ハイノートに目覚めた。
…何度言ったか分からないが。
ともかくアパチュアの締め具合がまた少し現わになった。
成る程、世界的奏者がことごとく皆『口笛を吹くように演奏すれば出来る』というのがよく理解出来る。
力みなんぞ要らん。
…ただ、やはり慣れというものは必要。もう少し体得目指して訓練せねば。
だいたいハイノートとは言っても、便宜上そう言うだけであって、楽器と人間の構造上、その音を出すことは不可能ないでは無い。
言うなればピアノで『どれだけ鍵盤を叩いてもオクターブ上のドが出てこない』と言うほど、それはおかしな発言(多分の誇張ではあるが)。
ただし、音が出せることと奏せられる事は違う、とは明らかにしておく。
ピアニストがどれだけ正しく美しい最高音を奏する事に苦労しているか。
バイオリニストがどれだけ艶のある音色と正しいピッチをとることに苦労しているか。
考えれば簡単だ。
また、金管楽器奏者にはその発音体、振動体が『本来楽器の音色を奏でられるように出来てはいない』と言うことも念頭に置いておかねばならない。
振動数442Hzを基準とし、ホルンのドたるFの音は約176.3Hz、そのオクターブ上が約252.6Hz、更にオクターブ上の(便宜上)最高音Fが約505.2Hzとなる。
つまり、上下両の唇の一秒に振動する回数を約500にすると言うことが、ホルンでそのFの音を出す事である。
だが、先にも言った通り、当然の如く人体は元来そのような性質を求めておらず、須らくホルン演奏を臨む者はどうにかして、単なる歯を剥き出しにするしか脳の無い唇という部分を立派な楽器そのものにせねばならない。
そこにほぼ例外無く、皆が葛藤を感じるのだ。
であるからして、冒頭の『口笛を吹くように』といういいかげんな(しかし適切な)アドバイスは、唇を元来の姿から逸脱させた奏者にしかその威光を示さない。
悩める奏者はだから、と言ってすぐに楽器を窓から放り投げ出してはならない。
先も言ったが、ホルンは形質上、構造上、そして最高音、という便宜があるのであるからして、ハイノートの実体化は不可能な事では無い。
今の葛藤を乗り越え、音楽に多大な労力を惜しまなかった者に、先ず音楽はハイノートの喜びを与える。
もちろん、演奏の喜びはそのずっと先、山の麓から頂を望むかのようなものだ。
努力を惜しむ勿れ。
音楽は必ずやその喜びを別け隔て無く与えてくれる。
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