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2006/3/28


最近、何かと話題になっているイラン情勢ですが、このイランを舞台に、石油産業によって、様々な政治ドラマが演じられてきましたが、この重要な役割を果たしてきたのが、今日では世界No.1のイギリスの石油会社、「BP」です。

このBPの前身は、イギリスが江戸後期にビルマを植民地化し、明治初期につくられた民間の「ビルマ石油」です。 



「ビルマ石油(Burmah Oil:英語読みではバーマー石油)」は、1886年に元東インド会社の商人デヴィット・カーギルによって設立され、その「ビルマ石油」の会長として君臨したのが、ストラコスナ男爵こと、ドナルド・スミスです。

ライバルの、「ロイヤル・ダッチ」と「シェル」が合併した2年後の1909年に、ウィリアム・ノックス・ダーシーにより、ペルシアの油田を開発する為に、「アングロ・ペルシャン・オイル・カンパニー(APOC)」が設立されました。 

この時の会長の座に君臨したのは、ビルマ石油の会長であったドナルド・スミスです。

そうして、「APOC」の創業当初は、この会社の株式を97%保有し、支配したのが「ビルマ石油」です。

その後、1919年にはイギリス政府が、「APOC」の株の75%を所有し、イギリス海軍の重要な石油供給会社となり、1935年には「アングロ・イラニアン石油」と名前を変えました。 さらに1954年には、「ザ・ブリティッシュ・ペトロリアム・カンパニー・リミテッド (The British Petroleum Co Ltd.)」 に改称することになりました。


この1950年代は、激動の時代で、イランの民族主義者モサデク首相が、この会社を奪って国有化してしまいました。  アメリカとイギリスは、この政権を転覆させる為に、CIAを使い、1953年にクーデターによって、パーレヴィ政権を復活させましました。

しかしながら、1979年にはホメイニ師のイラン革命により、イランは再び反欧米政権となり、欧米はスンニ派(アンチシーア派)のイラクを支援し、イラン・イラク戦争が勃発しました。

その後、ハタミ政権下では、欧米との関係改善は続きましたが、2005年に大統領に就任したマフムード・アフマディーネジャードは、過激な民族主義者で、今日のイラン情勢に至っています。

「ザ・ブリティッシュ・ペトロリアム・カンパニー・リミテッド (The British Petroleum Co Ltd.)」は、1987年にイギリス政府が株式(31.5%)を市場に放出し、完全な民営化となり、1999年にはアメリカの「アモコ(Amoco)」と合併し、「BPアモコ(BP Amoco)」となり、2001年に今日の会社名「BP」となりました。

現在、売上げ高では、世界No.1の石油会社ですが、日本市場でのガソリンスタンド事業は苦戦し、結局店舗は「ジャパン・エナージー(JOMO)」に売却し、「BP」は日本のガソリンスタンド事業から、2002年に撤退しています。

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