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2011/12/24

邪馬台国と卑弥呼-181  三輪山祭祀   邪馬台国と卑弥呼
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三輪山と箸墓古墳


初期の大和朝廷は地方豪族連合の指導者でありましたが、6世紀初めの継体天皇の時代から絶対権力を指向するようになります。

初期大和朝廷の時代の大王(後の天皇)が豪族をとりまとめるために行ったのが、大物主神の祭祀で、大和朝廷の本拠地である纒向遺跡のそばの三輪山でありました。

日本書紀の、三輪山祭祀の起源に関する伝承によれば、


「 祟神天皇の治世に疫病が起こったとき、祟神天皇の大叔母にあたる倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)に三輪山の大物主神の神託が下りました。 大王は、これに従って、大三輪氏の祖先に当たる大田田根子に大物主神を祀らせたところ、疫病がすみやかに治まりました。 」


祟神天皇は、この三輪山の祭祀の開始とともに、倭氏の祖先の長尾市に倭大国魂(やまとおおくにたまのかみ)を祀らせました。


三輪山の大神神社は、三輪山を神として祀る形に設けられており、古代には三輪山山頂の高宮神社が、太陽神の祭祀を行う場でありましたが、後に麓の神坐日向(みわにいますひむか)神社で、太陽神の祭祀が行われるようになります。

狭井神社は大神神社の分霊をまつるところで、鎮花祭という疫病しずめの祭りが古代から行われています。 

日本各地に、大国主命をご祭神とする神社があり、一般に大国主命と大物主神は同一の神とされている場合もあるようですが、日本神話では大物主神は大国主命を護る神で、大国主命より格の高い神であると記しています。




邪馬台国と卑弥呼-40  大物主大神
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邪馬台国と卑弥呼-41  太陽神信仰  
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邪馬台国と卑弥呼-42  大国主命
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邪馬台国と卑弥呼-35  海照大神
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邪馬台国と卑弥呼-59  伊勢神宮-1 
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邪馬台国と卑弥呼-138  神功皇后と気比神宮   
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