renaissancejapn2020@gmail.com

2006/4/8

モルガン財閥-1  国際政治・金融・企業

モルガン家は、イギリスのジェントル階級に属し、17世紀にマイルズ・モルガンが米国に移住して、アメリカでモルガン財閥を築き上げました。

このマイルズによって開かれたスプリングフィールド・モルガン家と、ケンタッキー・モルガン家は、芸術家や科学者などを輩出した名門でありますが、同じく傍系のハートフォード・モルガン家から、19世紀前半モルガン財閥の開祖となるジョン・ピアモント・モルガン(John pierpont Morgan)、通称J・P・モルガン(1837−1913)が現れることになります。

続きを読む
2

2006/4/7

風と共に去りぬ  映画・音楽・アニメ
クリックすると元のサイズで表示します


公開 :  1939年
製作 :  セルズニック・インターナショナル/MGMスタジオ
監督 :  ビクター・フレミング
原作 :  マーガレット・ミッチェル
出演 :  クラーク・ゲーブル
       ヴィヴィアン・リー
       オリビア・デ・ハビランド  

続きを読む
2

2006/4/6

デュポン-6  国際政治・金融・企業

American Civil War (アメリカ南北戦争:1861−1865)は、奴隷制存続を主張する南部11州が合衆国を脱退し、アメリカ連合国を結成し、合衆国に残った北部23州と戦った内戦で、映画「風と共に去りぬ」も有名です。

いうまでもなく、デュポンは南北戦争で巨額の利益を手にしますが、デュポンは南部への火薬の供給を拒み、徹底して正規政府の北軍に協力しました。 これが、デュポンと政府を固く結びつけ、政府お抱えの軍需産業企業として、その後も今日に至るまで、デュポンの利益を約束させることになります。
続きを読む
2

2006/4/5

デュポン-5  国際政治・金融・企業

1800年に、アメリカにある火薬工場を見学し、自分達に自信を持ったエルテール・イレーネと、兄のビクトールは、フランスに戻り、新会社設立の準備を始め、

父、ピエールの知り合いから、フランスに設立した「E.I.du Pont de Nemours & Commpany」への出資金24,000ドルを得、イギリスからアメリカへの火薬輸出を拒みたいフランスの、ナポレオン・ボナバルトから火薬製造機械を原価で仕入れる事ができ、再渡米したデュポン兄弟は、火薬工場建設の為の土地を探し、ブランディワイン川沿いの土地に目をつけました。


続きを読む
2

2006/4/2

デュポン-4  国際政治・金融・企業

アメリカの商務省に残されている軍事支出の記録は、アメリカが独立宣言をした1776年の15年後である、1791年から始まります。

これは、当時の首都フェラデルフィアに「The Bank of United States」(通称ファーストバンク)が設立され、国家としての予算銀行の営業がスタートしたのが、この1791年であるからです。

当時のアメリカは独立の為に、宗主国イギリスと戦っていたわけですから、軍事資金の確保が最優先であったわけで、アメリカの国立銀行は最初から軍事的性格を持ったものでした。

当然、死の商人デュポンも、アメリカの独立と、国立銀行の設立には一枚かんでおり、アメリカの建国に、重要な役割を果たしました。


続きを読む
2

2006/4/2

デュポン-3  国際政治・金融・企業

デュポン一族の乗船したアメリカン・イーグル号は、大西洋を90日間かけて渡り、1800年の元旦にロードアイランド沖のブロック島の港にたどり着きました。

ある日のこと、ピレーネ・デュポンの息子エルテール・イレーネ(彼の名前が、デュポンの社名「E・I DuPont」のE・Iの部分)は、ワシントンの軍隊に加わり、歴戦したフランス人仕官と狩猟に出かける事になりました。

獲物はたくさんいて、火薬が足りなくなってしましまい、やむをえず狩りの途中で、火薬を買いにいく事になりましたが、化学を学んだエルテール・イレーネは、火薬の質の悪さに驚き、価格も非常に高い事を見抜きました。

その後、いくつかの火薬工場を視察しましたが、どれもお粗末な物ばかりであり、恐れるに足らないと思ったエルテール・イレーネは、デュポン家で火薬を作るべきであると父に提言し、父ピエールの友人である化学者アントワーヌ・ラボワジエに師事を託しました。

続きを読む
2

2006/4/1

デュポン-2  国際政治・金融・企業

アメリカ大陸を舞台に、イギリスとフランスは覇権を争い、1754年にオハイオ川流域の支配をめぐり、イギリス領アメリカと、フランス領カナダは、小競り合いを起こし、イギリスはフランス・インデアン連合に壊滅させられます。

しかし、1757年にイギリスで、ウイリアム・ビットが首相となり体制を立て直して反撃に出、フランス軍は大敗し、ケベック市は占領され、1760年にはモントリオールも英軍に陥落し、フランス領カナダは壊滅しました。


続きを読む
3

2006/4/1

デュポン-1  国際政治・金融・企業

アメリカ建国そのものの歴史を持ち、アメリカでの火薬を独占支配し、第一次世界大戦では連合国が使用した約40%の火薬を供給し、巨万の富を築き、第二次世界大戦では、ヨーロッパにボーイングの戦闘機で64万トンの爆弾を撒き散らし、広島と長崎を火の海にした原爆もデュポン製です。 

死の商人デュポンを知らずしては、国際政治や戦争を語る事はできません。
何やらフランスの名前でありながら、アメリカの会社であり、GMの親会社でもあったデュポンについて、お話してゆきたいと思います。
 
3


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ