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2010/11/28

邪馬台国と卑弥呼-10  徐福と浦島太郎  邪馬台国と卑弥呼
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神仙思想は、紀元前4世紀頃に中国で芽生えた思想で、修行をし、不老不死を獲得したり、その境地に達することを目的としたもので、中国からみて東方、山東半島の沖渤海湾よりもはるかかなたに蓬莱・方丈・瀛洲という三つの神山があり、そこに仙人が住み、黄金の宮殿ウを抱く理想郷があると信じられ、そこに不老不死の薬があるといわれてきました。

秦の始皇帝の時代、不老不死の薬を求めて徐福が多くの人々を従えて旅立ち、日本に旅立ち、その王になったとされており、日本各地で渡来伝説が語り継がれています。 また、徐服の子孫が「秦氏」と名乗ったともされており、確かに秦の時代の有力者だけに、この説も否定できるものではなく、邪馬台国は1〜3世紀に倭にあった国ですが、紀元前3世紀に日本に渡ってきた徐福の存在は、日本建国になにがしかの影響を与えていたと考えても不思議ではありません。

浦島太郎伝説は、神仙思想に満ちており、丹後国に伝わる徐福・浦島太郎伝説は、邪馬台国・大和政権の成立に大きく関与していると思います。




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長良川鵜飼  岐阜県岐阜市ならびに関市の長良川河畔における鵜飼は、宮内庁式部職である鵜匠によって行われており、鵜匠は全て世襲制です。 鵜飼は中国南部の雲南省から伝わったとされており、鵜匠の姿は浦島太郎にも見えます。




浦島太郎の話は、日本書紀にも登場し、雄略天皇22年7月の条には、以下のようにあります。

「丹波国(=後の丹後国)余社郡(=京都府与謝郡)菅川(つつかわ:=京都府与謝郡伊根町筒川)の人、瑞の江の浦島子(うらしまのこ)が船の乗って釣りをしていると、大亀がかかり、これが女人に変じた。 浦島子は驚き、喜んで妻にし、海に入って蓬莱山に至り、仙衆(=仙人)たちとめぐりあった。 ・・・」


また、日本書紀に続き、風土記にも浦島太郎は登場し、丹後国風土記には、日本書紀よりも詳しく、今日の浦島太郎伝説の原型となる話がつづられています。



京都府与謝郡伊根町字新井小字松川に、徐福を祀った「新井崎神社(にいざきじんじゃ)」があり、



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神社から見て北東に浮かんでいるように見える冠島は、常世島や龍宮島とも呼ばれており、ここに生える黒茎の蓬(くろくきのよもぎ)や、九節の菖蒲(しょうぶ)が徐福の求めた不老不死の仙薬と言われています。



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冠島の古代海底遺跡
http://www.youtube.com/watch?v=zAys_Ze5kjo&feature=related



冠島は「天火明命」(あめのほあかりのみこと)の降臨地ともいわれており「天火明命」は宮津市にあり伊勢神宮の元になったとされている元伊勢籠(もといせこの)神社の祭神です。 

籠神社の「丹後一宮籠神社縁起」によれば、「一念カ淵」という場所があって、これが龍宮城(仙宮)の入り口で、籠宮大明神の社殿もここにあり、泳ぎの達者な者が海に潜ったとき、たまたまこの社殿を拝んだところ、龍宮城に行ったという話しや、秦の時代に霊薬を求めて旅立ったものがいたが、結局蓬莱山はみつからず、人々は船中で老いてしまったという、徐福伝説のような話が伝えられています。



籠神社
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1039.html



新井崎神社から北西約5kmには浦嶋(宇良)神社がありますが、浦嶋子(うらしまこ)を筒川大明神として祀ったもので、浦嶋子が浦島太郎伝説になったと思われ、この地の伝承が最古の浦島伝説ではないかとされています。




浦島太郎と似た説話に、

神武天皇がヤマトに向かう際、亀に乗り釣竿を持った男が水先案内人になる話、住吉大神は塩土老翁と呼ばれ長寿であった話、塩土老翁は大和朝廷の天孫降臨を導びき、神武天皇の東征をうながした話、武内宿禰は古代豪族、蘇我氏の祖とされ応神天皇の東征を導いた話、また武内宿禰(84-367)は、邪馬台国から大和朝廷建国にかけた、景行・成務・仲哀・応神・仁徳天皇の5代の天皇に仕えた約300年生きた話、さらには蘇我馬子が豊浦宮の嶋大臣と呼ばれていた事からも、

浦島太郎=住吉大神=武内宿禰=蘇我馬子、と考えて良いと思います。 それぞれ、時代が違うじゃないかという意見煮に関しては、300年生きた浦島太郎(=武内宿禰)というキーワードで約300年くらいは時代のズレがある事を、我々が謎解きできるかどうか、作者が試しているのだと思われます。



邪馬台国と卑弥呼-7  武内宿禰(たけうちのすくね) 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1254.html
邪馬台国と卑弥呼-8  神功皇后と台与
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1255.html
邪馬台国と卑弥呼-9  住吉大社
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1256.html



これは古代日本で、うまく国を治めるためのノウハウ=( 女帝 + 補佐役の年長権力者 )を、神功皇后と武内宿禰の組み合わせで、時代を超えて記述しているのではないでしょうか。


すなわち、神功皇后(=卑弥呼+台与)−武内宿禰(=卑弥呼の神託を伝えていた男性)、推古天皇−蘇我馬子、持統天皇−藤原不比等、などと重ね合わせているのだと思います。















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