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2006/2/7

人間とは何か  科学技術

人間の一個人の性格は、親からの遺伝情報や、後天的な環境(自然、教育、宗教,etc)によって形成されてゆきますが、我々自分自身を見つめなおす時、生物として人間は何なのか、また何を期待されて他の動植物とは違うDNAを持って生まれてきているのかを知る事は重要です。 人間とは何なのか? について、今回は考察してみたいと思います。



生き物には、動物と植物があります。 我々は、進化した人間が偉いと思い込み、人間が生きてゆく為には、彼らの犠牲は良しとしています。 人間には長生きしたいという欲望がありますが、長生きが目的であるならば、植物は数千年生きる場合もありますので、人間よりも偉いという事になります。

恐らく、どちらが偉いという問題ではなく、DNA自身が、様々な動植物をつくりだし、どんな環境になろうとも、どれかの動植物の形で生きながらえようとしているのだと思います。 ダーウインのように、魚が陸に上がり、哺乳類となり、それが鳥に進化してゆくというのであれば、この世の動物は全てが鳥になってゆかねばなりませんが、現実はそうではありません。 この地球上には、実に多くの生物が存在しています。

植物は、動物よりも長生きしますが、自分で移動する事が出来ないので、環境の変化によって、一瞬にして絶滅してしまうリスクを持っています。 よって、植物だけで例に取ると、寒さに強いもの、暑さに強いもの、乾燥地に強いもの、湿地に強いもの、などがつくりだされ、DNAは絶滅のリスクを回避しています。

また、動物もしかりで、原生動物のようにSEXをしなくても、自らの細胞分裂によって生命体を増やす事ができるものがいたり、サメやゴキブリのように知能は弱いけれども生命力が強いもの、体の大きいもの、小さいもの、力の強いもの、弱いもの、人間のように知性をもったもの、など様々な動物をつくりだす事により、DNAは絶滅のリスク回避をしている事が分かります。

人間の場合、生まれたばかりの赤ん坊は、実に弱く、親のサポートなしには生きてゆく事ができません。 馬や牛の場合、赤ん坊はすぐに立って歩く事ができます。 それでは、人間より、牛や馬の方が優秀なのでしょうか?  実は、この何もできないという事が人間にとっての一番強みである事なのです。 どういう事かといえば、脳の構造は、脳細胞と、それをつなぐ神経細胞からできています。 牛や馬の場合、この神経配線は既に出来上がっているからこそ、いきなり歩く事が出来るわけです。 人間の場合には、脳の中の神経細胞が90%出来上がるのは3歳の時で、それが三つ子の魂百までとか、三歳児教育と言われる所以です。  これは、どういうメリットがあるかと言うと、3年間の間に世の中を経験できてから配線が進むので、常に新しい環境に適応した子供が育つ事ができるのです。 

牛や馬の場合は、既に配線がされてしまって生まれてくるが故、新しい世界を見せても、その思考回路は、昔から何も変わらないわけです。 すなわち、人間に与えられた使命とは、「常に新しい環境に適応してゆき生きながらえる事」と言うことが出来ます。

一見、これは素晴らしい事で、さすがは人間と考えがちですが、現実の世界で、人間のようなタイプの生物が最後まで生き残れるのか、それとも知能が低いが生命力のある生物が生き残れるのかは、誰にも、またDNAにも分からないのです。 よって、実に様々な生物を生みだし、環境の変化があっても、どれかの生物が生き残れる事が出来れば、DNAは絶滅しないというトリックです。 逆の言い方をするならば、動植物のどれかが絶滅しても問題はなく、DNAさへ生き残る事ができれば良いのだ、という極論も成り立ちます。 

しかしながら、種の絶滅は、リスク分散が出来ないという事を意味するので、やはり動植物は、自分以外の種が絶滅してしまう事を嫌がっているのだと思います。 我々、人間社会でも、どうでも良いような動物や植物が絶滅するのを防ごうとしていますが、まさに我々の体の中にあるDNAがそうさせているのだと思います。

今まで語ってきた事は、あくまでも現在という時間軸の話です。 それでは、将来に向けて、新しい環境に適応するにはどうすれば良いのでしょうか? ここに雄雌が何故、世の中に存在するかという説明になるわけです。 すなわち、いくら人間の赤ちゃんが、3年間の経験により、新しい環境に抵抗しようとしても、同じ遺伝情報しか持っていないのでは、変われる限界という物があります。 また、新しい環境に適応する為に、自分自身の遺伝情報を変えようとするならば、数億年かかってしまうかも知れません。

ところが、雄雌が遺伝情報を半分づつ持ち寄り、精子と卵子が合体する事で、一代にして大きく遺伝情報を変えることができます。 すなわち、太古の時代には、女性は腕力の強い男性の遺伝子をもらって、次の世代に腕力の強い子孫を残していこうとしたのに対し、今日では頭脳明晰な男性の方がお金をより多く稼ぎ、安心して生活してゆけるので、その結婚観が学歴重視になってきているわけです。 これは、本能を無視して、割り切っているのではなく、女性の本能がそうさせているのです。

それでは、同じ父親と同じ母親から生まれる子供達(兄弟姉妹)は、同じ遺伝子を持っているにも関わらず、何故にこうも違うのでしょうか?  これについては、次回の投稿に回します。 

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