オーケストラに数多の楽器あり、とは言え、その演奏に多くの過酷な無理が要求されるものといえば、十中八九ホルンが連想される。
当然ホルンだけで演奏がなされるものではなく、奏者がいて初めてその真価が発揮される必要条件の一つが得られるわけである。
他の必要条件というのは、簡単にいれば奏者の演奏能力と熱意であり、それさえあれば、ホルンは取りあえずは楽器として成立する。
楽器として存在するにしても、その分野に応じて必要条件は異なる。大別すれば、ソロ楽器、オーケストラ楽器、アンサンブル楽器という分野で、それぞれ無伴奏・ソロソナタ・協奏曲、シンフォニー・ウィンド・コンサート、ブラス・ウッド・室内楽・スタジオという、状況の細分化がなされ、さらには発表の舞台や演奏曲などを考慮することにより、無数のスタイルが存在する。
多くの優れた奏者は、意識することなくそのスタイルを自在に操る事が出来るが、そのスタイルの特徴を細分化して理解することは非常に大きなステータスになるのではないか。
ここに、オーケストラホルンを演奏する奏者の必要条件をあげてみよう。
まずは楽器そのものの選択である。
フルダブルホルンであることがほぼ必須である。
音域が賄えているから、というだけの理由でセミダブルを使用する奏者に度々あったことがあるが、これは誤りである。
セミダブルホルンというものは、通常のB♭シングルホルンではピッチが悪くなるCの音を改善するために、『単独のF管を別に加えたもの』である。
親指のバルブで、『主管がFとB♭の二つの長さに変化し、それぞれに対応する管に空気の流れが移行する』フルダブルホルンとは異なる。
つまり、Cの音以外ではF管を使わない、という奏者の意思が形となっている楽器なのである。
フルダブルホルンの最大の利点は、親指のバルブのほんの少しの操作で、Fシングルホルン、B♭シングルホルンを持替えるに等しい効果が得られる点である。
知っての通り、Fがホルンの本来の調性であり、四度高いB♭のホルンは、はつらつとした、キレのある音色と、音のミスを減少させるねらいにより誕生し、使用されている。
Fシングルホルンは、ホルン独特の豊かな倍音と音色に富んでいるため、その活躍の場は多い。
Fシングルホルンは、オーケストラホルンの音域がほぼ全て賄えるため、熟練した奏者、代表的な奏者ではベルリンフィル首席のザイフェルトが好んで使う。
しかしB♭シングルはその使用できる音域の狭さから使用場面が限られており、オーケストラで使用はしにくい。
ティル・オイレンシュピーゲルのソロで下一点ハ音が鳴らず、火の鳥のドラマティックなグリッサンドは演奏不可。幻想交響曲の断頭台ではゲシュトップが出来なくなるなど、非常に致命的である。
曲により楽器を換えるのではなく、何にでも対応出来る楽器を使用するのだ常であるべきである。
メーカーによる判断も重要である。
アレキサンダーのように明るくはっきりとした音色は奇数奏者に求められるであろうし、ホルトンのような落ち着きくぐもった音は偶数奏者に求められる。
対応出来る部分はあるが、どんなに優秀なドライバーでもベンツで下道を走り続けることで不快感を覚えるような事柄が起こる。
銀ベルは音がダーク過ぎるが、木管合奏、偶数奏者には適しているかもしれない。
理屈を言えば臨機応変な赤ベルが良いのだが、世界にオーケストラは明るい音色を求めているので、黄色が最も中庸である。
ただ、固定の楽器メーカー信仰は、日本人の、外車好きのメンテナンス嫌いなオーナーに似たものを感じてしまう。
オーケストラホルン奏者は決して一人で奏することは無いため、自己の役割を理解することが必須である。
トップに君臨するのは首席であり、それは、首席の音が他の奏者全てに聞こえる配置で演奏されることからも伺える。
二番奏者は一番奏者のイントネーションに合わせ、三番も一番に。四番は三番を聞きつつ一番のスタイルに合わせる必要があるので非常に困難なポジションであるといえる。
一番奏者は広い音楽センスが問われ、ホルンセクションのリーダーとして、人間的、音楽的リーダーシップを取らなければならず、他の奏者はこれに従う。
また、他の金管、及び全ての楽器、音楽の流れを汲む必要があり、他のそういった奏者との繋がりが絶妙なアンサンブルを生み出す。
二番奏者は一番奏者の完璧な影たるべきであり、ブレスやイントネーションなどという他の奏者にとっても当たり前のことに加え、一番奏者の最も身近な奏者、というスタンスを堅持しなければならない。アシスタントホルンの要素も含まれる。
また、ソロとは違った二番奏者独特のパッセージが存在する。テクニカルで、音域が上下広く、困難であることが多く、そう言う点では一番奏者よりも技術に秀でていなければならない。
三番奏者は一番奏者に次ぐリーダー性を内に秘めていなければならない。
一番とユニゾンを奏でることが多いことから、他のどのホルン奏者よりも一番奏者を気にする必要がある。二番奏者は一番奏者の影でなければならないが、三番奏者は一番奏者と一心同体でなければならない。
ソロが任せられることもしばしばあり、それはおおよそ一番奏者のパッセージのつなぎ、若しくは一番奏者の体力を見越したのものである場合が多いため、センス、技量は言うに及ばず、一番奏者に自らの演奏を近付ける臨機応変さが必要である。
四番ホルンはホルンセクションの影のリーダーであり、一番奏者とは対象的な様々な事柄、方法でセクションをまとめなければならない。
低音とユニゾンの奏法の違いを理解、体得するとともに、練習曲や独奏曲ではあまり奏されない音域を連続して要求されることから、四番奏者それ専用の訓練が必要であるポジションであるため、四つのポジションの中でも訓練に特別時間がかかる。
ことに低音域でのフォルテ、ゲシュトップ、テクニカルなパッセージには、多少の付け焼き刃な訓練ではどうにもならない難しさがある。他のホルンと異なる単独のフレーズも多い。

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