょうか。
脱線を重ね、二度にもわたり調律の話をしてしまいました…これは、自分が、演奏者たるもの、楽器のピッチと音程は、特に厳しくなければいけないとも考えているためです。
自己も、これらの考えを一つの頼りに、ピッチへのこだわりを持ちたいと考えています。

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