唐突ですが、僕が生まれて初めて買ったエレキギターの、今の姿がこれ。といっても残存しているのは、ボディとピックガード、ブリッヂやコントロール部の土台、ネジの一部くらい。横の犬は連れてきた訳じゃない。勝手に寄ってきた。
大学一年でラヂオデパートの前身バンドを作って、最初は僕がベース役、太朗はギターだった。太朗は当時からポール・マッカートニィの熱狂的ファンで、ベースに興味津々だったし、僕もXTCのギターなんかが好きだったんで、替わってみる? という話になった。
太朗は僕のプレシジョンベースを弾くようになった。太朗が持っていたのは国産のレスポールで、僕にはなんとなく弾きにくかったので、ドラマーが持っていた東海のストラトキャスターを借りていた。最初の頃のライヴはそういう、ドラムも含めて全部が借り物、という楽器構成だった。
太朗がヤマハの黒い小さなベースを買い、じゃあ僕も買わねばと思って、たぶん二年生の時だ、帰省中に地元の楽器店でローンを組んで、黒い国産エレキを手に入れた。それがこの、ムーンのレゲエマスター。
頑丈そうだったし、本来はP-90風のピックアップがリアに一つで、これなら混乱せずに済むと思った。トーンポットを引き上げるとマイクがタップされる(コイルの一部がバイパスされる)という地味な機能も付いていたが、どこが便利なのか分からなかったので普通のトーンに換えてもらった。酷使によってブリッヂの芋ネジ(芋虫に似ているからこう呼ぶらしい)も廻らなくなり、同じ形状の真鍮の駒に交換した。
今にして思い返すに、決して音の良いギターではなかった。当時もそれに気づいて、せめてピックアップをなんとかしたかったが、交換用のP-90が安く手に入る時代ではない。かといって普通のシングルコイルやダブルコイルに換えようとすれば、木部を彫ったり埋めたりの大工事になる。
新しいギターのローンを組むか、と諦めかけていた頃、渋谷の石橋楽器で物凄い発見をした。ニール・ヤングのギターに付いているのと同じマイクが、たった七千円で売られているではないか。'70年代のギブソン・ファイアバード用。
「なんでこんなに安いんですか」と訊いたら、「誰も買わないから」と教えられた。慥かに、ニール・ヤングかジョニィ・ウィンターのファンしか興味持たないか。
所謂ミニ・ハムバッキングで、サイズはP-90とほぼ同じ。取り敢えず買っておいて、今はなき三鷹楽器で交換してもらった。ここのリペアマンは良心的で、ずいぶんお世話になりました。で、少しはましなギターになった。少しは。
相変わらず音色に自信が持てない僕は、やがて、これなら間違いあるまい、と赤いフェンダー・ストラトキャスターを奮発する。これがとんだ外れで、スティーヴィ・レイ・ヴォーンを真似た太い絃を張ったら、ネックがトラスロッドごと曲がってしまった。
ネック買わなきゃ。何万円するんだろう。いや、待てよ。
レゲエマスターにも大きな美点があった。ネック。素晴しく真っ直ぐで、どんなに無茶をやっても反りも捻れもしない。握った感触も良い。凄いネックが、ここにあった。
ストラトとテレ(型)のネックは、ヘッド以外にも形状の差異があり、時代によってネジの位置も違い、簡単には交換できないのが常だ。しかし試してみると、あっさりと嵌ってしまった。ネジはきれいに通ったし、調絃も問題なかった。
テレのネックが付いたストラトというと、ジャクスン・ブラウンを思い出す。狙った訳ではないが、結果的にそういうギターになった。格好いいよ。遊びにきた花村萬月氏が、目敏く「お、これどうしたんだよ」と訊いてきた。「はあ、二本だったんですが」と答えた。
一方でネックすら失ったレゲエマスターは、長きに亘って眠り続ける。
なんとかしてやろうと思い立ったのは近年だ。凄腕と評判の堺市はTSCの、噂の真偽を確かめるのに、この廃品は打って付けではないかと発想した。'50年代風の太いネックを拵えてもらい、フロント・ピックアップと切替えスウィッチも増設し、組み上げ直してもらった。ようやっとラヂオデパートで問題なく使えるギターになった。フロントのマイクは、後日、出力バランスの都合から他へと交換した。
しかしレゲエマスターの受難は続く。
思い出のギターが良い音で甦ったのが嬉しく、金属やら石やら様々なピックで弾きまくっていたせいで、経年により硬化した塗装の、そこここが割れて剥がれはじめた。木部に浸透しないポリ塗装は、要するにコーティングに過ぎないので、崩壊の様は美しくない。指が当たると怪我するし。
また黒く塗り直すというのも芸が無い。木目を活かした新塗装を企画してみても、肝心の木目の様が、今の塗装を剥がしてみるまでは分からない。
ヒントを求めてウェブをあたるうち、奈良の楽器店が特殊なプリンタで「ギターそのものに印刷する」という珍しいサーヴィスをやっているのを知った。如何にもなギター向きグラフィックではなく、風景写真を印刷したら面白いんではないかと思い付いた。こうなると実行に移さずには熟睡できない性格だ。
自力で塗装を剥がしたり、先方でも印刷面を調整したりで、思いのほか時間が掛かったが、ともかく再びTSCで組み上げてもらって、やっと現在の姿になった。一面とはいえ分厚い塗装を除去したせいで、以前より軽量になり、絃高も下がった。
写真の場所は、干潟と化した瀬戸内海の一部。幼児の頃、祖母と過ごした土地である。犬は先代のチベタンテリア。連れていったら、おおいに喜んで泥の上を駆け、遠くで排便していた。広大な便所に見えたらしい。海鳥の一群が空を往き、その声に頭を上げた瞬間を、浜から撮っている。鳥も写っているね。
本当は、久々にストラップを付けようとしたら印刷の際に外されたピンが見つからず、他のギターから移植したものの今度はストラップの孔が拡がっていて留まらず、工具箱をひっくり返して大昔のPICKBOY製ロックピンを見つけて、装着しました、という話を書く心算だった。写真を撮っていて、これだけ寄せ集めのギターも珍しいと感じ入ったが最後、こうも長い文章となった。本業が長篇づいていると、変に息が長くなってしまっていかん。せめて綜括は列挙に留めよう。
ボディ:ムーン・レゲエマスター/プリント:VooVooSound/ネック:TSC(PROiX)/フロントマイク:Temjin特注/リアマイク:ギブソン・ファイアバード/ブリッヂ駒:シェクター(?)/チューニングペグ:ゴトー(ロック式)/配線とアウトプット・ジャック:TSC/ロックピン:ピックボーイ

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