2007/11/30
フリーメーソン-17 ジョージ・ワシントン フリーメーソン

George Washington (1732-1799)
フリーメーソンの正装をしたワシントン
ワシントンは、1752年2月4日にヴァージニアの 「フレデリックスバーグ・ロッジ」 に
入会し、1752年11月4日には 「徒弟」 、翌年3月3日に 「職人」 の位階に進み、8月4日には 「親方」 の位階に進級していることが記録に残されています。
そして、1789年にジョージ・ワシントンが、第一回のアメリカ大統領宣誓式をフリーメイソンの経典に手をかざして、フリーメイソン式の式典方式で行なった事は有名です。

2007/11/27
フリーメーソン-16 ボストン茶会事件 フリーメーソン

ボストン茶会事件(1773年アメリカの民衆がイギリス船を襲い、
積み荷の茶を海中に投げ捨てた事件)
アメリカのフリーメーソンが、アメリカ独立革命に絡む最も有名な事件は、1773年のボストン茶会事件で、これがきっかけとなってアメリカは独立戦争に向かって突き進むことになります。

2007/11/25
フリーメーソン-15 フランクリン フリーメーソン

Benjamin Franklin (1706-1790)
イギリスから渡ってきたローソク職人の父を持ち、17人の子供のうち15番目の子供であったフランクリンは、10歳で学校教育を終え、「ニュー・イングランド・クーラント」紙を印刷出版していた兄のジェームズの徒弟となりました。
1731年、25歳のとき 「セント・ジョンズ・ロッジ」 に於いて、フリーメーソンに加入し、1732年にはジュニア・グランド・ボーデン、1738年にはセクレタリー、1749年にはプロヴィンシャル・グランド・マスター、1750年には副グランドマスターとなっていることが記録に残されています。
1752年には、フィラデルフィアのロッジ専用の建物(メーソンズ・ホール)を建設する計画にも関わっています。

2007/11/23
フリーメーソン-14 ゲーテ フリーメーソン

Johann Wolfgang von Goethe (1749-1832)
ドイツの詩人、劇作家、小説家、科学者、哲学者、政治家であったゲーテは、1780年6月23日にフランクフルトの 「アマリア・ロッジ」 でフリーメーソンに加入しています。

2007/11/22
フリーメーソン-13 魔笛 フリーメーソン

Die Zauberfloete (魔笛)
「魔笛」は、モーツアルトが1791年に生涯最後に作曲したオペラで、台本は興業主・俳優・歌手のエマヌエル・シカネーダーが自分の一座のために書いたものです。

2007/11/22
フリーメーソン-12 モーツアルト フリーメーソン

Wolfgang Amadeus Morzart (1756-1791)
18世紀を代表する天才音楽家のモーツアルトは、1784年12月14日、ウイーンにあったフリーメーソンのロッジ 「慈善」 に加わり、たちまち重要メンバーとなりました。

2007/11/18
フリーメーソン-11 オーストリア フリーメーソン

フランツ1世(Franz I. Stephan von Lothringen)
神聖ローマ皇帝(在位1745-1765)、ロレーヌ公爵(在位1729-1737)、
トスカーナ大公(在位1737-1765)、マリア・テレジアの夫
オーストリアにもフリーメーソンは啓蒙主義と共にやってきました。
マリア・テレジアの夫であるロレーヌ公爵は、既に1731年、オランダのハーグにある
「臨時ロッジ」 において、フリーメーソンに加入しています。

2007/11/17
フリーメーソン-10 ドイツ フリーメーソン
フリーメーソンがイギリスからフランスに伝わった後、急速にヨーロッパ諸国にロッジが拡がってゆきました。
ドイツに最初のロッジが創設されたのは1737年で、ハンブルグ、マンハイム、ライプツィッヒ、フランクフルトに拡がってゆきましたが、ドイツに伝わったときのフリーメーソンの理解は既にフランスに伝わった後だったので、ほぼ啓蒙主義と同義のものと考えられていました。

2007/11/16
フリーメーソン-9 グラントリアン(大東社) フリーメーソン

Philippe d'Orléans en grand maître du Grand Orient de France
フィリップ オルレアン公爵、グラントリアン(大東社)のグランドマスター
ロンドンにあった4つのロッジが合併してグランドロッジが出来たのが1717年6月24日ですが、この団体はまたたく間にヨーロッパ中に広がり、フランスでは1725年にパリで初めてのロッジが設立されました。
1756年にド・クレルモン伯爵をグランドマスターとし、グランドロッジが創設され、1771年にド・クレルモン伯爵が亡くなると、ド・シャルトル公爵(後のド・オルレアン公爵、自称フィリップ・エガリテ=「平等のフィリップ」フランス革命を歓迎してつけた名前)がグランドマスターになると、フランスのフリーメーソンの改革・再編を目指す運動が起き、パリで新憲章を作成するための集会が行われ、1773年にはグランドロッジの廃止とグラントリアン(大東社)の創設が決定されました。
グラントリアン(大東社)の創設は、イギリスのフリーメーソンからの独立を目指したもので、オリアン(東)は太陽の昇方向としての「光」を意味し、「フランスを導く偉大な光」という期待をこめて名づけられたものです。 Grand Orient de France

2007/11/10
フリーメーソン-8 3つの世界大戦 フリーメーソン

メーソンの黒い教皇 アルバート・パイク(1809-1891)
何度も繰り返しますが、フリーメーソンは世界最大の秘密的結社ではありますが、何ら怪しいものではなく、あくまでも真理の追究、他の人々の尊厳と自由と権利を認め、自由・平等・博愛を実践してゆく団体です。
しかしながら、世界のトップクラスの政財界の多くの人々が入会している事実からも、世界の政治・経済にまったく影響を及ぼしているものではないと言えば、それは非現実的であると思います。
