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2006/1/16

東アジアとヨーロッパ-4  国際政治・金融・企業

日本人が初めて鉄砲を見たのは、元寇(1274年、1281年)の時と言われており、「蒙古襲来絵詞」にもその記録が残されています。

15世紀になると、東アジアから東南アジアでは、明の海禁政策や日明貿易が途絶えた事により、倭寇による私貿易、密貿易が活発になっていました。 この頃に既に、鉄砲は倭寇により日本へも持ち込まれていたとする説もありますが、教科書的には1543年に種子島に漂着したポルトガル人から、鉄砲が初めて日本にもたらされたとされています。
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2006/1/15

東アジアとヨーロッパ-3  国際政治・金融・企業

大航海時代を迎え、世界進出の目的が、教科書的にはキリスト教の布教、貿易の為ですが、ポルトガルやスペインの武力征服による領土拡張であったことは言うまでもありません。

これは、ポルトガルとスペインの間で結ばれた1494年のトルデシリャス条約と、1529年のサラゴサ条約を知れば明らかです。
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2006/1/14

東アジアとヨーロッパ-2  国際政治・金融・企業

アレキサンダー大王の東征をキッカケに、ヨーロッパとアジアの交流が始まり、中国前漢の武帝(BC159−BC87)の時代に東西貿易が盛んになり、中国からはギリシアやローマに絹が輸出されました。 この内陸アジアを横断し、東洋と西洋を結んだ古代通商路はシルクロードと呼ばれました。

ヨーロッパとアジアの本格的な交流は、ヴェニス商人で旅行家のマルコポーロ(1254−1324)が父ニコロ、叔父マフェオとともに故郷ヴェニスを発ち、21才の時(1275)に上都に着き、1292年の帰国の途につく17年間の間、元のフビライの厚遇を受け、中国各地を旅行した記録「東方見聞録」が、ヨーロッパの人たちの東方への夢をかきたて、大航海時代が幕明けたところから始まります。

中でも、「ジパング」として登場する日本情報が大きな引き金となり、その黄金を求めて、元のフビライは日本進出を決意し、コロンブスも1492年8月3日に日本を目指して三隻の船を率いて、パロス港を出航しました。
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2006/1/14

東アジアとヨーロッパ-1  国際政治・金融・企業

アジアとヨーロッパの文化的接触はヘレニズム文化に遡る事ができるでしょう。

マケドニアのアレキサンダー大王(BC356−BC323)が紀元前334年頃からアジア遠征をはじめ、紀元前330年にペルシア帝国を倒し、さらに10年をかけて、東はインドのインダス川から、西はエジプトの地中海沿岸に至る大帝国を築きあげ、ギリシア文化を中心とし、アジアの文化が融合してできた文化です。

この文化は、後の古代ローマ、ヨーロッパ、イスラム、アジアに大きな影響を与えました。


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