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2010/8/29

Rothschild-77  ナチスを支援するバチカン  ロスチャイルド
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カトリックの総本山バチカン

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ナチスドイツの旗 と バチカン市国の旗


キリスト教教会誕生以来、ユダヤ人は「イエスキリストを殺した神殺し」の汚名を着せられ、ヨーロッパ社会から迫害を受けてきましたが、反ユダヤ主義はキリスト教会が創りだした2000年来の西欧文明のシンボルだと言っても良いでしょう。   

「神の子イエスを裏切り、十字架に架けたユダ!」

世界から非難を受けるナチスドイツという国家を、国際的に最初に承認したのは、カトリックの総本山バチカンで、1933年7月20日に、ローマ教皇庁とドイツ政府の間に、コンコルダート(政教条約:Reichskonkordat1933)が締結されました。 

この時、署名したのは、バチカンの国務長官を務めたパチェッリ枢機卿とドイツ副首相フランツ・フォン・パーペンで、パチェッリは後にローマ教皇ピウス12世として即位しますが、ホロコーストを黙認したピウス12世は、「ヒトラーの教皇」とも呼ばれています。

この条約により、ナチスドイツは国内のカトリック教徒を保護することを保証し、バチカンはナチス政権を祝福するとともに、聖職者たちにナチス政権に忠誠を誓う事を命じました。





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コンコルダート調印時のピウス12世とパーペン  1933年7月20日


このバチカンの支援があったからこそ、ナチスはカトリック教徒という最大の支持層を獲得し、驚くべきスピードで独裁を完成さす事ができたのであって、よく言われるようなヒトラーの演説のうまさだけで、短期間にこれだけの支持が集まるほど、世の中は甘くありません。

いずれにせよ、ヒトラーにとってバチカンとの間で「政教条約」を結ぶことは、国際的にもナチスの評価を高める政治的な大成功となりました。



「バチカンが新しいドイツ(ナチ体制)と条約を結ぶということは、カトリック教会による国家社会主義国家(ナチ政権)の承認を意味する。 この条約によって、ナチズムが反宗教的であるという主張がまさに偽りであることが全世界の前に明らかになったのである。」

                                     アドルフ・ヒトラー 1933年7月22日







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