“ 人は呼ぶ 壬生 ( みぶ ) 浪人と 新撰組 ( 1862年 )”
2月27日は 『
新撰組の日 』 だそうな。1862 ( 文久2 ) 年のこの日、京都で
江戸幕府が武芸に優れた浪士を集めて作った武力組織、新撰組の前身である
「
壬生組 」 が結成された。初めの頃、20人前後だった隊員数は最盛期には
約200人にふくらんだ。1864年の池田屋事件での活躍が有名で、尊攘派に
大打撃を与えた。隊員の1ヶ月の手当は局長50両、副長40両、助勤30両、
平隊士10両ほどだが、1両2分もあれば親子5人が楽に暮らせたと言われ、
当時ではかなりの 「
高給取り 」 だったと考えられる。ブログ 『
幕末名場面!』
において書いたように
局長 ・ 近藤勇と同郷であるおらと
新撰組との出会いは
江口寿史の人気漫画 「 すすめ!!パイレーツ 」 と思われる。ここで登場する
稲刈 真青 ( いねかり まさお ) : 背番号14、ファースト、右投げ右打ち
右手にファーストミット?をはめて守備についていたこともあるというキャラは
肺結核で入院していて、もうすぐ自分は死ぬんだと思い込んでいるのである。
草刈正雄に似ていること、草刈正雄が肺結核で倒れた新撰組の
沖田総司を
演じたことから、自らを “
昭和の沖田総司 ” と称し、和装にだんだら模様の
羽織の出で立ちで現れることもある。また、沖田総司が死の直前に黒猫を
自らの剣で切ろうとしたのを真似ようとして、逆に黒猫 ( クロと呼ぶ ) に弄ばれ
それを契機に 「 猫縛り 」 なる怪しい技を会得する
二 .五枚目!← 死語か?
草刈正雄が映画&TVで役柄を演じたことにより、「
沖田総司 = 美男子 」
とのイメージが世間に定着した。しかし、史実によると沖田総司の実像は決して
美男子ではなかったとの見方が一般的だ。実際、草刈以前に沖田総司役を
演じた役者は
総じて?いや、必ずしも
美男子 ← これも死語になるだろうか?
イケメン俳優ではではなかったらしい。
沖田が美少年であるというイメージは、
剣技の強さが伝承されながらも労咳により夭逝してしまうとの
ドラマ性に富む
その生涯から、さらに演出する要素として美少年に描く司馬遼太郎の小説
「 燃えよ剣 」 をはじめ、同じ流れを汲むつかこうへい原作 「 幕末純情伝 」 など
多数の作品において、剣にめっぽう強いうえに明るい性格、その反面、病弱で
“
色白の美少年 ” に演出された
幕末のイケメン!?として一般的に定着した
結果の誤解であると思われる。いや、新撰組だけに “
瓦解 ( がかい )” か。
その
作り上げられた虚像は、昭和を代表するイケメン俳優 ・ 草刈も真っ青の
真赤な嘘?なのだ。“
誠 ” の話じゃないんだねぇ・・・。
(−。−)げこっ♪
< 参考資料 > フリー百科事典 『 ウィキペディア ( Wikipedia ) 』
366日への旅 今日は何の日?

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