音楽とは。
芸術の一派、時間芸術の派閥の一分野である。
ならば芸術とは何か。(時間芸術については前述してあるので参照よろし)
芸術は先人の造りたもうた、自己、もしくは天然自然、はては森羅万象の表現の方法の一つである。芸術活動はそれを目標とした活動に他ならない。
しかして現代の芸術―自分が口を出せるのは音楽のみであるが―は、その本意に反したものが多いと私は断言する。
恐ろしい発言をするものだと眉をしかめる人もおられるだろう。しかしそんな人は他の人間よりも私の言葉に強い同意を得た人間だとも言える。
分かっているからこそ大っぴらに言えない、言えやしないのである。
音楽は三大分野にて成り立つとは周知の事実である。はばかりなく言わせて頂くが、作曲、演奏、鑑賞がそれにあたる。
そのバランスが崩れている。私の主題はこの一言に集約される。
作曲家は先人からの拙い模倣で自らの荒を隠し、演奏家は音楽の本分を無視し、鑑賞家は狭い視野を全てと誤認して評価をする。
特に私の関わりが深い演奏家においてその疑念は顕著に現われる。
音楽をしたいのではなく技術を世論にひけらかしたい奏者。リハーサルの合間にプログラムにない名曲を奏する者などである。
また、音楽を目的ではなく下等な手段とする奏者。音楽により人と出会おうとするなどの人間のことだ。
音楽家は音楽という崇高な頂きを目指す登山者でなければならない。上にあげた例が何故否であるかは分かってもらいたい。登山者は頂きを臨みはすれそれを眺めながら他ごとに励まないのだ。
音楽は目的であり手段にしてはならない。我が恩師の言葉である。

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